第23話 海獣大決戦
「ひゃっ、なにあれ」
変な声の出どころを予備の望遠鏡で探していたメグが声を上げた。
「サメが人を乗っけてるよ、曲芸かな」
ミゲルの意図とは逆に、魔女姫さまがまず関心を抱いたのは、彼を載せたサメのほうだった。
「見て見て」彼女は周囲に訴えた。「大きいし、ヒレが二つもある」
お蘭たちがへさきにとりつき、メグの指し示す方向をみた。
サメらしき生き物は、胴にあたる部分に鎧とも甲羅とも見えるものを装着し、そのせいで舟か生き物か判別しがたいようだ。胴から伸びた手綱をミゲルがつかみ、馬に乗るようにサメを操っている。クボの操る帆船が懸命に追っていた。
お蘭が指摘した。「派手に海の上を走ってるのに、あの男ぜんぜん濡れてなくない?」
「本当です、きっと妖術」孔雪がうなずいた。「ミゲルに間違いなさそうです」
自分を見つめる視線に気づき、ミゲルが被った笠を片手で上げて合図した。
「しばしお待ちを、じきに御前に参上します」さっきの叫びとは異なり、より気取った口調だったが、妖術使いの声は潮風にのってちゃんと届いた。
距離が近づくにつれ、彼が色の白い鼻筋の通った美男なのがわかってきたが、「もういい、こなくていいよ」
メグはしんそこ嫌そうな顔になった。愛想のいい美男は当分こりごりだった。
だが、爆発音に続いて水柱が上がった。装甲哨戒艇からの砲弾だ。ミゲルと化けザメの異常な高速接近に敵意ありとみなし、警告のため砲撃したのだ。
化けサメの横には、もう一匹の水面すれすれを進んでいる仲間がいて、ちょうど二匹の中間を弾が切り裂いた。ミゲルの黒い笠にも水しぶきがかかったが、目に見えない壁に阻まれるように、海面へと流れた。
「なんて無粋な。警告なら空に撃て」ミゲルが装甲哨戒艇に向けて怒った。
ミゲルが手綱を引くと、化けザメの鼻面が哨戒艇へと向いた。
するとまた砲が発射された。水柱に苛立ったようにサメはミゲルを乗せたまま激しく尾で水面を叩いたが、その横から銀色にキラキラと光る大きな魚が宙に飛び出し、日の光を散らして水面へと戻った。
「い、いまの見た?」メグたちは顔を見合わせた。「サメの横にお友だち。トビウオ?」「トゲトゲがいっぱい出てたよね。ミノカサゴみたいだけど、変」
飛び上がった巨大魚は傘の骨のようなヒレがたくさん生えているのに加え、まごうことなき羽をひろげていた。
「あれはひどい」ぼそっと黒狐も口を出した。「さしずめ、いくつかの魚に術をかけ、一匹にまとめたのでしょうな」
ミゲルと二匹の海魔は、砲撃を仕掛けてきた軍船の方をまず相手するのに決めたようだ。武装は派手でも機敏さに欠ける装甲哨戒艇に向け、二匹が蛇行しつつ近づいていく。
だが、それより小さい偵察艇が鋭く回り込んできた。狙撃手らしいのが側面に並び、長い小銃を構えている。いっせいに発砲した。大砲ほど威力はなくとも取り回しがよく回転がはやい。繰り返し撃つうち、数発が水面すれすれを進む銀色の魚に着弾した。
赤いしぶきがあがった。
「見て」美歌が叫んだ。「当たったら、血が吹き出た」
「やっぱ生き物なんだ」
「物理攻撃は効くのですね」孔雪が自らの言葉にうなずいた。
「よし、この隙に逃げちゃったりして」などと言いつつ、船の行く手を見たお蘭と美歌が小さく悲鳴をあげた。知らない間に、妖精艇の周囲には百を超える白くぷよぷよする物体が浮かんでいる。
「どこから湧いた?珍種のクラゲかな」
「それにしては、植物っぽくもある」あえて言えば、角のあるクラゲから半透明の薔薇のつるが伸びたみたいな姿をして、それぞれがうねうね身悶えしている。
船を護る魔法が効いているのか、船体に直接はふれずに一定の距離は開いているが、それでもびっしりと取り囲まれ、船が進み続けていても離れずにくっついてくる。
「勘違い野郎みたいに、しつこい」
「美歌さんだったら、さぞかしいろんな男につきまとわれたでしょうねえ」
「お蘭、美歌。爆雷の準備をなさい」お福が厳しい口調で言った。「目的は装甲哨戒艇ではなくさっきの海魔ども。このクラゲもおそらく仲間。あと、油の用意も忘れずに」
「振り切れませんか?」メグの問いにお福は、
「たとえ素晴らしく早くとも、所詮は船。哨戒艇なら置いてけぼりにできますが、海魔どもはそうやすやす離せません。それにこんな気味悪いクラゲまで使われたら、振り切るのはさらに困難です。もとを絶たねばなりません」
お蘭たちは木箱を開けて、タコツボ爆雷の準備をはじめた。
「けど、よかったかもね。あなたの仮説が激しく実証された。ちゃんと妖術使いがいらっしゃってる」
「それはそうですけど」お蘭の指摘に、孔雪はガッカリしたような声を出した。
「なに、あんなのは趣味に合わない?」
「もっと、控えめであるべきです」
装甲哨戒艇の周辺の海面に怪しい動きがあり、船首が不自然に持ち上がった。
「なにかが水中から押しているんだ」
しかし、掃海艇はすかさず爆雷を投じ、海が次々に白く盛り上がった。
「ひゃー」お蘭が変な声を上げた。「化けイカまで隠れてた。装甲艇と妖獣の真っ向対決なんて、めったに見られませんよ」
海面に突き出してうねうねとしているのは、大イカの足のようだ。
美歌もうなずいた。「襲われる心配さえなければ、最高の出し物なんだけど」
「また何かきます」メグが言った。「……飛んでるぞ、あれ」
すごい速さで銀色に光るものが、文字通り水面すれすれを飛び装甲掃海艇のすぐそばに着水、大きなしぶきをあげた。
「海獣の援軍だ」「もう一匹いたやつね」
尖ったヒレと羽で飾られた派手な巨体が着水した衝撃は、装甲哨戒艇を大きく揺さぶり、攻撃がいったん止んだ。
すると、ついに姿を海上に現した大イカが装甲掃海艇に体当たりした。こちらも船に負けぬほど大きい。船はふたたび大きく揺れた。舷側にある大砲の周囲には人影があるが、相当な衝撃をくらったのか、ろくに立てないようだ。
ミゲルの乗ったサメも戻ってきて、三匹で装甲哨戒艇に集中攻撃をかけようとしている。
しかし、偵察艇が助けにきた。海獣たちを横切るように進み、甲板にずらりと並んだ狙撃手たちが長銃を斉射した。みな少年のように若く、キビキビと再装填して弾幕を途切らせない。
弾は浮上した大イカに降り注ぎ、開いた弾痕から体液が流れた。カサゴも血を流している。
そこに鎧を付けた化けザメが割り込んだ。ミゲルが手を振り上げると、サメは大量の海水と一緒に跳ね上がり、偵察艇の上を飛び越えた。ミゲルは指から伸ばした妖糸を頼りに、サメの背中からひらりと甲板へと飛び移った。
「大成功」船に降り立ったのを自賛している怪しい男に、兵たちは慌てて銃を構えなおした。ミゲルは、「や、少年兵ばっかりじゃないか」と声をかけ、二本の手を大きく振った。
赤い花が咲いたように血が迸った。狙撃手たちの腕や胴、そして鍛鉄製のはずの長銃の銃身までが斬られて、飛び散った。
血を流した兵が鉄砲を持ったまま、海面へと落ちた。
すると戻ったサメが、落ちた兵に襲いかかり、水面が赤く染まった。
メグが悲鳴を上げた。
「た、助けに行ったらだめ?」彼女の声にお福が、「我慢下さい。まずこちらの体勢を整えねば」
だが、目の前を化けカサゴが横切った。牽制のつもりらしい。
「ゆれますよ」お福が叫び、大きく舵を切った。
どうやら、海魔たちの動きがばらばらなのは、メグたちの船に備わった防御機能によって、姿をぼんやりとしか捉えられていないためのようだ。「ガッキー、ちがう。目を信じず音をきけえっ」とミゲルが甲板から吠えた。
「あの飛びカサゴって、ガッキーって名なんだ」
一行は軍船対海獣の争いから目が離せないでいたが、
「みんな、あれ」望遠鏡をのぞくメグの声に、沖の方へと顔を向けた。
波の荒くなってきた海の先に、変な形の船がいて、浮かんだり波間に隠れたりしている。突起を減らし、色も群青に塗って視認しにくく工夫してあるが、波に跳ねたことで存在が確認できた。
「亀というか桶というか。人も乗っていますよ」
胴が太く全長の短い船に、防御用の外殻を張りつけてある。屋根がわりに帆布を天蓋にしてあるのは高さを抑える工夫だろう。存在を気取られずに目視により妖獣を操るのに特化した構造のようだ。帆もなく櫂もなく、かわりに大人ぐらいの大きさをした海獣二匹と太い縄でつながっている。船を曳かせているのだ。
「あれこそ妖獣使いですね」孔雪が嬉しそうな声を出した。自説にぴったりの敵がようやく見つかったためらしい。
「実際に化け魚を操っているのは、あっちかな?」メグは首をかしげた。
「やはりそうですか」黒狐が食いついた。
「なんとなく、ですけどね。呪が聞こえた気がしました。でもお福、これまでにあんな船は見たことは?」
「ありません」お福が憤然と返した。「船への冒涜ですよ。それに海獣にも」
化けサメと化けミサゴの海獣二匹は、海にこぼれて懸命に泳いでいる兵たちをしつこくなぶっている。あまり見たくない光景だ。
偵察艇の甲板では、狙撃兵を助けに刀を引っさげ出てきた兵たちが、ミゲルにあしらわれている。彼の手から伸びた糸が、赤みを帯びつつある陽光をきらきらと跳ね返し、武器と兵の体を無残に切断した。
剣術使いらしい大柄な兵士が、いったんはミゲルの妖糸を剣でとめることに成功したが、ミゲルが腕を振ると鋼鉄の剣は半ばまで糸に食いこまれ、そのまま奪い取られた。
「くそっ」すぐに短刀を抜こうとした兵士は、糸に自分の剣を投げつけられ、首筋を切り裂かれてその場に沈んだ。
「僕に勝つなんて百年早い。これが終われば、あっちのでかい船も同じ目に合わせてやるよ」
風に乗って、偵察艇から明らかに少年とわかる悲鳴が聞こえた。思わずメグは耳を押さえ、そしてぎゅっと目を閉じた。涙がこぼれた。
静かに黒狐が口を開いた。
「姫様、お福どの。不逞の妖術使いを打ち払うお許しを」
驚いてメグは目を見開き、お福も黒狐を見つめた。
「海魔を海で倒すのは面倒ですが、あの笠の変態と弁当桶みたいな船さえいなくなれば、おそらくただの大きいバカ魚。あとはたくさんの蒲鉾とできます」
「死にますよ」お福が冷ややかに言った。「相手は豪胆斎の自慢の弟子。刀も鉄砲も通じまい。われらに仇なそうとした海兵に同情するなど、お前らしくもない」
「今日はいい天気ですから」黒狐が言った。「それに、私を獣人たらしめているこの枷は面白くて、他の妖術を受け付けません。あの気取った妖術使いに冷や汗をかかせてやりましょう。なに、私はしぶとい」
「妖術使いとやり合ったことあるの?アイツら、やばいよ」お蘭が尋ねた。
「何度か」と言ってから黒狐は、「実はたびたび。あ、いちおうは人助けの意味もありましたよ。念のため」
「必ず、戻ってきますね」メグは言った。
「はい。鷹羽陵に行って餅つきをしなければなりません」
メグは笑いかけて、自分の目に涙が浮かんでいるのに気づき、慌てた。
「よし、姫様の許可が出ました」お福が言った。「孔雪、そして皆のもの。方針変更。きゃつらをここで退治します。さもなければ明日はないと知りなさい」
お化けクラゲをまとわりつかせたまま、船は速度を上げた。ミゲルの暴れる偵察艇を目指す。お蘭と美歌は火を起こし、火縄を用意した。爆雷の点火用だ。
「無理せずに。とりあえず、攻撃から護るだけでいい」
黒狐はいいながら、鉤爪を持ってお福に声をかけた。「では頼みます」
伝令管に命じ、ぐんぐん船を加速させたお福が、海魔と偵察艇の争いに突っ込み、偵察艇すれすれに船を横切らせた。その凄腕に称賛の口笛を吹いてから、黒狐は縄のついた鉤爪を偵察艇の船尾に引っ掛けて、軽々と飛び移った。
突然現れた、紺色の外套姿の獣人に、
「なんだよ、おまえ」あのミゲルが目を剥いている。
一方、お福はクラゲを振り払うように船を急旋回させて、今度は亀みたいな司令船を追った。
「相手からこっちは見えてるかしら」メグの問いに、「乗っているのが術者でも、おそらくぼんやりとしか捉えられないはず」
「お福さま」美歌が聞いた。「海の上で妖獣と闘った経験はお持ちですか?」
「ちょっとだけ」舵輪をとりながらお福が答えた。「海竜というやつね。海蛇のむやみと大きいの。あのサメの五、六倍かな。こっちはこの船より小さい舟でした」
「ど、どうなりました」
「相打ち。どうしようもなくて、最後はわざと船体に胴を巻き付けさせてモリを刺し、動かなくして火を放った」
「ひいいっ」全員が驚きの表情になった。「そ、それはすごい」
「おいくつぐらいのことですか」とお蘭が聞いた。
「十四、五かな。忘れました。昔の話よ」
「そんな経験してりゃ、こんな海獣、なんでもないか」
「まだ火はつけたら駄目なんですよね」着火用の火縄を手にして美歌が聞いた。「火をつけたら蓋を閉めて叩き、水が入らないようにして、流す」
お蘭はぐるぐる肩を回し、準備運動中だ。
「いったん火をつけたら消せないから注意して。孔雪っ」お福が言った。
「はい、これに」
「冷静なあなたが指示しなさい。そこの二人は投擲に集中」
「すべて命令に従います、船長様」「ははっ船長様」
「メグ様っ」今度はメグに声がかかった。「はいっ」
「よく海と船を見て、変化をそのたびにお伝えください。いきますっ」
無事、偵察艇の船尾に立ち上がった黒狐が、ゆらりと歩きはじめた。
中央付近にいるミゲルは指を一本立てた姿勢のまま、けげんな顔をしている。得意の金縛りの術が効かないのだ。
呻き声の響く甲板には、十人を越す海兵の死体や重傷者、切断された腕や刀が転がっている。腕から血を流した若い兵が、黒狐の登場に尻餅をついたまま後ずさりした。失神した仲間の兵を隠そうとしている。
「人数が多いと思ったら陸戦隊もいたのか。それも訓練中だな。いつも悪党のせいで割りを食うのは、なにも知らん若造か」
黒狐は、兵に折りたたんだ布を投げた。「それは清潔だ。とりあえず血を止めろ。終わったら衛生兵を連れてこい。偵察艇なら乗ってるだろう」
「おまえ、何者だったっけ」見事に無視されムッとしたミゲルだったが、気を取り直して聞いた。「魔女姫さま一行に獣人がいるとは聞いている。無神経なお前らには、術に耐性があるのがいるのだったな。けど刀を使うとは生意気だぞ」
「そっちはミゲルだな」黒狐が聞いた。「前はたしか、伊達男と名乗ってなかったか」
「いまでもだよ」笠を軽く上げてからミゲルは返事した。
「なるほど、自称するだけはある。きれいなつるつるの顔だ」
「褒めても手加減はなしだ。お前はなんだ。獣人というより咎人ではないか」
ミゲルが前方に瓶を投げて、割った。どろりとした液体が広がったかと思うと、すぐに形をなして跳ね上がり、黒狐に飛びかかった。中型犬ぐらいの四本足の生物が、不釣り合いなほど大きい牙を剥き出し首筋に噛みつこうとした。
黒狐は、それを苦もなく抜き打ちに斬り倒した。
ミゲルは口元に笑みを浮かべたが、平然と黒狐が歩み寄ってくるのに片眉を上げた。斬られても再生し、再び敵を襲うはずの使い魔は、甲板に二つに別れて転がり、どろどろと形が崩れ出していた。斬った刀にも、なにひとつ起こらない。
ミゲルは肩をすくめると、「もう一度聞く。名はなんだ。僕は豪胆斎が弟子、萌の国妖法衆一番隊隊長のミゲル。ちなみに」彼はにやっと笑った。「国と所属を明らかにしたということは、お前を生きて帰さないという意味だよ」
「私は陪臣だからな。名乗りを上げるほどの立場にない」
「なんだよ。せっかく聞いてやったのに。生まれ故郷ぐらいあるだろう」ミゲルが笠を外して横に投げた。本気になった証拠だ。「根無草は悲しいよ」
「とうに死んだことになっている。その方が平和だ」黒狐はいつものように二刀を左右の手に掴んでいるが、ホウキを持つほどの力も入れてないように見える。
「じゃあ、本当に死ぬといい。噂の魔女姫様のことは僕にまかせろ。もうひとつの『実はドジ姫』説と合わせて、真偽は僕が自ら見極める」
踊りのように両手を優雅に動かしつつ、ミゲルは言った。次の瞬間、ほとんど目に見えない細く鋭い糸が黒狐の全身をとり包もうとしたが、彼が両刀を一閃させると、ミゲルの足元にはらはらと落ちた。
「魔女でもドジでもない。あ、思い出した。妖糸使いとも言うんだったな、あんたの二つ名。誰に聞いたかな」
鉄をも断つ必殺の妖糸を反故にされたミゲルは眉をひそめたが、すぐに最初の糸を諦め、口元から息を吹き出した。息は炎となって爆発したように黒狐の顔の前で燃え上がり、同時にさっきとは異なる複雑な軌道を描いた妖糸が上下前後から黒狐を襲った。「じゃ、さらばだ」
しかしミゲルの目の前に黒狐はいなかった。切り取られた糸だけが手に残り、後ろから声がした。「せっかくだから聞きたいのだが」
振り向きざま、ミゲルは左手を勢いよく引いた。
「よしっ」手応えがあった。用心のため、あらかじめ甲板に垂らしておいた妖糸が憎たらしい獣人を股間から引き裂くはずだった。
しかし糸は黒狐に踏まれ、ぴくりとも動かなかった。彼が刀を振ると、周囲に潜めておいた糸はすべて断たれてしまい、手応えがなくなった。
「われらが未姫様をつけ狙う不届き者は、お前の老害師匠か、それとも国主サラァ・千尋様か?」
「クソ獣人っ、師匠に失礼だぞ」
「国主様ではなさそうだ。とりあえず、それさえわかれば良しとしよう」
ミゲルは呪いを込め、短い妖糸を槍のように投じたが、黒狐はほとんど動かずそれを避けてしまった。だが突然、凄まじいしぶきが彼の左手からあがった。
「よしアギト、殺せっ」
巨大で、真っ赤なサメの口が黒狐に雪崩れかかった。
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