第2話 特別区画

 何が気に入ったのか、葉月は二人を誘って「テラ」の特別区画とやらに行こうと言う。二人はちょうど街へ帰って今日の冒険は終わりにしようかと考えていたところなので話に乗った。「テラ」をはじめとする仮想世界への滞在は時間制限があり、今回の残り時間もそれほど多くは無いが「テラ」では移動が一瞬でできるので目的地までの時間はほとんどかからない。今から街に戻ってそれから「テラ」に帰ってもお茶くらいはできる時間が残っているはずだ。ちなみに「テラ」では移動が簡単だがアルチストオンラインではゲーム性のため移動に制限がかけられているため、初心者の場合、迷子になる、ということが起きるのだ。


 「テラ」とは現実の地球を模倣して作られた世界最大の仮想世界である。運営者のワッフル社は未来永劫続いていく世界だという意味を込めてエターナル世界と呼んでいる。地球を模したバーチャルリアリティーな世界に入るには仮想世界に飛び込むためのフルダイブ用の装置を頭に装着して睡眠をとるときのように安静にする。目を閉じると夢を見ているかのように脳に直接映像や音、においなどが伝わってくる仕組みで、一旦仮想世界の中に飛び込むとアバターと呼ばれる仮想の肉体を通じて五感すべてを感じ取れるようになっている。仮想世界内ではアバターを自分自身として現実世界と同じように行動できるのだ。


 あまりにリアルで現実の世界と変わりないので、現実世界に居るのか「テラ」に居るのか、分らなくなるほどである。「テラ」が現実世界と全く異なる点で一番分かりやすいのは移動手段である。現実の世界では移動するには歩くか、自転車、自動車、電車、船、飛行機など乗り物に乗って移動するが「テラ」では行きたい場所をメニューから選択して移動を実行する。すると一瞬で目的地に到達できるのだ。一緒に移動したい人が近くにいる場合は移動時のオプションを設定することで行動を共にすることができる。


 移動先は個人ごとにリストを作成することができるので、よく行く場所はあらかじめ登録しておけば検索する手間が省ける。このあたりの感覚はインターネット上のホームページをブラウザで閲覧するような感じだ。閲覧可能な場所であればいつでも検索して見に行けるし、お気に入りに登録していればすぐにアクセスできる仕組みは現実世界でのインターネットと同じだ。


 「テラ」上の各地点は原則どこも立ち入り可能だが、個人の所有している場所やあまりに人気で立ち入り制限のかけられている場所、立ち入るのが有料のエリアなどは無制限に立ち入ることは出来ない。


 葉月の言う特別区画も立ち入るのに制限のかけられているエリアなのだが、そこに雪たちを招待しようというのだ。


「街に戻りましょう。私はアイテムを使うけど、チヒロとユキはどうするの?」


 葉月はお茶をした後もこのゲーム世界に戻ってくるつもりだろうか。街に戻るアイテムは有料なのでむやみに使うのはもったいないと思い、雪と千尋は一日一回だけ使える帰還の魔法を使うことにした。最後に立ち寄った大きな街に戻ることができる便利な魔法だ。


「じゃあ、はじまりの街の大神殿前で待ち合わせするので良いかな。」


 葉月の言葉に千尋が相槌を打った。


「了解。大神殿前なら帰還の魔法で一瞬だぜ。」


 葉月は移動用のアイテムを取り出しながら言った。


「私は街の入り口に戻るからちょっと待ってね」


 はじまりの街はこのゲーム世界で最初に訪れる街である。また、大神殿前というのは帰還の魔法を使ったときに戻る場所で、大神殿は万が一死んでしまったときに復活する場所でもあり待ち合わせに良く使われる。アイテムで街に行った場合は街の入り口に転送されるので大神殿まで少し歩かなければならない。


 話がまとまったので各々、街へ戻ることにした。葉月はじゃあまたあとでと言って先に行ってしまった。雪は目の前にさっと手をかざしてメニューを出すと、そこから帰還の魔法を探し出して選択した。目の前の風景が飛んでいくようなエフェクトが掛かり、移動中であることが分かったかと思うと一瞬で街の風景が視界に飛び込んできた。


 大神殿前でしばらく待っていると葉月が走ってやってきて、お待たせ、と次の手順を指示してきた。葉月とはまだフレンド登録していなかったのでフレンド登録するようにと、フレンド登録の範囲をゲーム世界だけでなくて「テラ」も含めるよう、チェックを入れるのを忘れないようにとのことだ。フレンドの範囲を「テラ」にも広げるチェック項目は街でしか現れない。フレンド登録が完了したら、ゲームからはログアウトして「テラ」に戻り、フレンドを検索して私のところへ来て欲しい、来たらそこから特別区画へ招待する、とのことだった。


 「テラ」では普通に人を検索してもその人の居る場所に行くのには制限が掛かっている。まず、検索が許可されていないと検索できないし、検索からの移動も許可が下りていないとその人のところへは行けない。初期状態では検索が許可されていても、居るかどうかだけしか分らないようになっている。個人情報保護のため不特定多数からの検索をブロックし、フレンド登録済みの上、許可された人だけに居場所が分かるようにするものだ。


 フレンド登録の範囲を「テラ」にも広げるチェック項目にチェックを入れて申請すると、すぐに葉月から許可が下りてフレンド登録が完了した。登録できたので再び一時、お別れすることになった。葉月はまたねと言って二人のログアウトを見送った後に自分もゲームからログアウトした。


 次に会うのは検索して移動するだけなので簡単なはずだったが、葉月が検索と移動の許可の設定をしているほんの少しの間だけ待つことになった。雪は一度目の検索では葉月が出てこなかったので登録がうまくいかなかったのかも、と一瞬不安になったが再検索すると葉月の名が検索結果に出て来て無事、葉月の元へ行くことが出来た。


「AOと外見が同じなのはお互い様だね」


 と先ほどと服装が変わっただけで同じ外見で微笑む葉月に再会できたことで雪はほっと胸をなでおろした。


「アバター、適当に作る人の方が多いのに、二人はどこで生体スキャンしたの?」


「俺はAOのベータテスト中に、病院を予約してスキャンしたぜ。特典に釣られてな。」


「僕はログインが大学の保健棟からだから、生体スキャンが必須なんだ。調査データの収集とかでね。」


「そっか。実データをさらしているんだもの、きちんとした本気の人だと思ったんだけど。まあいいや、その辺はママとおじさんに見極めてもらうよ。二人には私の母とほかに一人会って欲しい人が居るんだ。」


 葉月がさっと手をかざしてメニューを操作すると、二人の視界には


「特別区画への移動が許可されました。移動しますか?Yes/No」


 と表示された。雪は会って欲しい人が居るというのが気になったが、とりあえずYesを選択すると、いつもの瞬間移動の視覚効果が表れて、気が付くとカフェ風の建物の前に立っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る