日本終了(オワタ)
伊勢志摩
第1話 殺処分
常夜の闇。
「モーむごいことを……」
影がつぶやいた。
ズブリ、グチャリと影が足を踏み出すたびに湿った音がする。
坂道はおびただしい牛の死骸で埋めつくされていた。
「ブブーなんとむごいことよ……」
大きな影の後ろから声がした。
いつの間にか太った影が後ろにいた。
ヌルリ、ドロリ、豚の血と獣脂が坂を流れ落ちていく。
やがてニつの影は黄泉比良坂の終わりにたどり着いた。
振り返りみればそこは何百万という死骸の山の頂上だった。
牛、豚をはじめ犬、猫などが無惨な姿をさらしていた。
「許すまじ!」
牛の頭をした大きな影が言い放った。
「人間許すまじ!」
豚面の太った影が続いた。
「「同じ数を殺し尽くしてくれよう!」」
山体が激しく震えて応えた。
**
新聞の大見出しに『口蹄疫、殺処分対象28万頭!』の文字がおどる。
日付は2010年(平戌22年)だ。
「とんでもないことになったな」
くわえタバコで新聞を眺める居酒屋のカウンター客。
「なにか悪いことが起きなきゃいいんですけどね。はい、どうぞ」
眼鏡をかけたマスターが突き出しの白和えを提供した。
「どんげかせんといかん、だね」
「手遅れかもしれませんが……」
「おっマスター得意の霊感かい?」
「……
「件って必ず当たる予言をする牛と人間のあいのこだろ?」
「よくご存知で」
「で、なにか予言したのかい?」
「いえなにも……ただ海岸で焚き火をしていたそうです」
「なんだいそりゃ」
「意味があるとすれば海と火……ですかね」
「海と火ね……海は津波として火は大火事かな」
「ですかね」
「そりゃそうとどこの話?」
「さあ、わたしもお客さんから聞いた話なんで。ただ東北なまりだったような気がします」
「東北かぁ……遠すぎ」
遠い場所の話にカウンター客は興味をなくし『はやぶさ』の帰還について語りだした。
(もっと遠い所にいるんだけど)
若いマスターは内心苦笑した。
そして何かを見通すように東北を見つめた。
(丑寅の鬼門か)
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