第7章 懲罰配置 その5
「わたしは自らの身とあなたの旅客営業部長への復帰の二つを条件として賭けているんです。だからあなたも二つ条件を賭けないとコールにはなりませんよ?」
「なるほど……では、私は何を賭けましょうか?」
「わたしは自分で賭けるものを決めました。あなたも自分で決めた方が良いのでは?」
「それが何を賭けるべきかさっぱりで……お嬢さんが望むことを言ってみてください。それが可能かどうかは私が検討しますので」
エンジスはノアに選択権を与えて、あえて余裕を見せつける。どうせ要求してくるのはルートボエミアを出ていけとか、ワーナーのように左遷させるとか、その辺りのことだろうとエンジスは高を括っており、しかもそれらは、王国汽船においてワーナーのような下っ端には無理にせよ、エンジスのような幹部クラスともなると、鶴の一声でどうにでもできると想定していた。
しかしノアが要求してきた条件は、エンジスの思わぬものだった。
「ではわたしが提案する条件の一つ目は、あなたには王国汽船を退職することを賭けていただきたい」
「なに? 王国汽船を辞めるだと?」
エンジスの先程までの余裕の表情が、そのノアの一言で一瞬で吹き飛んだ。
「そうです。あなたは出向組、ここでの人事なんて執り行ってもあってないようなものでしょう。だったらわたしのように身を切る覚悟があるなら、王国汽船を辞めてもらうほかありません」
「あなた……自分が何を言っているのか分かっているのですか?」
「分かってますよ。あなたの首を叩き切ると言っているんです」
「…………」
エンジスはノアを静かに睨みながら、「小癪な娘が」と心の中で悪態をついた。
「それで……二つ目の条件は?」
エンジスは敢えて一つ目の条件に可否は着けず、ノアに尋ねる。どうせまた一つ目の条件のように無理な提案をされるなら、まとめて否定した方が早いと思ったからだ。
「二つ目はあなたから王国汽船の上層部に、ルートボエミアの買収工作は失敗したと伝えてください」
「んなっ!? アンタ一体何をっ!」
そのあまりにもぶっ飛んだ提案に、エンジスは驚愕したが、ノアは至って真面目に提案したものだった。
その根拠として、ノアは明確な理由を述べてみせた。
「アナタの救済をするというのがわたしの二つ目の条件だったので、アナタがわたしに対して同じ条件のことをするとしたら、これしかないと思ったんです。どうですか?」
「どうもこうも、お話にならないな」
エンジスは検討する価値も無いと、無下に切り捨てる。もしそんなことをしたら、ただで辞めさせられるどころではなく、王国汽船上層部お墨付きの案件を失敗したという責任も取らされてしまう。
自らの首を締めあげ、ねじ切るような提案を、今までエリート街道を突き進んできたエンジスにはこのような条件、受け入れるわけにはいかなかった。
だが一方のノアも、一度断られたところで「はい、そうですか」と引き下がるわけにはいかない。王国汽船の買収工作に大穴を空けるチャンスを、みすみす逃すわけにはいかなかった。
「断るのもアナタの自由ですが、しかし業務部にいたところでアナタは以前のような動きは取れませんよ?」
「……どういうことですか?」
エンジスは首を傾げてみせた。
「業務部はワーナーさんの一件で団結していますし、出向組の上司への不信感は何より高く、そしてわたしに忠誠的です。そんな中であなたがもし不穏な動きをしてみせたら、まあ妨害にあい、わたしの耳に伝わって即時処分されるということになるでしょうね」
「グッ……!」
そう、今までエンジスは旅客営業部の面々のほとんどを手懐けていたので、内部工作を容易に進められていたのだが、業務部となるとノアの言った通り、今までの動きはまったく取れなくなるだろう。
そうなればどちらにしろ内部工作は失敗し、責任を取らされることになるだろう。
エンジスのエリート街道の道を繋げるにはやはり、旅客営業部に戻るほかなかった。
「どうですかエンジス部長? この二つの条件、呑みますか?」
ノアはエンジスの焦りを煽るため、催促してみせる。
しかし催促をされても、さすがにこれはエンジスも即時に判断できるものではなかったため、しばらく考えた後、その答えを提示した。
「……分かりました。その二つの条件で賭けましょう。期間は決算の第二四半期の終わり、9月の末日まででどうでしょうか?」
「分かりました」
エンジスはノアの出した条件に乗ることにした。
その理由として、エンジスはまずリスクを天秤にかけたのだが、どうにも釣り合ってしまう。そこでその均衡を打ち破ったのが、ノアとの勝負に勝った時のメリットだった。
エンジスがここに出向してきた使命こそが、ルートボエミアの買収における内部工作であり、それを円滑に進めるために、そのための場を取り戻せ、障壁をも排除できるこの条件は実に魅力的だったのだ。
ここに来て最後のハイリスクハイリターンの賭けだと思えば、やる価値は非常に高かった。
「じゃあ両者成立ということで……」
「ちょっと待ってください」
話を切り上げようとしたその時、待ったを掛けたのはエンジスだった。
「ここまでお互い見栄を切ったのです。この賭けを完璧に成立させるには、口約束だけでは心許無いでしょう」
「はぁ、なるほど……」
別に逃げも隠れもする気はノアには無かったが、しかしエンジスがそれを無下にしないとも考えれなかった。
「それで口約束以外に何を?」
「私がこれから誓約書を作ってきますので、社長にはそれにサインをしていただければと」
「なるほど……では作成の方よろしくお願いします」
「了解致しました」
エンジスはニヤリと笑って一礼をし、社長室を後にした。
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