エターナル ドット クリック

浅井はてな

第1話 竜の誘い

 この茂みは葦だろうか。雪は本物の葦を見たことが無いので分らなかったが、背の高い草をかき分けながら歩いていた。幸い足元はぬかるんではいないので思ったよりは歩きやすい。なぜこんなところを歩いているかというと、単純に道に迷ったからだ。モンスターとの戦闘中に同行中の友人とはぐれ、一旦、街に戻ろうと近道を選んだつもりが分からなくなってしまった。遠回りでも街道を使えば良かったのだが、後悔しても手遅れだった。なんとか茂みを抜けて開けたところに出たところで本気で後悔することになった。敵襲だ。出てくるところを待ち伏せされたようだ。錆びた剣が目の前をかする。寸前でよけることが出来たが次はよけられるかどうかわからない。敵の足元を転がるようにして逃げた。距離をとれば雪にも勝算がある。雪には強力な攻撃魔法がある。今は冒険者として駆け出しなのでこれしか使うことが出来ないが、発動さえすれば百発百中、低レベルの相手なら一瞬で仕留めることができる。距離は近いが今はこれしか方法が無いのでわずかな距離を取っただけで魔法の準備をする。目の前に配置してある攻撃魔法のアイコンに意識を集中し発動させるのだ。魔法自体は初歩的なもののため発動するまでの時間は短い。すぐに炎をまとった矢が複数あらわれ、先ほど襲ってきた敵めがけて飛んで行く。ほとんど0距離射撃だ。目の前で犬の頭を持つ、コボルドが悲鳴をあげつつ倒れ込む。倒れると同時に輪郭がぼやけ半透明になっていく。ここは現実世界ではない。エターナルシステムと呼ばれるシステムで構築された、仮想世界「テラ」の子ワールドで、オンラインゲームの世界だ。日本サーバーでは日本人の好みに合わせて、あまりにリアルな死の描写はされていない。後にはコボルドの持っていたわずかばかりのコインとアイテムが散らばった。大した成果ではないがこれを拾っていこうとしたとき、仲間を倒されたコボルド達が複数、怒りで奇声を上げながら茂みから飛び出してきた。これはまずい。一体ずつなら隙を見て炎の矢を打つことも出来るが複数に囲まれてしまっては魔法の準備をしている間に攻撃を受けてしまい、発動させることが出来ない。逃げるしかない。再び茂みの中に飛び込もうとしたとき一人の若い女性が飛び出してきて雪とコボルドの間に割って入った。小柄で動きは機敏だった。


「助けは要る?」


 問いかけておきながら、返事を待たずにコボルドの集団に素手で向かっていった。鎧も無く、手足は素肌をさらけ出していた。いくらなんでも無謀なんじゃないかと思ったが、コボルドの持つ錆びた剣をなんと素手で受け止めている。真剣白羽取りでもなく、よく見れば受け止めた場所は皮膚が白く光っている。時には手のひらで時には腕で攻撃を受け止め、受け止めた次の瞬間には素早い蹴りでコボルド達をなぎ倒していった。雪のやったことと言えば目標を変えて雪の方に向かってきたコボルドに炎の矢をお見舞いしてやっただけだ。数瞬でコボルドの集団を片づけた彼女が微笑みながら近づいてきた。剣を受け止めた場所の皮膚がまだ白く光っていて、鱗のような模様が浮かび上がっていた。


 「気を付けなければ駄目よ。この辺りは雑魚とはいえモンスターが多いんだから。私が居なかったらどうするつもりだったの?」


 話しかけてきた人物はかなりの美形である。この世界では自分の分身であるアバターを自由にデザイン出来るので美形であることは珍しくないが、美しい人物に話しかけられて雪は軽く心が踊った。


「助けてくれてありがとう。君、強いね。」


「私はホワイトドラゴンだからね。最強クラスのアバターだよ。」


 ホワイトドラゴン!?


 キャラクターメイキングの選択肢にそんなのは無かったはずだ。雪が選んだのはハーフエルフだが、その他には人間、エルフ、ドワーフしか無かったはずだ。NPCかもしれないと考えた。ノンプレイヤーキャラクターと言って、実際の人間が操作しているキャラクターではないのかもしれない。それとも、GM、ゲームマスターと言って、プレイヤーが困っているときに助けてくれる運営者側の人間か。しかし、困っているときに助けてくれると言っても、モンスターとの戦闘を手助けしてくれたりはしないはずだ。


「ああ、私、NPCでもGMでもないからね。特殊職と言ったら良いかしら。適当にぶらぶらして好きにしているの。ドラゴンも将来は本格実装されるかもしれないね。私でテストしているから。そのうち本当の竜に変身できるようになってね。」


 どうやらちょっと特殊な事情のある存在らしい。ドラゴンと言っても人型であるし、テスト中とのことだ。しかしテストと言ってもここはテスト環境ではない。最近稼働を始めたばかりの新ワールドとは言え本番環境のはずであるが、この世界自体がまだテスト環境のようなものなのかもしれない。


 ここはMMORPG風のゲームのひとつ、アルチストオンラインの世界である。現在、世界最大の仮想世界である「テラ」の子ワールドで、最近本格稼働を始めたばかりだ。子ワールドとはいえ相当な広さがあり、美しい景色や自由度の高いシステムが売りの期待のオンラインゲームである。「テラ」が本物の地球と同じ世界観で構築されているのとは違って、こちらの世界は魔法が使えたり特殊なアイテムがあったりと、ゲーム風の世界になっている。様々な装備やアイテム、魔法やスキルを駆使してモンスターと戦かったり冒険したりするのだ。「テラ」が一見すると現実世界と同じであるのと違って、こちらの世界は街並みが中世ヨーロッパ風だったり現実世界を廃墟化させた風景だったりして明らかに創作物である。


 雪はアルチストオンラインに中学時代からの友人に誘われてやってきた。彼はベータテストの時から入り浸っているらしく、この世界に関していえば雪からすればかなりの達人に思えた。ただ、この世界についてだけではなく「テラ」についても、現実世界についてもこの友人はいろいろ調べてよく知っており、達人に思える。


 雪が友人のことを思い出しているとその友人が茂みの中からひょっこりと現れた。


「よう、探したぜ。どこ行ってたんだか。オートマップの使い方、まだ知らなかったか?」


 彼はがっちりとした鎧を身にまとい飄々と現れた。


「はぐれちゃったから道も分からなくなって迷っていたんだよ。コボルドの集団に襲われて危なかった。この人に助けてもらったんだ」


「初めまして。私、真白葉月って言います。楽しんでる?」


 葉月が名乗ったところで雪は自己紹介もしていないことに気が付いた。


「俺は柿崎千尋。楽しんでるぜ。アルチストも「テラ」も、現実世界もね。」


「僕は花咲雪。アルチストは今日が初めてだよ。「テラ」もまだ始めたばかりだ。」


「チヒロさんに、ユキさんか。二人とも生体スキャンしているのね。現実世界と外見は同じなのかな。自己紹介も済んだことだし、せっかく出会ったんですもの、街へ帰ってそれからお茶でもしない?「テラ」の特別区画にご招待しちゃうから。」

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