100%閃きによる一話で終わるお話。
どこかの大学生
散歩
ある日、道端を散歩しているとちょっと変わった人が居ました。
その人は、何もせずにただその場に立ちすくんでいました。顔は俯いたままで手足は微動だにせず、目から正気が消えていて、まるで人形が器用に立っている様でした。一瞬、幽霊かもしれない、とも思いました。
しかし、残念ながらその人は本物の人間でした。
その理由は、一瞬、瞼を動かしたのです。いえ、もしかすると私がそう感じただけなのかもしれません。
人間だと感じた私はその人に話しかけることにしました。
「あの、すみません、ここで何をしてるんですか?」
私の言葉が通じたのか、彼は私を正気のない瞳で見つめ、それから、ゆっくりと唇を動かしました。
「……僕はただ、歩くのをやめたものです」と小さな声ではっきりと言いました。
「動かなくて、退屈じゃないですか?」
私は続けて質問をしました。
「……退屈くらいが丁度いいんです」
その回答は私には理解できませんでした。
「でも、このままだと死んでしまいますよ?」
夜は寒いですし、野生動物だって沢山います。
「……そうですね、歩き続けなければ人は死んでしまうでしょうね」
私は彼の言いたいことが何となくわかってきました。
「つまりあなたは、死ぬことを選んだ、という事ですか?」
「……別に選んだ訳ではありませんが」
「では、あなたが歩くのをやめたのはあなたの意思ではないのですか?」
「……そうですね、僕の意思ではありませんね」
そう言った彼に次の質問をしようとするも、それを遮ったのは彼でした。
「……ですが、これは自業自得、ってやつです」
なるほど、と何となく理解した私はまた質問をします。
「だから、歩くことを諦めてしまったのですか?」
「……諦めた、とは言えないですね。諦めさせられた、その方が正しいでしょう」
「ここは平等で自由な世界です。もしあなたが歩きたいと強く望み、抗い続けるのならきっと歩き続けることが出来ると思いますよ」
私の言葉を聴いた彼の目には今まではなかった正気が溢れ出てきました。
「……僕にも歩き続けることが出来るでしょうか?」
彼から質問をしてきたのは初めてだった。だから、私は優しく本心のままに答える。
「もちろんです。ここは誰もが歩き続けることが許され、歩く手伝いもしてくれる世界ですから」
「……そうだったのか」
彼はそう言って、足を一歩前に動かしました。ゆっくりとした動作ですが、勇気溢れる一歩のように感じました。
そして、二歩三歩と進みました。彼の姿は、先とは全くの別人のようでした。
「どうやら、僕は今まで無駄なことをしてしまったみたいです」
「無駄ではありませんよ。無駄なことは一切ありません。もし仮にそれが無駄だとするなら、そのムダのお陰であなたは歩くことが出来たじゃないですか」
「……ありがとう」
私に感謝を述べた彼は、颯爽と進んで行きました。私は彼の後ろ姿が見えなくなるのを確認すると、彼とは反対方向に歩き始めました。
「……助けられたのは、私の方ですよ」
彼女の独り言を聞いていた者は、ここにはもう居ません。
100%閃きによる一話で終わるお話。 どこかの大学生 @ka3ya0boro1221
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