50話「大事な人」
「はーい。それではウチのクラスの出し物は、縁日に決定でーす」
パチパチとまばらな拍手が教室内から聞こえる。
それもそのはずだ。
なんせ元々クラスの本命は食べ物関係の屋台だった。
それが実行委員会の厳正な抽選によって落選。
それならばと出した第二案であるお化け屋敷も落選し、半ばやけくそ気味で出した‘縁日’が見事当選してしまったからだ。
「ええと、それじゃあ、先生お願いしまーす…」
申し訳なさそうに場を立ち去るウチの実行委員は何も悪くない。
唯一、悪いとすればくじ運くらいか。
それでもある程度、第一希望を勝ち取れなかった責任を感じているようだった。
「はいはい、ありがとうね。まあ皆の言いたいことは分かるわ。でも、決まったからには全力でやること!最初は気が進まなくても、こういうのはやって行くうちに楽しくなっていくものよ!」
クラスのどんよりとした空気を感じ取ったのか、担任の依田ちゃんはガッツポーズを取りながら俺たちを鼓舞する。
確かに依田ちゃんの言う通りかもしれない。
こういうイベントは結局、何をやるかではなく、誰とやるか重要なんだと思う。
「だから、やるからには全力で取り組むこと。先生も精一杯協力するからね!皆で盛り上げていくわよー!」
周りのクラスメイトたちも、彼女の言葉に段々とやる気を取り戻しているようだ。
流石は担任といったところだろうか。
クラスのやる気を感じ取ったのか、依田ちゃんは満足そうな顔をしてホームルームを閉めて出て行った。
9月の下旬、に行われる俺たち陵南高校の文化祭、通称‘陵南祭’まで、後2週間ちょっと。
季節はとっくに秋を迎え、すでに陵南祭に向けて準備を始めているクラスも多い中、俺たち2年4組の出だしは少し遅いものとなっていた。
「あーあ、焼き鳥屋やりたかったのになぁ」
「文句言わないの、海斗。依田ちゃんもああ言ってたでしょ?折角やるんだから、全力でやるもんなのよ。薫もそう思うでしょ」
「……ああ」
海斗と佐藤はいつも通りだ。そしていつも通りなら、この3人の輪に春菜も加わって来るはずなのだがーー
「じゃあ、桃園さん。放課後に屋上で」
「えっと、はい…」
その春菜は、知らない男子、しかも別のクラスのやつに何やら呼び出されていた。
そしてそれを周りで伺う女子たちは、高い声を出して色めきあっている。
「あー、やっぱり気になるか。大事な妹を持つ、兄貴としては」
「……正直、かなり気になる」
「あはは、素直だね薫。まあ、連日あれだけ呼び出されてたら、嫌でも気になると思うけどね」
それは明らかに告白の呼び出しだった。
俺がそう断言出来るのは、前例があるからだ。
佐藤が今言ったように春菜はこの1週間ほどの間、ああやって頻繁に誰かの呼び出しを受けている。
しかも相手は全て男子。
そして周りで色めき出す春菜のクラスメイトたち。
そうなれば、導き出される答えは一つだ。
本人から聞くまでもないことだった。
「いやー、前から心配はしてたけど、やっぱり原因はあの体育祭かねぇ」
「あれ以来、春菜のやつ、前髪を上げて学校来てるしな…」
「うーん、イメチェンさせたのは失敗だったかな。春菜の可愛さがばれる切っ掛けになったみたいだし」
「いや、春菜が明るくなったのは、佐藤のフォローのおかげだ。それに、遅かれ早かれこういう事にはなってたと思うしな」
「まあ、そうだよなぁ…」
正直なところ、家族の俺から見ても春菜はそこら辺の女子高生と比べて、遥かに可愛いと思う。
大きな目に整った顔立ち。
黒髪を結んだポニーテールに、小さな顔。
そして明らかに他の女子よりも大きな胸。
高校生男子の恋心に火をつけるには、十分な存在だった。
春菜は戸惑いながらも、周りにいたクラスメイトにさっきのことを根掘り葉掘り聞かれている。
つい、数ヶ月前までは俺しか気が付いていなかった、春菜の姿。
それが今や大勢の人たちが彼女の存在を、そして魅力に気が付き受け入れてくれている。
「‘あの時’からは、想像出来ないよな…」
「あの時って、自己紹介の時か?まあ、確かに最初は分からなかったからなぁ」
海斗と俺が言う‘あの時’は、全く違う。
俺が思い浮かべるのは、クラスにずっと馴染めなくて、誰にも助けてもらえずにゆっくりと壊れていく春菜の姿。
卒業式の日に、自分で死を選ぶほど追い詰められていた。
そしてそれに気が付かずのうのうと過ごしていた俺。
もうあの時の姿は、今の春菜とは微塵も重ならない。
でも確かに彼女を殺したのはこの学校であり、クラスメイトであり、そして俺自身なのだ。
「やっぱりお兄ちゃんとしては、心配?」
「……まあな。春菜はああいうのに慣れてないと思うからさ」
「まあ、私も上手くフォローするからさ、そこは心配しないでよ」
「お、流石悠花だな」
「まあね」
妹の成長を、環境の変化をどうしても素直に受け入れられない俺がいる。
そのことに俺自身、戸惑っていた。
今はただ、見守ることしか出来ない。
頭では分かっているはずなのに、一抹の不安が拭えずにいた。
「お兄ちゃん、ちょっと良い?」
「お、おう。ちょっと待ってな…。よし、いいぞ」
「失礼しまーす」
その日の夜のことだった。
久しぶりに春菜が俺の部屋を訪ねて来た。
部屋に入ってきた春菜は学校の時とは違い赤縁の眼鏡を掛けており、髪も下ろしていた。
それは俺がよく知る春菜だった。
春菜は俺のベットに腰掛けると、そのままじっと俺を見つめて来る。
なんだ。俺、こいつを怒らせるようなことしたか。
「ど、どうした?」
「…なんかあった?」
「なんかって、なんだよ…」
「別にないなら良いんだけど」
少し不満げにする春菜。
この妹は一体何が言いたいのか。
「なんだよ」
「……最近さ、なんか悩んでたように見えたから。でも今日のお兄ちゃんは、全然そんなことない感じだから。何かあったのかなって」
「…そんなに分かりやすかったか、俺?」
「うん、滅茶苦茶ね。お兄ちゃんの心の声は聞こえないけど、考えてることは顔見れば大体分かる、かな?」
当然のように答える妹に、俺は驚きを隠せない。
春菜に分かるってことは、勘の良いやつなら分かっていたわけで。
自分が顔に出やすいタイプだというのはなんとなく察していたが、それにしても出すぎだろう。
最近悩んでいたこと、それは勿論青ねえのことだ。
いつの間にか、春菜を心配させてしまっていたらしい。
「悪かったな、心配させて」
「べ、別に心配とかはしてないけど…。いつも近くにいるのにため息ばっかりつかれたら、こっちまで暗い気分になるなって、そう思っただけだから」
恥ずかしそうに顔を逸らす春菜は、やはり家族想いの良い妹だった。
俺の知っている‘あの’春菜とは全くの別人。
そう思っても仕方がないくらい、今の春菜は明るい。
「……とにかく、ありがとな。もう俺は大丈夫だから」
「本当に?」
「ああ、勿論だ」
じっとこちらを疑うように見つめて来る春菜に、胸を張って大丈夫だ、とアピールする。
「……不思議だね」
「ん?」
「わたしね、今まで自分の体質が、心の底から大嫌いだった。この体質のせいで誰とも仲良くなれなくて、いつも独りぼっちで…。自分のことが、本当に大嫌いだった」
「春菜…?」
「だけどね。こないだの夏祭りの日に、生まれて初めて誰かのためにこの力を使うことが出来て…嬉しかったんだ」
「……そうか」
「それからね、ずっと考えてる。もしかしたらこの力は、神様がわたしにくれた贈り物なんじゃないかって。今まで誰かの声が聞こえること、ずっと怖がってばかりだったけど。他にもわたしにしか助けられない人が、いるんじゃないかって」
春菜は静かに、でもはっきりとそう口にした。
あの夏祭りの出来事が、春菜の心を少なからず変えたのは紛れもない事実だった。
「だからね、そのきっかけをくれたお兄ちゃんには、本当に感謝してるの。お兄ちゃんがいなかったら、今のわたしはないと思う。一緒に悩んで、考えてくれたから今、わたしはここにいるんだよ」
「……俺は、何もしてないよ。頑張ったのは春菜だ。体育祭の時だって、春菜自身が頑張らなかったら、ああいう結果にはなってないさ。俺には真似できないよ」
「でも、きっかけはお兄ちゃんだよ。だからね、悔しいの」
「悔しい…?」
「どうしてお兄ちゃんの心は、一切聞こえてこないのかな…」
「それは…分からない」
「もし聞こえたら、わたしだってお兄ちゃんを助けられるかもしれない。悩みを聞かなくたって、‘聞こえれば’わたしだって…」
「春菜…」
「わたし達、兄妹なんだよね?だったら、悩んでるならわたしにだって協力させてよ…。わたしだって、お兄ちゃんの役に立ちたいんだよ」
そう言って、春菜は真剣な顔で俺を見た。
「……悪かった。もう大丈夫だ。悩みは、もう解決した。これは本当だ」
「お兄ちゃん…」
「お前に相談したくないとか、そういうんじゃない。これは俺が一人で解決しなきゃいけない問題だった。ただ、それだけなんだ。だから、そんな顔するな」
「だって…」
「心なんか聞こえなくたって、助けて欲しかったらすぐに言う。春菜に出来ることがあったら、すぐにお願いするさ。今回は、たまたまそうじゃなかっただけだ」
「……本当に?」
「本当さ。ありがとうな、心配してくれて。本当に、嬉しかった」
「……馬鹿」
遠慮がちに抱きしめて来る妹を、俺はそっと抱きしめた。
俺が自分のことで精一杯だった時に、春菜はこんなにも俺のことを考えていてくれた。
それは本当に幸せなことだ。
俺の‘選択’は、間違っていなかった。
俺にとって一番大事な人。
死に戻りしてきた、一番の、唯一の目的。
目の前の妹を、俺は必ず救ってみせる。
「……早速なんだけどさ、一つ悩みがあるんだけど」
「え、なに?わたしに出来ること?」
「ああ、お前にしか出来ないことだ」
「うん…」
「最近さ、なんであんなにモテてるんだ?」
「…………はい?」
「いやさ、最近毎日告白されてるだろ?もし良かったら敬愛すべき兄上にも、コツを伝授してもらえないかとーー」
「――馬鹿っ!!」
「いでぇ!?」
……ちゃんと救えるよな、俺?
「はぁ……」
窓から見上げる夜空は、星一つない真っ暗な空だった。
吸い込まれそうな深い闇を見ながら、頭の中ではさっきまでの会話がまだ、ぐるぐると回っている。
『ごめんね、騙してたみたいで』
騙してなんかない。あの人は、ただ全力でぶつかっていた。ただそれだけだった。
『私に遠慮なんか、しないでいいからね。きっと、私はもう無理だと思うから』
悲しそうな声に、何も言えなかった。
わざわざ自分から、辛くなることを覚悟であたしに報告して来るなんて本当に損な性格をしている。
もっと上手く生きられないのか。
『じゃあね、冬香ちゃん。ありがとね』
「……ボロボロの、癖に」
青子さんは、本当に不器用な人だ。
あれだけ綺麗で、人気があって。
もっと色々な選択肢があったはずだ。
あたしには、理解出来ない。
公の場で自分の心を素直に伝えるなんて、あたしには出来ない。
出来るはず、ない。
「お姉ちゃんー!トランプしよー!…お姉ちゃん?」
「……あ、ごめんね。うん、トランプしようか」
弟の頭を優しく撫でる。
――ねえ、センパイ。
どうして青子さんじゃ、駄目なんですか。
センパイの心には、一体誰がいるんですか。
それを聞くことが出来たなら、どんなに楽なのだろうか。
でもあたしにはその度胸も、権利もない。
あたしは青子さんのいうところの、スタートラインにすら立ってはいない。
だからこれはあたしには関係のない話のはずなのに。
「……どうして」
――結局、その日の夜はあまり寝ることが出来なかった。
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