第2話 瀬戸美月 料理教室に通う②
M料理教室の受付にその女性が現れたのは土曜日の午前中であった。
清楚なかわいい系の美人。男性の生徒さんたちから注目を浴びている。
「すみません、インターネットで申し込みさせていただいた瀬戸と申します。」
「瀬戸さんですね。はい、承っております。こちらの部屋でお待ちください、」
最初に、応接室で簡単なインタビューが行われた。
「料理教室に通うのは初めてですか?」
「はい、初めてです。」
「申し込みいただいたのは、”超基礎コース”ですね。いままで料理のご経験はどれくらいですか?」
”超基礎コース”とは包丁の持ち方から、食材の切り方など初歩的なことから教えるコースである。
「恥ずかしいのですが、ほとんど料理はしたことがなくて・・」
嘘である。
”ほとんど”ではなく”まったく”やったことはない。
「そうなんですか。今回、料理を始めるきっかけはどのようなことですか?」
「実は・・結婚を前提にお付き合いすることになりまして。それで料理ができるようになりたいと思ったんです。」
恥ずかしそうに答える。
「そうですか、それはおめでとうございます。その方は料理教室に通うことを喜んだんじゃないんですか?」
「いえ、料理教室に通うことは言っていないんです。料理ができるようになったら手料理をご馳走して驚かそうと思っているので。」
「それでは、その男性にご馳走するためにもがんばらないといけないですね。」
「はい!よろしくお願いします。」
とても前向きな態度で、目をキラキラさせる。
少なくとも最初だけは前向きな態度であった。
講師の女性は、途方に暮れた。
ここまで、何もできない生徒は初めてであった。
「え・・と、包丁の持ち方はこれでいいですか・・・?」
「もっと肩の力を抜いて、そうやって握りしめるんじゃなく軽く手を添えるようにしてくださいね。」
「こうでしょうか・・」
「あと、まっすぐ立ちましょうね、へっぴり腰になっていますよ。」
最初の課題は、長ネギの輪切り。
それさえもおぼつかない。
”このままではケガをする”
そう直感した講師はさらにレベルを下げることを決意した。
「瀬戸さん。それではこちらの包丁を使ってみましょう。」
講師が用意したのは、子供用の包丁。
刃先が小さく、先が丸くなっている。
当然ケガしにくい。
「へえ、こんな包丁があるんですね。なんだか安心です。」
子供用とは知らず、喜んでいる瀬戸さん。
それでも、まだまだ先は長かった。
「まっすぐ押し切るんじゃなくて、押すように切ってくださいね。」
「こ・・こうですか?」
「それと、切る幅は1センチに、一定になるようにね。」
バラバラの長さで切られたネギ。
「む・・難しいです。」
「頑張ってくださいね」
代金をもらった以上、講師として匙を投げるわけにはいかない。
”とんでもない生徒が来てしまった”
講師は内心では嘆いていた。
結局、その日は長ネギの輪切りをするだけで終わってしまった。
瀬戸美月 24歳。
料理ができるようになるまでには、まだまだ先は長い。
頑張れ、瀬戸美月。今夜は彼氏がロールキャベツを作って待っているぞ。
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