第10話 菜の花は食べられたい
「あんまりじゃないですかー‼」
甲高い声が晴天の下に響き渡った。
*****
「――あら、後輩くん、今日のお弁当には菜の花を入れているのね?」
月曜日の昼休憩、少年の弁当箱の中身を見て、先輩は少しだけ不思議そうな声を上げた。
何故入っているのかと聞きたげな声の理由は、もうほとんどの菜の花が花を開かせている時期だからだろう。旬は若干過ぎているのだ。
「ちょっと、色々あって……」
少年は遠い目をして先輩にそう言った。
「何かあったのかしら?それは私にも言えないことかしら?」
それだけだと不服なのか先輩は詳細を尋ねてくる。
「そういうわけじゃないんですけど……」
少年は持っていた箸を置いて腕を組む。どこから話題を切り出せばいいのか、悩ましかったのだ。
「――これを作ってみたんです」
会話の内容は要領を得ないかもしれないが、無言になるよりましだ。そう思った少年は、ポケットの中から小さな機械を取り出した。
「ワイヤレスイヤホン?」
「の形をした植物の声が聞こえる機械です」
「これを作ったの?後輩くんが?」
すごいじゃないと驚きながら手を叩く先輩を見て、少年は少しだけ得意げな気分になった。慕っている先輩から褒められるのはやはり嬉しい。
「これを作るの、大変だったんじゃない?」
「特定の音を大きくさせるのが難しかったですけど、それ以外は組み上げるだけなので……昔先輩に頼まれて作った機械に比べれば簡単だったし……」
既製品の組み合わせで作ったものだ。原理さえ知っていれば作れる。だから少年は大したものではないと言おうとしてふと、昔のことを思い出した。
そういえば、あの時作った機械はなんだったのだろうか。あの時はただ頼まれた通りに色々作ったからか、どんなものだったのか少年には覚えていなかった。
「――そう、そうよね……」
「先輩?」
昔頼まれたものがなんだったのか聞こうとしたが、先輩が発する言葉が気になって聞くのをやめた。
心なしか、先輩の声に戸惑いのようなものが混じっている。少年は一瞬首をひねったが、あることに思い至って膝を打つ。
よくよく考えれば先輩は機械工作が苦手だ。昔彼女が何かを作ろうとして爆竹程度の小規模な爆発が起きたことがある。それが原因で機械工作だけは少年に任せるようになったのだ。大したものではないと少年は言ったが先輩にとっては大したもので、とても嫌味に聞こえたのではないかと少年は考えた。
「あ、えっと、大したことないは言い過ぎだったかもしれないです……」
「……良いのよ後輩くん、気を使わなくて。貴方に苦手なものがあるように私にも苦手なものがあるだけよ」
少し長い沈黙の後、先輩はそう言って首を横に振った。
「それよりも、どうしてそのイヤホンでその菜の花を食べる経緯になったのか教えて頂戴」
「あ、はい」
気を取り直して、というように、先輩は軽く手を叩いて元の話題に戻るよう促してきた。
少年は促されるままに昨日のことを思い出しながら話始める。
*****
昨日の昼過ぎは、出来上がったイヤホンの調子が問題ないか、外に出て植物の声を聴いていた。
植物はあまりおしゃべりではないらしい。
彼らは植物であることになんの疑問も抱かず、ただ、そこにあることだけが命題とでも言うように、静かに、静かに生えていた。
時折思い出したかのように、小さな声でぼそぼそと何かが聞こえるくらいで、思っていたよりも植物の世界が静かなことに気づかされた。
それは今まで植物のことで色々あった少年にとって、驚き以外の何物でもなかった。出会ってきた植物たちは自己主張が激しい個体だったようで、本来ならこんなものだよと、家の近くにあった木は少年に声をかけてきた。
ただ、こちらの声が聞こえると知った植物の中には、少年に‟お願い”を主張してくるものもいた。
ある雑草は、「いつも踏みつけられて痛いし、それが原因で足が悪くてここから動けないので動かしてくれ」と言ってきた。
ある花は、「せっかくきれいに咲いたのだから、多くの人に見てもらいたい。どこが一番人に多く見られるか教えてほしい」と言ってきた。
ある木は、「ある人間の男がずっと前に引っ越していなくなった女を待ち続けているのだが、どう声をかけてやったらいいものか悩んでいる」と言ってきた。
要望、質問、願い。様々な主張をする彼らを、少年は聞いてやり、少年にできることであるならば協力もした。
中には自分の顔を見た瞬間、「今日は先輩とやらと一緒じゃないのか?」と世間話をするものもいた。普段はあまりしゃべらないと言っていた割には、面白そうなことには敏感なようで、興味津々で話しかけてくる植物も多かった。
その中で、一等声が大きかったのが、菜の花だった。
菜の花は近所に住む祖父の家の畑にいた。元は白菜だったか大根だったか、本来なら野菜として食べられるはずの植物だった。今年の冬は雪が多く、全てを収穫する前に雪に埋もれて場所がわからなくなってしまい、食べ損ねた野菜から生えてしまったものだった。
少年の姿を確認し、自身の声が聞こえると知った突端、この菜の花は喚きだした。
大声で呼ばれた少年は驚きながら菜の花の元に向かうと、恨み言を聞かされる羽目になった。
「野菜として天寿を全うしたかったのに、食べられず放置されてもう少しで花が咲きそうなんですよ!今なら、今ならまだ間に合うんです!菜の花のおひたしにでもしてもらえれば私の願いはかなうんです!どうか食べてください‼このまま食べられず花が咲いて次の野菜を植えるために処分されるとか、あんまりじゃないですかー‼」
マシンガントークとでもいうべきか、とにかく少年は菜の花からくる圧に気圧されて、収穫してきた次第であった。家族分食べるほどの量はなく、一人だけ若干旬の過ぎた菜の花を夕飯に食べるのは気が引けた。次の日の弁当の具材として調理して、今ここに広げているのがそれである。
「植物って、収穫しても生きているんですね……」
収穫した後も、本当に食べてくれるのかとひたすら念を押された。家に帰っても喚き散らすので一度イヤホンを外したら、次につけた時、「うるさいからって無視しないでください!」と責められ、延々と甲高い声で恨み言を吐き出され続け、調理に至るまで静かにならなかった。
「挿し木や接ぎ木なんかがあるくらいだから、生命力は高いわよねぇ……」
納得するように先輩が頷いているのを見て、「確かにそうだけどそれにしたって」という気分になった。
昼休憩に入ってからある程度時間が過ぎているのにも関わらず、未だに弁当を食べきれないのは、昨日のことを思い出して箸が止まるからだった。あの甲高い責め立てられるような声は、正直二度と聞きたくない。
「でも、ここで食べなかったら絶対恨まれますよね……」
「そうねぇ、食べ物の恨みは恐ろしいっていうものね」
「それ、意味違うと思うんですけど……」
何が何でも食べるしかない状況ではある。それだけに少年の気は重い。
「大丈夫よ後輩くん。応援するわ」
「一緒に食べてくれるっていう選択肢が欲しいです」
「それはちょっと遠慮したいわね」
先輩に振られてしまったので一人で食べるしかなくなった。
少年はしばらく悩むように天を仰いだ。食べなくてもいい方法はない。食べるしかない。
観念して少年は箸で菜の花をつまんで口に運んだ。感情を殺して食べなければやっていけないという思いが顔に出ていたようで、「すごい顔ね」と先輩が苦笑する。
「お味はどうかしら?」
「――筋張っててあんまりおいしくないです」
「あらら。それは残念ね」
やはり若干旬が過ぎているだけあって、歯ごたえも味も悪くなっていた。
それでも菜の花は満足しただろう。いや、そうでなければここまで恨み言を聞かされ意を決して食べた自分に失礼だと、少年は思う。
夕方、家に帰って植物の声が聞こえるイヤホンをつけると、いたるところから「お疲れ様」という声が聞こえた。
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