第8話

そして、中学生になった時……私は祐太くんの部屋からいなくなった──」






 その言葉で更によみがえる記憶。……そうだった。中学生になってから俺は変わろうとしたんだ。小学生までの俺は、祖母の形見の人形のせいで馬鹿にされ、いじめられ、惨めな思いをしてきた。つまり、全ては人形のせいだ。そう決めつけ、俺はあの人形を倉庫の奥にしまい込んだんだ。




 地元から少し離れた学校に、電車で通う日々。新しい環境に、新しい友だち。もちろん人形のことを知っている人なんて一人もいなかったから、楽しい日々を送っていた。




 そして、そんな日々を送りながら俺の中から人形の記憶は消えていった。いじめられていた過去を消すようにして、高校、大学とその事を思い出すことはなかったのだ。










「……暗い倉庫の中で、私はいつも祐太くんのことを考えていた。私の中の祐太くんは、小学生の姿で止まっていたから。……でも、仕方ないとも思ったの。成長するにつれて私は必要なくなるものだと思っていたから。だからね、倉庫に入れられたことも怒ってなんかいないの」




 ミユの言葉を聞きながら、俺は何も言うことが出来なかった。




「中学生、高校生になった祐太くんは、どんな素敵な男の子になっているだろうか。それを考えるのが本当に楽しくてね。本当にその事しか考えていなかった。それと同時にいつも思っていた。




──もう一度祐太くんに会いたいって」






 あまりに優しい笑顔で、優しい口調でそう言うものだから、心が痛むのも仕方なかった。


 何て酷いことをしてしまったんだ……と今ならそう思える。しかし、あの時の俺は人形から離れることしか考えられなかった。これ以上、自分が傷ついてしまうことが怖かったからだ。




 もし、中学生の時に人形に魂が宿っていることに気づいたとしたら、どうだっただろうか?きっと同じだったと思う。そんな人形のことを気味が悪いと思い、倉庫にしまい込む……いや、酷ければ処分していたかもしれない。










「……ミユ。……ごめん」




「謝らなくてもいいの。だって、私の願いは届いたんだから。今こうして祐太くんと向かい合って、話をして……こんなにも幸せなことはないよ?」




「……ありがとう。俺もそう思うよ。……でも、何で何年もの間倉庫の中にいたのに、こうやって会いに来ることが出来たんだ?」




「私が強く願ったから。きっとその願いを神様が叶えてくれたんだと思う」








「……そうなのか」








「──何て綺麗なこと言いたかったけど、違うんだよね」




 ミユはそう言いながら、自嘲の笑みを浮かべる。俺はそのまま彼女の次の言葉に耳を傾けることしか出来なかった。




「私の願いを叶えてくれるなら、もっと早く叶えて欲しかった。もっと早くあの体から解き放たれたかった。何もかもが遅すぎたの」




「遅すぎたって……どういうことだ?」






「だって……私にもう帰る場所なんて無いんだもん。あの人形は




──2週間ほど前に処分されたんだから」






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