第21話 待ち伏せだよ、お姫さん!
メグたちが戻るのを、船大工の老人がじっと見ていた。怪しみより、戸惑いの多い表情をしている。
「さっきみたいなことにならないうちに、正体を明かしたら?」メグがささやくと、お福は言った。「いえ、正体とか取引とか駆け引きとかではありませぬ。これは本来、そんなやりとりをすべきものではないのです」
「わたし、姉ではないし、江津の者ですらない」
「前提が違います。船は鐘を持つ者の身を守るためのもの。そして船を守る者は、命ぜられれば黙って渡すものなのです」と、お福がささやき返した。「船が拒まなければ、そこに異議を挟む余地はありません」二人が声を低めて言い合いをしていると、子供の声がした。
「あの……じいちゃんがなにか」
「あれっ」そこにいたメグ一行の四人ともが少し驚いた顔になった。アジサシの巣にいたゼン少年だった。
「あなたはここの人でしたか?」孔雪が単刀直入に尋ねた。
「はい。この修理屋の孫です」言ってからゼンは、深々とメグたちに頭を下げて祖父に近づいた。「じいちゃん、じいちゃん、失礼はいけないよ。この方は未姫様だよ、藤の国のお姫さまだよ、美良野の方様の妹君でおられるんだ」
老人の目が見開かれた。
「ご、ご無礼をいたしました」老人の声が震え、その場に平伏した。彼は疑うつもりではなく、ただ命ぜられて月日がたち、心に疑いと諦めが生じていたためだと懸命に弁明した。
「まあ、私たちがこなければ、高価な珍しい船が実質、こちらのものになるわけですからね」
「これ、お福」
老人こと船大工の源三は一行を一艘の船の前へ案内した。
船の繋がれているのは工房のすぐ横、奥まった入江を利用して作られた船着場だった。港からは最も端にあたり、すぐ近くに別の船はない。風雨のかからぬように周囲は簡易な屋根のついた小屋となっている。
「ほほ、これまた賑やかなこと」お福が言った。
お福の予告通り、船体はサメのように鋭角な感じがした。二本ある帆柱は、付近を行き来する似た大きさの船よりも低くて太かった。その帆柱には色とりどりの布や紙によって飾りつけられ、舷側には華やかな帯がぶら下がっている。
老人の後ろ向きの態度のいくばくかは、どうやらこの飾りつけのせいもあったようだ。船首と船尾には枯れた花が結びつけられたままである。
「すぐ、とりはらいます」と言って源三は理由を説明した。「十日ばかり前、この地で祭りがありまして」
その時、アジサシの巣に学ぶ子供らを乗せ、付近をぐるっとひとまわりした。あまりに楽しく子供らも喜んだもので、そのままにしてある、と老人はひたすら頭を下げた。
「ごめんなさい、僕も乗りました」ゼンまでが申し訳なさそうに謝ったのには、メグたちは笑ってしまった。
「道具というものは、死蔵するより使うのが良いと聞きます。みなは喜んでくれましたか」
「はい」
「お芋をくれたマルさんも、ちゃんと乗れたのかな」
「はじめは怖がっていましたが、すぐへさきに立って大はしゃぎしていました」
「それは良かった」メグがにこにこしているので、ゼンもやっとぎこちない笑みを浮かべた
「メグ様、暫しお待ちを」そう声をかけるやお福は、がっしりした腰を軽々と宙に浮かべ、船に飛び移った。華やかな飾りは気にならない様子でうなずきながら中をあらためた。水に顔をつけて船底を確かめたりもした。いつの間にか持っていた小槌で船体を叩いたりした。
「ふむ。よく保っておられる。感心いたしました」
「ここに運び込まれた際、作り手もやってこられ、手入れを教わりました。それを守っているだけです」と源三が答えた。「ときどき海に出すほかは、年に一度は水から引き上げ、定められた部品を取り替えます。たとえ傷んでいなくても」
メグが船に近づいた。
続いて黒狐が一歩前にでた。虫の羽音に似た音が聞こえ出したためだ。
「なんだろう」ゼンが不安そうに船を見た。
畳まれている帆が、身動ぎをするように揺らいでいる。屋根と壁によって一応は外気とは隔てられているのに、船の周囲にゆるやかな風が巻きはじめた。工房の床のほこりが揺れた。
「これは、船の精霊のしわざですか」黒狐が聞いた。
「いかにも。まさしく生きているしるし」お福が言った。「そしてメグ様の参られるのを、この船が待っていたあかしでもある」
かたわらにメグが立つと、船は疑いないほど盛んに音をたてはじめた。
「目が覚めたみたい」ゼンがつぶやいた。くすんだ雰囲気の船が突然、生気を帯びたのは事実だった。
「これ船よ。一体なにがあったの?」メグは思わず船に声をかけた。帆と帆柱がゆっくり左右に振れているなと思ったら、霧のようなものまで漂い出した。次第に、船がどことなくぼうっと霞みはじめてしまった。源三老人まで不安げな顔になり、あの孔雪すら目が左右に動いている。
「ご覧くださいませ。ちゃんと隠形機能だって保っていますよ、メグ様」ほこらしげにお福が言った。しかしメグは、
(妖精船じゃなくて、これじゃ幽霊船みたいだよ……)
広々とした海原に、かすかに鼻歌が流れていた。
妖術師というものは浮き世の道理からは自由なように見えて、実は不自由なものである、という意味の内容だった。唄い手は、黒い笠をかぶった妖糸使い・ミゲルだった。
彼は三角形の帆を持った軽快そうな船のほぼ中央部に立ち、笠に手をそえて気持ちよさそうに風を受けている。すぐ後方には、大きめの猿みたいな身体に革製の鎧を着込み、齧歯類を思わせる頭部を持った生き物がいる。両手両足を器用に使って帆と舵を操作し、ミゲルの代わりに船を走らせている。リスみたいな顔だが、目には知性の光があった。
「クボ、僕は考えたんだよ」ミゲルは傍らのリス顔に語りかけた。「僕がなぜ頻繁に、『妖獣使い』と間違えられるのかを。いや、実際に妖獣とか海魔を育ててる。でも公開したわけじゃない。なのに言われるのは、君と行動を共にしているせいじゃないかな。あ、嫌なわけじゃない。勘違いしないで」
言われたクボはわずかにミゲルの顔を見たが、また海原に視線を戻した。
ミゲルは続けた。「世間は君のことを僕の創造物と誤解している。けしからん話だよな。だいたい、妖獣はすべからく君のように自立すべきだ」
変な言いがかりのような台詞にも、慣れているのか大リスは平然としている。
「ごめん。僕は疲れてるんだ。いくら海魔の育成に取り組んでも、どいつも独り立ちしないし、ましてや君みたいに自ら僕を助けてくれることもない」
ミゲルは、少し離れて並走している別の船を見やった。人の乗る大きな亀の胴のような船体があって、それを巨大な二匹の魚が太い縄で曳いている。どちらも表皮はつるんとして、魚類より哺乳類を思わせる。
「隣の船に乗るやつらと僕たち、これだけいて操れるのはようやく五匹。海魔大隊なんて夢のまた夢だよ」そう言った彼の船の横には、以前に入江にいた二つ重ねのヒレが静かに伴走している。そのすぐ後ろには人間よりやや大きい銀色の魚体が続き、さらに亀みたいな船の背後からは巨大な黒い塊が水中から付いてくるのがわかる。残り二匹は海面からは所在がわからない。異変を感じたのか海鳥が騒いでいるが、近づいてはこない。
「お師匠は『諦めたらそこで進歩は終わりだ、ミゲル』っておっしゃる。でもね、こぼすぐらい許されるだろ、そう思わない?」
クボはだまったまま前方を見ている。陸地は影も形も見えなかった。
「いいよ、別に海魔たちに聞こえたって。僕の苦しみぐらい、わかっていると思う。君みたいな知性や共感力はないにしても、まるっきりのバカじゃない」
大亀のような船から禿頭の男が顔を出し、手を使ってミゲルに合図した。
「あ、そう。進路変更。ふーん」ミゲルはクボに伝えた。「目的地を変えるってさ。まただよ、面倒だな、聞いていたのと違う。さっさと僕らだけで行動すりゃよかった」
軽くうなずいたクボは上手にバランスをとって、亀船の動きに合わせて進路を変えた。ミゲルはまだ愚痴っている。「だいたい海なんて僕は嫌だ。好きと思われて困ってる。日陰がないから日焼けするし、夜はしんしんと冷える。なにより糸が使いにくい」そう言って、形のよい鼻からミゲルは息を吐き出した。「ああ。楽しみは魔女姫さまだけ。今度こそお目もじできるはず。師匠も先輩もくれぐれも慎重に対処せよっておっしゃるけど」ミゲルはクボに目をやってから、
「ここにいるのは僕たちのみ!偵察猿すらいない!」と、一転して高らかに笑ったが、声は海風に消され、すぐ聞こえなくなった。
「水は用意してもらうので、果物とかを買えばいいのですね」
「はい。調理の必要なくお腹の足しとできるものですね」
いったん「アジサシの巣」に戻ったメグたちは、あらためて出発の準備をはじめることにした。港の市場に行って船に載せる必要品を買い込むことになり、メグはうきうきしている。当初は彼女とお蘭、美歌だけだったが、結局お目付役として孔雪もついてきた。
買い物の経験に乏しいメグだけに、六人分の食糧を自由裁量で購入できる機会に、すっかり浮かれてしまっている。市場に到着するなり、
「これ、なんです」「美味しいですか」と片っ端から尋ねて回り、閉口された。
「これ、栗ではありませんか。船の中で食べるとおいしいですよ、きっと」はしゃいでイガを指差すメグに、孔雪は冷静に答えた。
「残念ながら生では食べられません。購入いただいても構いませんが、茹でたり焼いたりの時間はありません。普段お口に届くまでに、いかに多くの人が手間ひまをかけているのかを、くれぐれもお忘れなきよう」
「はい、ごめんなさい」お福よりさらに怖い。しかし、メグはめげずにまた聞いた。「じゃあ、これはなにかしら?この袋に入っているやつ。とってもきれいな粒です。ふりかけにでもしたら、おいしそう」
「おそらく、家畜用の餌です」
お蘭はお蘭で不満げな顔をしている。「ここ、全体に中ノ津よりも高い。ぼってるな。まして鷺の巣と比べて種類の少ないこと。あそこにわざわざ遠くから人がくるはず」
「だって、もっぱらお金持ちとその傭人目当てだし。でも、物は新しいし質は決して悪くない。見てて悲しくなる市場だって、世間にはあるものよ」と、一行で最も世馴れた美歌はにこやかだ。彼女によると、「ここの市場は、食べ物に限っては案外珍しい品があっておもしろい」とのことだった。
「これはリンゴよね。美味しそうなんだけど、買ってはダメかな」自信をなくしてきたメグに美歌は、「任せてください」と店主との交渉を買って出た。
相手は生きるのにくたびれたような年配女性だったが、美歌は上手に話を振って機嫌をとり、やすやすと値引きを実現した。さらに試食用としてオマケと笑顔までもらった。なにやら魔法を見るようで、すっかりメグは感心してしまった。
「こんな経験を繰り返し積まないと、人心は掴めないままになりますね。でも商取引って、ほんとうに難しい」
「わたしもこの分野は苦手です」真面目な顔をした孔雪が言った。
水路の横を歩いている彼女たちの横を、日常の足がわりらしい小さな舟が過ぎて行った。お福と黒狐も、似たような舟を使い、港へと出て海へと向かうルートを確認中だ。
美歌が聞いた。「メグ様は、小舟には乗り慣れていらっしゃいますか」
「そうですねえ、物心ついた時からお福が近くにいましたから。それに、以前は母上と雪割屋敷にいることが多かったし」と、母娘で暮らした離宮の名をあげた。「あそこは川に囲まれ、舟に乗るのも容易でした。父上も舟でいらっしゃったぐらい。でも、護衛の厳しい藤のお城に入ったらもうだめです。お福も城の警備担当になにか言われたようで、すっかり舟に乗らなくなってしまいました」
源三から借りた小さな荷車が半ば埋まったころ、空はすでに赤みを帯びていた。水平線に目をやると、漁から帰ってきた漁船が行き来していて、さっきよりずいぶんと賑やかになっている。お蘭が元気に車を引き、美歌が低く優しい声で唄った。それを聞きながら歩くのは、メグにはとても楽しい時に感じられた。
しかし源三の小屋まであとわずかのところで、「変ね」と、お蘭が鼻をひくひくさせた。「別に魚も肉もバラしていない。ここでしばしお待ちを」と、メグと美歌、孔雪を置いて小屋に近づこうとして、物陰にいるゼンを見つけた。
真っ青な顔をして、無言のまま首を横にふっている。
お蘭の表情が、すっと冷たくなった。
ゼンに黙っているよう仕草で伝えつつ、メグたちをさらに下がらせ、車の影に隠れさせた。その時点ですでに懐に手を伸ばし、隠した武器に手が伸びている。しかし彼女は、小屋の入り口の手前に立ち止まって、動きを止めた。
お蘭はじっと、自然な様子で小屋の開口部の見える場所に立ち続けている。
なにも動かない。
薄赤い日の光がメグの足元にさしていた。顔をあげたところに見える入江を、小舟が横切った。それでもお蘭は動かない。左手には皮紐のようなものが巻きついていて、その先には鈍く光るやじりのような鋼が付いている。
遠くで鐘の音がしている。舟の合図のようだ。海鳥とは異なる鋭い鳥の声がした。お蘭はじっとしたまま動かない。
小屋の裏側とお蘭のすぐ手前の岸から、人影が二つ同時に飛び出した。
お蘭の左手から光が迸った。岸から襲ってきた敵はそれをうまく弾き返し、短刀を振りかざしてなおも迫ってきたが、刃物を細い鞭につないだお蘭の武器は、鋭く空気を斬って軌道を変え、今度は相手の足元を襲った。敵はそれも避けたが、武器はさらに小さく回転して敵の顔を引き裂いた。敵は動きをとめた。
「うっ」押し殺した悲鳴が起こった。休まずにお蘭が右手の棒手裏剣を飛ばし、一本が敵の目に突き立ったのだ。さらに彼女は左手の武器を隙のできた敵の首筋に叩きつけた。うまく血管を引き裂いたのか、血が吹き上がった。
もう一人が刃物を手にお蘭に襲い掛かろうとしたが、
「お蘭ちゃん」叫び声とともに、すごい勢いで荷車が敵に走った。美歌とメグが渾身の力を合わせて押し出したのだ。しかし敵は冷静に殺到する車を飛び越えた。こちらは目つきの鋭い中年女だった。
だが、一人を倒し余裕のできたお蘭の武器が、今度は着地する女を襲った。転がるようにそれを逃れると、今度は大胆に跳躍しメグたちの手前に着地した。
すると女をりんごやら柿やらが襲った。メグ主従の攻撃だ。「チッ」顔を庇っていた短刀を構え直した女が息を呑んだ。目に栗のイガが突き刺さっている。女はタタラを踏んだ。袋のままの栗を叩きつけた孔雪は、すぐにメグの元に駆けもどり、武器代わりの箒を構えた。
体勢を整える必要に迫られた女は、後ろに繰り返し大きく跳ね飛んで小屋に戻った。もう一人は完全に地面に倒れている。こちらは小柄な中年男だった。
「無事ですか」動かない男を見つつメグがお蘭に聞いた。
「もちろん。しかし籠城されました。メグ様は離れていてください。みんな、お守りして」
お蘭は油断なく小屋の入り口に迫った。
「じいちゃんっ」ようやくゼンが声を発した。中では源三老人が首に刃物を突きつけられていた。
「動くな。いうことを聞かぬとこいつを殺す」片目を閉じた女が鋭く言った。
「悪手ね。もうちょっとマシかと思った」お蘭が声をかけると女は、
「ああ。しくじったのは認める。だが、これから取り返す」
しまった、とお蘭が振り返った。
はじめて見る顔の男が、メグたち三人に突進していた。目に捉え難いほどの素早い攻撃だったが、爆発したかのように起こった突風が邪魔をした。鳥が眼前で羽ばたき風を巻き起こしつつ横切ったのだ。隼らしき鳥は源三の工房の屋根の上を舞っている。
「いたっ」砂埃が目に入って、メグと美歌はしゃがみ込んでしまった。敵はなおも彼女らに迫ろうとしたが、今度は大きな打撃音がして見事にその場にひっくり返った。カランと音がして、大きな船の櫂が地面に転がった。
砂埃が鎮まると、人影がメグたちを庇うように立っていた。黒狐だ。すでに両手に二刀をだらんと下げている。櫂をぶつけられた男も素早く立ち上がり、仕込み杖を構えた。苦笑する余裕のあった男の目つきが、黒狐と対峙してすぐに厳しくなった。
男は、剣を横手殴りに叩きつけたかと思えば、軽快に体を反転させて鋭い刃を仕込んだ足先を鞭のようにしならせ、黒狐を蹴った。しかし手の込んだ攻撃にも黒狐は速度も方向も変えず、そのまま相手とすれ違った。男はその場にくたくた座り込み、動かなくなった。血溜まりが広がった。
お蘭と美歌が口々に、「黒狐、遅い」「そうよ、もっと早くきなさい」と非難した。
「へい、申し訳ございません。姫様、お怪我は」
「大丈夫、ちょっと目に砂が入っただけです」駆け寄ってきたお福がメグの頭を両手で掴んで無理やり目を調べはじめた。
「きゃっ、余計に痛い」「我慢なさいませ、目は大切です」
そのまま黒狐はお蘭の横に並んだ。
「お邪魔してよろしいでしょうか。残ったのはこいつだけのようです」
「あ、そう。じゃ、わたしやっぱり可憐な女の子だから、譲るわ」
「なら姫様を頼みます」
黒狐が前に出て、源三の首に刃物をあてたままの女に言った。
「刀は捨てろ。ここで粘っても意味はない。腹が減るだけだ、投降しろ」
女は黙ったまま、にらみつけている。
「あなた、もう諦めなさい」お福が小屋の入り口にやってきて、呼び掛けた。
「仲間を待っていても無駄です。五人いましたね。みな死にました」
「……」
「信じたくないでしょうが、真実です。この男、見た目はアレですが腕は立つ。全員、一合も斬り結ぶことなく骸にされました。それも、一斉に襲いかかったのにですよ」お福は首を左右に振った。「広い世の中にはこんなばかげた、疫病みたいなのがいる。鎌鼬に絡まれたようなものだから、敗れても恥ではない。運が悪かっただけ」
「もう少し表現にご配慮いただけると……」黒狐の不平をお福は無視し、
「そうそう、あなたは赤い影でしょう。この血も涙もない死神は、先夜も船に乗ってきたあなたのお仲間を、八、九人まとめて川魚の餌にした。誰も彼も無残に首を落とされ実に気の毒でした」メグもお蘭たちを従え、やりとりの見えるところにやってきた。お福は続けた。
「あなた、見た目より歳が若い。変装しているのね。ならばこれから人生を変えるのだって難しくはない。こんな空しい役目を押し付けられる職はとっとと辞めて、別のことをなさい。なんなら仕事を斡旋しますよ」
「船も…わたしたちの船も、まだ空きがあります。その前に目を治療しなければなりませんが」と、メグも言った。
「あら、メグ様。いちおう相手は忍びですよ、私たちを狙った」お蘭が言った。
「でも、この人から伝わってくるものは、他の赤い影とは違う。盲信も妄執も自己欺瞞もなく、自らに対する疑いがあります。そしてかすかな、苦み」
「はー、疑いですか。……ちなみに狐くんからはどんな?」
「謎が謎を呼んで、なにも感じないのと同じ」「ワケ有り過ぎってやつですか」
微かに誰かが吹き出したような音がしたが、黒狐本人ではなかった。
残った赤い影の女は、ふざけるなと表情を歪めようとしたが、メグと目を合わせると、ふいに悲しそうな顔になった。そして一切の表情が消え失せた。それが逆に、(途方に暮れた少女みたい……)とメグに思わせた。
とっさに女が自らの口になにかを放り込もうとした。だが、電光のように飛び出した黒狐が女の腕を打ち、返す刀で首筋を打った。女は昏倒した。
源三老人はようやくよろよろと孫のところへ向かった。「じいちゃん!」ゼンが抱きついた。
「死んでいませんね?」メグたちが女のもとに駆け寄った。
「私だって首を狩るばかりじゃありません」
「しかし、この人たち、どうしてすぐに自死しようとするのかな」こわごわのぞきこんだ美歌が言った。「せっかく何年も修行したのに、無駄になるじゃない」
「ああ。変な癖です。失敗した場合、雇い主に言い訳が立ちやすいのかな?」
メグは、さっき助けてくれた鳥を見上げた。今はこっちに飛んできて、船の帆柱に止まっている。「あれは隼でしょうか。ただの鳥ではありませんね」
「はい」黒狐もうなずいた。「おそらく術師の使い鳥、ことによるとストヴェ嬢かも知れません」
メグがおいでおいでをしても、隼は首を小さく巡らせ、じっとこっちを見ているだけだった。
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