第6章 閻魔の審議
第6章 閻魔の審議 その1
ボエニアの首都、ペタロポリスの港湾部は西と東とコンテナ港で別れており、コンテナ港はその名の通り貨物船専用の港となっており、周囲にはコンテナ置き場や倉庫が広がっている。
そしてルートボエニアのある東港湾部は、停泊する船は比較的少なく、旅客船はルートボエニアの所持するフェリーのみであり、あとは個人が所有している小型船舶のみが数隻停泊している。
また都市部からも離れており、ノアやアルビナの行きつけであるシラトリ食堂があったり、海浜公園が広がっていて全体的に穏やかな場所となっていた。
一方の西港湾部は都市部から近く、交通量も多いため、旅客船はフェリーの他にも水上バス、更には大型のクルーズ客船も停泊する大きな港となっており、そこから見える船のほとんどが王国汽船グループの所有する船舶なのである。
そんな港から少し離れた都市部のビルの一角に、ペタロ物流は入っていた。
ペタロ物流は荷役の代行業の他に、倉庫やコンテナの代行管理などの事業も行っており、現場に人材を派遣することを主にしているため、会社の規模は大きいものではなかった。
しかし会社の規模とは打って変わって関係会社は多く、特に船に関する事業を専門にしていることから、ルートボエニアの他にも多くの船会社と広く付き合いをしていた。
ペタロ物流の担当者から教えてもらった月極の駐車場に社用車を止め、ノアとグロードはビルに入り、階段を上る。
3階まで辿り着くと、そこにペタロ物流のオフィスがあった。
オフィスに入る扉を開くと、ひょろ長い如何にも非力そうな大男が立って待っていた。
「ええっと……ルートボエニアのディストピア社長と業務部のグロードさんでよろしいでしょうか?」
「はい」
「ああ……わたしペタロ物流営業部長のベアリス・オーグルです」
黒い大きめのスーツの懐からオーグルは名刺ケースを取り出し、名刺をノアとグロードに手渡し、渡された二人も自分の名刺をオーグルに渡した。
「で……ではどうぞこちらへ」
オーグルの誘導で、ノアとグロードはオフィスの端にある仕切りで覆われた応接セットに案内され、椅子に座ったのはいいが、オーグルはずっと眉を八の字にしたままだんまりを決め込み、グロードはノアとオーグルの顔を交互に様子見しており、いつまで経っても話が始まる気配がしなかったので、痺れを切らしたノアがこの場を切り出すこととした。
「オーグルさん!」
「は……はい?!」
「単刀直入に訊きます。今回の契約破棄、持ちかけたのは弊社のワーナーからということでよろしかったでしょうか?」
「あ……ああ、そうですね。急に連絡がありまして、その翌日にこうして面談をした時に解約される折の話を伺いました」
「ちなみにワーナーはどのような解約理由を言っていましたか?」
「えっと確か……荷役を自社管理したいからとかなんとか言っておりました」
「そうですか。それですぐに解約と?」
「まあ、そうなりますかね……クライアントからの要求ですから」
「なるほど」
それを聞いて、ふっと短く息を吐いたノア。
どうやら契約破棄の理由はワーナーの言っていた通りであり、オーグルと特に差異は無い。
だがノアはそれで納得する気はまったく微塵もあらず、むしろオーグルへの不信感だけを募らせた。
「ではこんなことをわたしから申し上げるのもはばかられますが、オーグルさん、何故あなたはそのような弊社の身勝手な都合を鵜呑みにされたのですか?」
「う……鵜呑みにですか?」
「ええそうです。悪いですがオーグルさん、せっかくの仕事を取り上げられるようなことをされているのですから、わたしなら断固納得のいく理由が聞けるまでは引き下がりませんよ。なのにどうして、あなたはそうも簡単に解約をするという判断を下せたのか、その理由をお聞かせ願いますか?」
「そ……それは……クライアントからの要求で……」
「そんな理由で解約したと、上に本当に報告をしたのですか?」
「いや上には……」
「……分かりました。本日は出直して、今度は社長から話を伺いましょう」
「しゃ……社長から!?」
「それでは失礼いたします。帰りましょうグロードさん」
「えっ!? あっ、はい!」
ノアはすっくと立ちあがり、一礼すると、グロードを引き連れて応接セットを後にしようとオーグルに背を向けたその刹那。
「お……お待ちください!」
その日最も大きな声をあげ、オーグルはノアを引き留めた。
「た……確かにワーナーさんの解約理由を鵜呑みにはしました……しかしそうしなければならない理由があったんです」
「理由? それは一体どんなことですか?」
ノアは立ったまま振り返り、オーグルのそのやつれた顔を見た。
「も……もし解約していただけない場合は……王国汽船とペタロ物流の関係についても見直す必要があると脅されたんです!」
今まで控え控え、抑え抑えのオーグルにとって、これは一世一代の意を結した告白だった。
「なるほど……オーグルさん、話していただきありがとうございます」
ノアは礼を言って頭を下げると、先程まで座っていた椅子に再び腰を下ろした。
「それで、他に何かワーナーは要求をしてきませんでしたか? 例えば解約書に関してとか?」
「えっ!? ど……どうしてそれを……」
ノアに心の中を読まれているのかと思い込んでしまうほど、オーグルは目を見張り、背筋をピンと伸ばし、全身から脂汗を出しながら驚きのあまり震える一方、事前にルートボエニア側が所持しているはずの解約に関する書類が抜き取られていることを知っていたノアは、やっぱり根回しをしていたかと眉間にしわを寄せた。
「あ……あなたにはどんな嘘や隠し事をしても見透かされるようですね」
「そんな、わたしは閻魔大王じゃないんですから」
「先程から裁かれているような気分ですよ……」
「…………」
それを聞いたノアはちょっとやり過ぎたかと反省はしたが、今更後に引くこともできないので、このまま彼にとっての冥界の王を演じることにした。
「解約書に関する書類についてはその……ワーナーさんから指定された物を渡すよう言われまして」
「渡したんですか!?」
「ええ……まあ……」
「クッ……!」
ノアは苦虫を噛み潰した表情をする。ワーナーは自らが行ったことと同じように、オーグルに資料の抜き取りを指示したのかと思いきや、渡すよう命じてきたとは思いもせず、更にそれを本当に渡してしまうとは、予想より遥か上の危機的状態に瀕してしまったのだ。
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