第5話 瀬戸美月 彼氏を両親に紹介する ②

「健司くんは美月とドライブに行ったのかね?」


 菊夫が健司に聞いた。

「はい、ドライブに行きました。」

「楽しかったよ〜、また行きたいね。」

 美月が言う。

 だが、その時健司はピンと来た。

「ドライブ、お好きなんでしょうか?」

「そうだね、若い頃はよく行ったよ。健司くんはどんな車に乗っているのかね?」

「BMWです、中古ですが。」

「ほお、すごいね。私も若いころはスポーツカーに乗っていたんだよ。今は残念ながらミニバンだけどね。」


 この年のオジサン世代。車かゴルフか野球の話題を振ればどれかには食いつく。(まれにサッカーや釣りもある)


 その後、菊夫と健司はしばらく車の話で盛り上がった。

 ・・・その間、美月は退屈そうにしていたのだが。

 妻のさくらは、夫と健司がようやく打ち解けたことを喜んだ。

 最初は年齢が気になっていたが、よく考えると我が娘の結婚相手としては、これくらい包容力がある方がいいかもしれない。


 どちらかというと、問題は・・・娘の方だ。

 さくらは美月を見る。

 我が娘ながら、普段の生活には目に余るものがある。

 その一端を彼氏に知ってもらうのも良いかもしれない。

 そうすれば、娘も反省して悔い改めるかもしれない。


「健司さん、今日は家でお昼ごはんを食べていってください。」

「申し訳ありません。ありがとうございます。」


「では、ご飯の準備をする間に、二人でゆっくりしていてくださいな。」


 ギョッとする、美月。

「え?リビングでいいんじゃない?ほら、お父さんともまだ話足りないでしょうし。」


 すると、さくらは笑顔で言った。

「ほら、普段どういう感じか見てもらうのもいいんじゃない?  ね・・・美月」


 美月はなんとしても拒否したかった。

 彼氏が来ると言っても両親への紹介。

 リビングで話すだけと思って油断していた。


 美月の部屋は、片付いていない・・・

 それも、女性としてかなりやばい状態であった。

 着替えが散乱しているのはもちろん、食べかけのスナック菓子や食器なども散乱している。


 そして、それ以上に問題なのは、あんなものや、こんなもの・・・

 健司に見られたくないものが数多くおいてあるのだった。


「え・・・いや、でも今日はいいんじゃない?」

 笑顔で拒絶する美月。


 お互い笑顔でありながら、母と娘の間で緊迫する空気が流れる。

 その間に挟まれる、菊夫と健司。二人とも口を挟めるような状況ではなかった。



 健司は部屋の空気がひんやりしたのを感じた。

 笑顔で・・でも、ものすごい圧力を感じさせる、さくらの笑顔。

 娘には、有無を言わせぬ、笑顔。


 美月は、泣きそうな顔でうなだれるのであった。









 美月の部屋は、二階である。

 階段を登る美月と健司。

 美月は、死刑台に登るような気持ちで階段を登っていた。

 美月は、健司には漫画が好きだということは言ってある。

 だが・・・健司は、あれを見てどう思うか・・


 部屋の前で、健司に言った。

「ごめんなさいね、ちょっとだけ片付けるので待っててね」

「あぁ、そんなこと気にしなくて大丈夫だよ。」

 笑顔で答える健司。

 いや自分美月が気にするのである。

 美月は、廊下に健司を待たせて自分の部屋に入った。




 あれ?




 自分の部屋のはずなのに、部屋を出たときとガラッと変わっている。

 床に散乱していたものがなくなって片付いているし、例のものがある棚には花柄の布で目隠しがされている。


 廊下に戻ると、奥の部屋から妹のひなたが顔をのぞかせていた。健司に会釈をしながら、姉にアイコンタクトしてくる。

”今度、なんかおごれよ。姉貴”

”ひなたちゃん、グッジョブです!!”

 サムズアップで返す、美月。

 ちょっと涙ぐんでいる。

 そう、涙が出るほど妹に感謝したのである。



「聞いていたけど、すごいね。」

 壁一面の本棚に、本がずらりと並んでいた。多くは少女漫画である。

「ちょっと、漫画が多くて恥ずかしいな。」

 しなを作る美月。

「まぁ、俺も漫画は嫌いではないからね。最近は電子書籍で持ってることが多いけど。」

「そうね、そのほうが便利だもんね。あれ?健司さんはスマホ持ってなくても電子書籍なの?」

「パソコンで見るから大丈夫だよ。」

 昼食の準備ができるまで、漫画談義で盛り上がる二人であった。







 ちなみに、妹のひなたが布で隠した棚。


 その棚には、美月がコミケなどで入手したかなりコアな同人誌やフィギュアなどが多数飾られていた。

 これを見たらさすがの健司も引いていたであろう。

 

 そう、美月は結構なガチなオタクなのであった。

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