神に選ばれた主人公

@afurokappa

第1話 自己紹介

 『あいつもダメだった。こいつももうダメだ。さて、次はどんな奴を選ぼうか。また異なる世界から引っ張ってこようか。いや、それでは面白くない。そうだ、本人に主人公だと自覚させるのはどうだろうか。それなら持たせる能力はこれで決定だろう。今度は是非とも物語を完結させてほしいものだな』


 その物語を書く「白い何か」は笑いながらそう呟いた。


 ふと目が覚める。何か夢を見ていたような気がするが思い出すことができない。だが男は特に気にすることもなく、いつもと同じ様に新聞に目を通す。


「また、魔王軍による被害か。冒険者たちは本当に魔王を倒せるのかね。人間側の朗報は全然聞こえないが…。ま、俺には関係ないけどな。」


 そう、この世界では人間の国と魔王軍との戦いが続いている。その歴史は長く、数百年もの間続いているらしい。そんな世界では、このような記事は珍しくもない。事実、人間は魔王軍に押されている。男は見慣れた記事を飛ばし、ページをめくると明らかに異質な文字が目に入った。


「?…なんだこれは。文字が…光っている?」


 目を凝らして読んでみると、ある文章が書かれていた。


『おめでとう、君は選ばれた!』


 その瞬間、視界が光で覆われた。


 目を開けてみると、目の前には何もない空間が広がっていた。周りを見渡すが、人も建物も見当たらない。頭が回らない。理解ができない。状況が全く分からない。考えがまとまらず混乱している。何の前触れもなく、このような場所に放り込まれたのだから、当然といえば当然だ。


 そこに、ふと、声が響いた。


『やあやあ、初めまして』


 声のする方へと目を向けると、そこには”何か”が立っていた。人の形を成しているということは認識できる。しかし、それしかわからない。服も着ていなければ、体の輪郭すらもぼやけて見える。裸というのも何か違う。何か異質な雰囲気を醸し出す存在が、そこに立っていた。


 その”何か”は、笑みを浮かべながら話し始める。


『改めて、おめでとう、レイク君。君は、この物語の主人公に選ばれた』

「物語?主人公?お前、何を言ってやがる」


 意味が分からない。こいつは何を言ってやがる?ここはどこで、お前は何者で、なぜ自分を連れてきたのか、いくつもの疑問を浮かべていると考えが声によって遮られる。


『そうだろう、そうだろう。戸惑うのも無理はない。まずは自己紹介をしよう。そうだね…わかりやすくいこう。私は、君たちにとっての神様だよ。いや、それよりも親といった方が正しいかな。』

「言っている意味がわからない。ここはどこだ?お前は?」

『だから神だと言っているだろう。オーケーオーケー、まずは君が置かれた状況を説明しようか。』


 そう言うと、神と名乗る者は、楽しそうに説明を始めた。


『まず、君が、君たちが生きている世界は、私が書いた物語だ。』

「?。俺が生きている世界が物語?そんなこと信じられるわけがないだろう。俺は実際に生きている。その生きている世界が創りものだと?」

『レイク・バートン君。魔王軍が攻めていることなんて気にも留めず、冒険者としてこの世界に貢献する気も全くない。特に夢もなく、町のはずれで本でも読みながら、何のしがらみもなく、のんびりと生きていきたい。そうだろう?』

「…っ!!」


 当たっている。自分の考えなんて誰かに話したこともない。人との関わりなんて、嫌いだから碌に持ったこともない。だというのに、なぜこいつは俺のことを知っている。偉業の一つも成しえたことのない平凡な人間であるはずの俺を。監禁…したところで何の意味もない。ほかの可能性としては、


「まさか、魔王軍か?」

『まったく、君は頑固だな~。君が誰にも話していないことを知っている。君の情報の少なさは、君が一番知っているだろうに』


頭を掻く仕草をしながら言葉を言葉を続ける。


『なら、無理にでも納得させようか。まず、君でも六獄は知っているね?』

「六獄?そんなこともちろん知っているさ。」


 六獄。魔王軍最悪と言われる六人である。この世界では知らない人はいないほど、人間に被害を加えてきた者たちだ。その力は驚異的であり、人間の中では、冒険者ですら圧倒的人数差でもない限りは逃げろと言われている。その存在は、自分の生活以外に興味のないレイクですら知っているほどである。


『まあ知っていて当たり前か。六獄は人間にとって恐怖の象徴みたいなものだからね。第一、私がそうあるように創ったんだ。どんな人間でも六獄の存在を知っているようにね。さすがに全員の顔がわかるまでにはしなかったが。それでも、一人や二人の顔ぐらいは知っているだろう?』

「俺が顔まで知っているのは一人だけだ。黒のグクール、こいつだけだな。六獄の中で最も被害が大きいからか、俺の住んでる町のはずれにさえ、懸賞金の紙が届きやがる」

『それなら、彼にするとしようか』


 自称神が右手を挙げ、パチン、と指を鳴らす。すると、何もなかったはずの空間に何者かが現れる。手には鋭い爪があり、顔は人間ではなく獣のようである。


「…グクールッ!!」


 ありえない光景に息をのむ。普通の人間ならば、まず殺される。冒険者だって殺されるだろう。勇者と言われる様な者でさえ、相打ちに持っていければ御の字だろう。それほどの力。それほどの恐怖。戦闘に関する知識を全く持たないレイクにとって、出会った瞬間に死が確定する。そのような存在がなぜ、目の前に、何の前触れもなく現れたのだろうか。


「ん?なんだここは?テメーが俺様をこんなところに連れてきやがったのか!!」


 グクールが激高する。今にもレイクを殺しそうな勢いだ。レイクは動けない。目をそらすこともできず、ただ立ち尽くしている。無理もない。戦ったこともない人間が、恐怖の象徴とさえされるものと向かい合っているのだ。

 そんなレイクを睨むグクールに、声がかけられる。


『落ち着き給えよ、グクール君。』


 グクールは声がかけられた方へと振り返ると同時に、襲い掛かろうとする。しかし、声の主を見た途端にその足は止まる。六獄であるグクールでも、その姿、神の姿に対しては動揺を隠せなかった。


「な、何者だ、テメーは!!テメーが俺様をここに呼んだのか⁉」


 グクールは叫ぶ。

 しかし、神はそれに反応しようともしない。


『六獄の一人、黒のグクール。少し勿体無い気もするが、仕方ないな。六獄のほ

かにも“もう一人”いることだしね。』


グクールが目を見開く。


「ごちゃごちゃと何言ってやがる!!」

『なに、君が気にすることではないさ』


 神はグクールに手を振りながら、


『恨むなら彼の頑固さを恨んでくれ』


 そういうと、神は振っていた手を握った。

 その瞬間、


「ガッ!!!!!!」


 音もなくグクールが爆発する。体の一部も残さず、完全に姿が消える。

 呆然とするレイクに向かって、神は笑いながら声をかける。


『さあ、神だという証明もできたことだし、話を進めようか。』

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