真実は……
瑠音
真実は……
「俺さ、彼女に浮気されてるみたいなんだよな」
その話を聞いた僕は、飲んでいたグラスを机の上に置いた。カランと氷の落ちる音がする。
「どうして?大内さんに限ってそんなことする筈ないと思うんだけど」
「俺だって晴香に限ってそんなことはない、そう思ってた。……でもな、何か怪しいんだよな」
全くタイプの違う二人。稜弥が高校1年生の時に大内さんに告白をした時には、彼女に断られてしまった。中学生の頃までの稜弥なら、そこでもう諦めていた筈だが大内さんに対しては違った。
稜弥は女の子と遊ぶことを止め、勉強にも打ち込むようになったのだ。少しでも彼女に近づけるように、彼女に認めてもらえるように……。そんな稜弥の様子を見て、彼女の心も突き動かされたのだろう。晴れて二人は付き合うことになったのだ。
「今までは当たり前のように放課後一緒に帰ってたんだけど、最近は毎日俺から逃げるように下校するんだ」
「そう言われてみれば、確かに最近二人で下校してるの見てないかも」
「だろ?連絡もなかなか返ってこないし、何より態度がよそよそしいんだよな」
「うーん……そうなのか」
飲み物の無くなったグラスを見つめながら、そう返事をする。
「それでさ慧人、お前にお願いがあるんだ」
真剣な眼差しで僕を見る稜弥。言われることは半分分かっているが、「何?」と尋ねてみる。あ、ちなみに僕の名前は
「晴香が浮気をしているかどうか……調べてほしいんだ」
「なるほどね。だから僕をここに呼び出した訳だ」
そう言いながら、僕はまわりを見回す。隣の席では、女子大生らしき4人組が楽しそうに話をしている。
こういう賑やかな場所で食事をするって好きじゃないんだよね。しかも、そんな大事な話を誰が聞いているかも分からない場所でするもの?そんな思いは、心の中にそっとしまっておいた。
「今日の飲食代は俺が全部出すよ。……数日間だけでいいんだ。放課後の様子を観察したり、晴香に連絡を取ったりしてみて欲しい。その結果がどうであろうと……俺に教えてくれないか?」
それでも親友がここまで悩んでいるのだ。助けない訳がない。
「分かった。じゃあ理由が分かり次第連絡するようにするよ。それまで僕たちはいつも通り学校で過ごすんだ。大内さんに感づかれないようにね」
「ありがとう。流石は慧人だ」
***
あれから、1週間の時が過ぎた。俺は慧人を呼び出したあのファミレスに来ていた。
慧人に呼び出されたということは、晴香が浮気をしているのかどうかが分かったということだ。緊張で喉が渇き、水を飲む手が止まらない。
「稜弥」
呼ばれて顔を上げる。慧人は「遅くなってごめん」と言って、鞄を下ろすと俺の向かいに座る。別に遅くなっている訳ではない。予定時間よりも早く集合している。そういうところ、慧人の人の良さが表れているよな。
「……それで、何か分かったか?」
慧人が落ち着く間もなく、俺は本題に触れる。もう待ちきれないのだ。
「うん。ちょっと待ってね」
そう言って慧人は、スマホを取り出す。
「写真撮ってるから、それを見せながら説明するよ。その方が分かりやすいでしょ?」
「あ、ああ」
写真という言葉を聞き、また緊張が走る。何が写っているのか……。また水が欲しくなり、グラスに手を伸ばし口元まで運ぶ。しかし、冷たい氷が唇に触れただけで、水は残ってはいなかった。
「まず、大内さんが放課後すぐに帰っていた理由。それは彼女がバイトを始めたから」
「……バイト?」
「うん。駅前のカフェがあるのは知ってるよね?そこでバイトをしていたんだ」
スマホには、そのカフェの窓を雑巾で拭いている晴香の姿が写っている。後ろ姿ではあるが、間違いない。
「毎日大内さんの後をつけていたんだけど、彼女の行き先はいつもここだった」
「バイトだったのか……。でも何のために?」
「僕も気になってね、偶然を装って一度そのカフェを訪ねたんだ。もしかしたら、そこに浮気相手がいるのかもしれないって思ってね」
慧人は、スマホの画面をスクロールすると新たな写真を見せてくれた。おしゃれな店内の写真。再びスクロールをすると、従業員らしき女性と楽しそうに笑っている晴香の写真が表示された。
「何かね、ここのカフェ女性しか働いていないみたいなんだよね」
「そうなのか?」
「うん」
女性だけの職場か……。そこで浮気は考えづらいな。
「試しに僕もここでバイトをしたいって言ってみたんだけど、女性しか雇っていないって断られてね。だから、店員同士の浮気はあり得ないね」
「なるほど」
「もしかすると、お客さんと浮気をしているのかもしれない。そう考えてもみた」
「お客と……」
「うん。でも、基本的なお客さんは女性が多くてね。男性は滅多に入ってこないんだよ。だから僕の存在が本当に浮いてて恥ずかしかったよね」
少し頬を赤らめながらそう話す慧人。そんな恥ずかしい思いをしてまで、俺のために頑張ってくれたと知り、少し感動する。
「と、まあ彼女の放課後の過ごし方はこんな感じ。1週間ずっと同じだった。……でも彼女は何のためにバイトをしているんだと思う?」
「何のために……もしかして、浮気相手のためにか?」
「そうだね。僕もそう考えた。そこで、大内さんに連絡を取ってみた訳」
慧人は、机の上に置いていたスマホを一度手に取ると少しの間操作してから、再び机の上に戻した。
そこには、晴香とのトーク画面が表示されていた。
「これが真実だよ」
その言葉に、書いてある文章に俺は目を丸くして驚いた。何度も何度も読み直しながら、目を擦る。
そこにはこう書かれていた。
『大内さん何で最近バイト始めたの?』
『えー……いや、これ秘密にしてくれる?』
『稜弥に?分かった』
『実はね、そろそろ稜弥くんと付き合ってから1年が経つんだけどね……せっかくだから奮発してプレゼント用意しようと思ったんだ!』
『あ、そうだったんだ!それはおめでとう!』
『ありがとう!稜弥くんにはサプライズで渡したいから秘密にしてたんだよね。』
『サプライズだったのか。稜弥がもしかしたら浮気してるのかもしれないって心配してたよ』
『ええっ!?そうだったの!?あー、でも確かに最近連絡取れてなかったし、疑われても仕方ないのかも……。何か連絡取ってたらうっかり話しちゃいそうだったから、なるべく取らないようにしてんだよね!』
『なるほどね。その事が聞けて安心した!』
『うん!稜弥くんにはもう少しの間我慢してもらうっていうことで……』
『じゃあ上手い具合に伝えとくよ!』
『ありがとうね!』
晴香は……ずっと俺のことを思って、俺のために……。それなのに俺は浮気を疑うことしか出来なかった。晴香の陰の努力を見ようともせず……。俺って本当に最低だな……。
「結局これでサプライズにはならなかったけど、その方が稜弥も安心するかと思って全部隠さず見せることにしたよ。変に隠すと、また余計な考えが浮かんじゃうからね」
「慧人……ありがとう」
「お礼なら大内さんにしっかり言いなよ。プレゼントもらってからね」
「そうだな。とりあえず晴香には謝ることにするよ。疑って悪かったって」
「それが良いよ。いやぁ、それにしても良かった。やっぱり大内さんは浮気するような人じゃなかったね」
「ああ、本当に疑ってた自分が恥ずかしいよ」
その後、俺たちはいつものように他愛もない話を続けていた。もう、心の中にモヤモヤは残っていなかった。
***
プルルル……プルルル……プルルル……
『あ、もしもし?』
「もしもし晴香?今大丈夫?」
『うん、大丈夫だよ!』
「何かごめんね、色々と協力してもらって」
『何言ってるの!謝ることないよ!』
「でもお陰でうまくいったよ。アイツももう晴香のこと疑ってないみたいだから」
『これも私たちの作戦のお陰だね!』
「そうだね。これで少しの間は平和に過ごせるよ」
『ねえ慧人』
「何?晴香」
『大好きだよ』
思わず上がる口角。
「もちろん、僕も大好きだよ」
真実は…… 瑠音 @Ru0n
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