第6話 魔法使いの真実
魔法を使う猫、タイタンと人語をしゃべる鳥、ゲルマはかつてのノアでの暮らしをたんたんと語りはじめた。
ノアは、古くから魔法の力を利用してきた国だったが、いったんはその動きは衰え、近年は建築や工芸、あるいは農業の分野に細々とまじないとして残るだけだった。
だが、領主の娘婿として宮廷入りしたジュラの貢献によって、魔法の利用がふたたび勢いを得た。
「ジュラはまず、起伏の多い山あいの領地に目をつけた。畑にゃ向かねえって放置された傾斜地がけっこうあったらしいんだが、奴は動物を使うのが上手な魔法士を、ツテも使って呼び寄せた。水源も見つけてさ、おかげで牧畜やら織物なんかが盛んになった。そうなったら他のことだって活気づくだろ。だからノアは、パンなんかよりずっと豊かだったよ。市の賑やかさが全然違う」
「君たちも愛玩用ってわけじゃないよな」と、テツが聞くと、
「もちろん。魔法士はオレたちみたいな魔法動物を使って家畜を従わせるわけ。病気や怪我に気づくのだってオレたちが早い。だから城だけでも結構な数がいたんだ。あ、おれとタイタンは別格扱いだったけどな」
「にゃ」
ゲルマによると一時は十名を超える魔法士とその使役動物が活動していたという。これは他の国と比べると驚くほどの多さだ。
なお、「魔法使い」というのは一般名称であるとともに「法師」と並び、大師範クラスの尊称としても使われる。通常の独り立ちした術者は魔法士と呼ぶのだ、とスズから説明があった。
「へえ、私の生国あたりとは違うなあ。口にする時、気をつけなくちゃね」
ゲルマが聞いた。「魔法士って、テツの故郷だと行者や験者となるのかい」
「まあね」タイタンがもの言いたげにテツの目を見たので、テツは微笑みを返した。幸いスズは知らなかったらしくスルーしてくれたが、「魔法」の意味そのものがこの付近とテツの育った地方とは若干異なる。
彼の故郷では、魔法とは主に攻撃を目的とした妖術・幻術を指す。また行者とは、魔法を駆使して兵を支援する特殊な職能集団であり、尊敬より恐怖と戦慄の対象だった。
タイタンもまた、レジェンド級の行者の使い魔だったそうで、高齢だったその女性がノアに滞在中、客死してしまい後始末のため城へ残っていたところ、今度の騒ぎに巻き込まれたのだった。
「魔法をうまく使って、ノアは栄えた」またゲルマが語りはじめた。「オレたちも頑張ったけど御膳立てをしたのはジュラだ。そりゃ誰もが認める。政治家としてもやり手で、暖かい人柄じゃないし怖がられはしても、身内のエコひいきもなく公平だった。だからみんな黙って従った。でも、当然それが面白くないのだっている。その筆頭が王子と側近かな」
「王子って、そのジュラって人に冷遇されてたの?」
「いいや、むしろ贅沢をさせてもらってたと思うな」
タイタンが何かなくとゲルマがうなずいた。「でも、いい歳になっても実権はなく、世間が自分よりジュラの顔色をうかがい続けるのに我慢できなくなったみたいだ。ちょっと前からジュラと王子との諍いが目立ちはじめてさ」
「王様はどうだった?」
「王様はジュラを信頼して、いつも庇っていたんだけど、もう歳だろ。それに娘が死んで惚けちまった。王子の奴もあれからジュラへの憎しみを隠さなくなったな。魔法を知ってるのに姉貴を助けられなかった、ってな感じでさ。急だったから、仕方ないのにな」
「王女様は、お亡くなりになっていたの」
「ああ。そんである日、ついに過去の罪とか汚職の厳しい追求がはじまって、ジュラは逆ギレした。すべて国と王族の繁栄のためにやったのにって。でも王子たちはヒドラって宮廷魔法士に命じて捕まえさせようしたから、ものすごい争いになった。城だって無茶苦茶だったよ。尖塔が折れちゃった」
スズが真剣な顔をして言った。「ヒドラって知ってる。凄腕の呪者として怖れられた人でしょう。魔を祓うより魔を使って呪いをかけるのが得意なの」
「え、そうなんだ」
「よくない噂も多くてね。なんでも、ヒドラの雇い主と揉めてた相手が、思わぬ時に、いかにも自然死って風に亡くなるのだって。ヒドラの仕業とはわかってるのよ。でも痕跡がなくて罪に問えない。西方にいると聞いてたけど、まさかノエの国の宮廷に仕えてたとは知らなかった」
またタイタンが啼いて、ゲルマが解説した。
「ジュラに対抗するために呼んだんだろうってさ。それで結局、大バトルの果てに魔法使いはド派手に死んで、傷を負ったジュラはオレたちを連れて逃げた。オレたちがいれば追手を撒けるからね。それに、進んで助ける人間もいなかった。逆らいはしないが友じゃない。女房は死んで子供もいないし、孤高を気取らず、もっと仲間作りに力を入れりゃ良かったな。愛想良くしてさ」
「そうだったの」スズは長い息を吐いた。「あのヒドラを倒したなんてさすがだけど、最後に呪いをかけられてしまったのね」
「それと、王様や王子たちがどうなったかは、オレたちも知らないんだ。あの日、国を出たっきり戻ってないからな」
「そうそう、汚職って、なにをしたの?」とテツが聞いた。
「うーん」ゲルマは小さな首をひねった。「財務長官が弾劾の場であげてたのは、領民が献上した珍しい呪具を独り占めしたとかだったな。物探しの石もそのひとつなのかな?あとは、外国にある渓谷を、許可なく個人で購入しただろって追求されてた。でも、どれも大した悪事とは思えないんだよ。だって当の財務長官は、南の海に浮かぶ島を商人に買わせて、愛人と遊びに行ったりしてたんだぜ。それもヤセとポッチャリの二人」
「ええー、それはいやねえ」スズが顔をしかめた。
「庇うつもりはないが、ほかの重臣たちだってちっとも清潔じゃない。毒蛇とさそりの争いみたいなもんだな」肯定するように、タイタンがにゃあと啼いた。
「化猫の姉貴によると、国への貢献度については、ジュラは王子や他の家臣よりずっと上、はるかにいい仕事をしてた。外国との交渉ごとも上手だったそうだよ。いまさら、だけどさ」
テツもまた、ジュラについていまさらながら考えてみた。
一方的に頼みを押し付けられた反発から、テツはジュラがおそらく期待したであろうほどには、彼の内心や狙いについて考えてこなかった。
言葉を交わしたのは、ほんの短い時間だったし、むしろタイタンとゲルマという楽しい仲間に知り合うきっかけとしか思ってこなかった。
しかし、どうしてあれほど転生に執着したのだろう。それに傷のせいで自由に動けなかったとはいえ、あんな寂しいところでわざわざ彼を待ち伏せしていたのはどうしてだろう。もっと別の理由があったのだろうか。
ゲルマによると、物探しの石をたくすため、ジュラは怪我にもかかわらず魔法も駆使し、付近にいる人間を入念に調べさせ、「正直かつ物事を簡単に投げ出さない人間」すなわちテツを選び出したそうだった。
だが本当は、動物たちにも明かしていない思惑や、自覚していない狙いがあったのかもしれない。テツがパン地域を目指していたのも、関係があったのだろうか。そこには、姉弟子の血を引くスズがいる。
あまり脈絡はないが、そんなことをテツはあらためて考えた。まさか、アルミンの死を知らなかったってことはないよな。
最後の最後に、唯一心を許した姉弟子を頼ろうと近くまできて、果たせずに終わったのだったら、あの傲岸そうだった男が哀れでならない。狙った場所で転生できるのかどうかは知らないが、もしやアルミンの近くで一から生き直したかったとか。まさか、ね。
黙り込んだテツを気にして、タイタンが頭をすりつけた。犬のリードもやってきて、彼の足元に座りこんだ。窓の外からアンティモンが優しい眼でこっちを見ている。ゲルマがまたロバをからかいに飛んでいった。
「なんかさ」顔をあげた彼はスズに微笑みかけた。「いろいろあったけど、欲しかった仲間がいっぺんにできて、嬉しい気もしているんだ。変かな」
スズは、「おや、旅のお方。意見が合いますね」と、笑いながらうなずいた。そして、「とにかく、今夜は休みましょう」と明るく提案した。「また明日に、すっきりした頭で考えたらどうかな。もっといい案もでると思うよ」
一同はうなずき、ひとまず睡眠をとることにした。
深夜になって、暗い修法院の廊下を、音もなく進む一人の男の姿があった。
月が雲に隠れ、灯りを持たないその姿は、本体のない影が移動するように目立たない。
男は静かにテツ一行の止まった大部屋の前に立つと、掌を鍵にぴったりとつけて呪文をとなえた。ふっと鍵が開いた。
そのまま居間に入る。灯りも付けずに左右をうかがってから、それぞれの小部屋の扉をたしかめた。四つある小部屋のうち、両端を使っているようだ。
影のような男は、静かに呼吸をしていた。どうやら匂いをかいで、男女がそれぞれどちらの部屋にいるかを探っているようだ。
静かに向かって右へと歩む。扉の前に立つと、男は手をかけようとはせず、扉の前で印を組んだ。呪文をとなえていた男が、それを終え、息を緩めた途端、まったく何の気配も存在しなかった彼の左手から、突然ナイフが首筋に突き出された。
「それは魔探しの呪文だね。理由を教えてくれないか」
驚愕した男は、反射的に護身の呪文を唱えようとしたが、その隙も与えずテツは彼の身体を制し、床に押さえつけた。ほとんど力を入れていないのに、シルは完全に身動きができない。「打ち払いの呪文を唱えるのは、やめてくれ」
シルの額から汗だけが出た。相手はどうやら、背中のどこか一点をそっと押さえているようだが、それだけで印をむすんだり、呪文を唱えたりができない。まるで全身が自分のものでないようだ。
「手荒なことはしたくない。悪いが多少の呪術には対処できるんだ」
「そいつ、あんたとは踏んでる場数が違うから。暴れないのが賢いと思うよ」
飛んできたゲルマも助言した。タイタンもひざをついたシルの前に黒い姿を見せ、まるでテツを援護するかのように身構えている。
「あ、その姉さんだってそう。いつも間抜けな飼い猫のフリばっかりしてるけど、モノホンの使い魔だった奴だからさ。拘束魔法だって使えるし、もっとひどいことだってできる。おれだったら大人しくするな」
起きてきたスズが、灯りをつけた。
「ど、どうしたの」シルに驚いたというより、どうみても戦闘行動中の兵士コンビみたいなテツとタイタンの姿に目を白黒させている。
「け、けっして皆さんに乱暴するつもりではなかったのです」
体をゆるめられたシルが弁解すると、
「そうだね。殺気は感じなかった。でも」テツは部屋の後ろの方に目をやった。なにもいない。その様子を見て、タイタンが静かに確かめに行った。リードも同じように戸のあたりの床のにおいを嗅いでいる。
「騒がしいが、いったいどうしたんだ」しばらくして、院長が従者のブラスにランプを持たせて姿を見せた。
「なに、ほんのすこし行き違いが」テツが言った。
「シルではないか」院長が困ったような顔をした。「おまえはいったい、ここで何をしているのだ」
テツが抑えていた手を下げると、シルは楽に話せるようになった。
「気がかりがあったためです。この付近から不審な気配を感じ、それは部屋に近づくと強まった。よからぬものがここにいるのではと、探りにきたのです」
「しかし、シルさまは、日暮れ前からあちこちを気にしておられましたな」ブラスが言うと、シルは心外だという顔をした。
「気配はその時刻にはありましたから、警戒は当然です。残念ながら位置は見出せませんでしたが、決してうそではありません」
「妖しいなにかが、学園内を徘徊しているというのか」
「はい、それはおそらく、死霊のたぐい」
シルの言葉に、院長とブラスは顔を見合わせた。
だが、タイタンとゲルマが額を突き合わせている。スズが「どうしたの?」と聞くと、ゲルマが小声で言った。「妖しいのは若いのだけじゃないって。あのおっさんも院長も、みんなこの部屋の様子を探ろうとしてたそうだよ」
「どういうこと、それ」スズの声にテツもいったんシルを離してやってきた。
「どうした?」スズがさっき聞いたことを囁くと、意外にもテツがうなずいた。「そうだね、ひそんでいた人の気配はひとつじゃなかった」
今度は、シルも含めた三人の顔がこわばった。
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