第2章 船内散策 その2
「アルビナさんじゃ~ん、こんにちはー」
「こんにちはアルビナ副社長」
顏は似ていても性格は異なり、白いティーシャツを着た、軽くパーマのかかったショートカットの女性は慣れ親しんだように、黒いワイシャツを着た、ストレートのセミロングの女性は礼儀正しく、アルビナに挨拶をした。
「聞きましたよアルビナさーん、代表取締役になったみたいですね? 昇進おめでとーございまーす!」
「えっ? あっ……あぁ! ありがとうな、まこっちゃん」
「代表取締役の次は、社長にまでなったりして~?」
「いやいや、それはないよ。社長には適任の人になってもらったんだ」
「へぇ~……でも今のこの会社に、アルビナさんより適任の人なんているんですかぁ~?」
「それがいるんだよ。まあ、外から来てもらったんだけどね」
「外から? へぇ~……ぜひその新しい社長さんに会ってみたいなぁ~」
まこっちゃんと呼ばれる白いティーシャツの女性が、アルビナと和気あいあいと喋っている間、黒いワイシャツの女性は黙って、アルビナの後ろに居るノアの顔をまじまじと見ていたが、ひとしきりの会話が終わったのを見計らって口を開いた。
「アルビナ副社長、もしかして新しい社長というのは、後ろに居るあのボブカットの女性なのでは?」
「おお、さすがはみこっちゃん! よく分かったね?」
「いえ、どことなく元アメリデ社長の面影があったので」
「そうかそうか、それじゃあ紹介しよう。新しく我が社の社長に就任したノア・ディストピア社長だ」
「ノア・ディストピアです。よろしくお願いします」
紹介され、ノアは女性二人の前に立ち、深々と頭を下げた。
「あたしはシーサイド号案内所係のマコト・ジェミニ。んでこっちが」
「シーサイド号案内所係長のミコト・ジェミニです。よろしくお願いします社長」
「あたし達双子なんだ!」
「あっ、やっぱりそうだったんですね」
双子でありつつも、マコトはニコニコと陽気に接し、ミコトは丁重な態度で頭を下げる。
顏は似てても、性格はまるで正反対だなと、ノアは心の中で思った。
「ノアちゃんはいくつなの?」
「マコト、ノアちゃんじゃなくてノア社長ですよ」
上司であるノアへの、マコトの余りにも軽々しい接し方に、ミコトはムッと顔をしかめた。
「わたしは別に大丈夫ですよミコトさん。えっと、24歳です」
「おお、あたしらと同じじゃ〜ん! ここ来る前はどこで働いてたの?」
「プリンスホテルでコンシェルジュをやってました」
「マジで!? プリンスホテルっていったら超高級ホテルじゃん!! しかもコンシェルジュっていったら花形の職だし、出世する人はやっぱ違うねぇ〜」
「いやいや、そんなことは……」
このこの〜と、マコトはノアを肘で小突く。まるで数年来の同級生と話してるような、そんな気分にノアはなった。
「ハッハッハッ! いやぁ同年代の同性の仲間がいると、それだけで心強いし、何か悩みがあれば相談できるからな。よかったなぁノアちゃん」
マコトとノアが和気あいあいと話しているところを見て、アルビナは喜ぶとともに、ホッとしていた。
昼休みの時、ノアが弱音を吐いたその理由の一つに、本社にはノアと同性同年代の社員がおらず、気軽に相談ができる相手がいなかったのが原因なのではないかと、アルビナは考えたのだ。そこで、マコトとミコトがノアと同年代だったことを思い出し、率先して紹介したのだった。
「本社の、特に上役様方はおじ様おば様ばかりだからねぇ〜。ノアちゃんは若手のホープだよぉ~」
「いやいや、そんな大そうな人間じゃないよ~わたしは」
「ノア社長、御謙遜なさらずに」
マコトの称賛にノアが照れていると、ずっとそれまで様子を見ていたミコトが一歩踏み出し、いきなりノアの右手を両手でギュッと握ってきた。
「マコトの言う通り、ノア社長が社長に就任されたことは、我々の年代の希望です。弊社の組織刷新と若年化のため、是非お力添えの方よろしくお願いします」
「は……はい! 尽力致します!」
既にミコトが重ねている手の上に、ノアは左手を添えて握手をする。その手の感覚と、ミコトの確かな期待の眼差しに、ノアは身を引き締められた。
「若年化ねぇ……確かに俺ら年配にはノウハウはあるが、安定を知ってるがあまり思い切った一歩をなかなか踏み出すことができない。ノアちゃんが後に立派な社長になったら、もしかしたらその時が世代交代の時なのかもしれないな」
ミコトとノアのやり取りを見て、アルビナは感慨深く頷き、いつかやって来る自らの引き際を見たような、そんな気になっていた。
一方その隣で、まるで実感が無さそうにしていたマコトは、ふーんと空返事だけをしてみせた。
「さて、じゃあノアちゃん次はブリッジに向かおうか?」
「ブリッジ……? 橋ですか?」
アルビナに言われ、ノアはブリッジの意味が分からず素っ頓狂に答えたが、それを聞いたマコトはゲラゲラと笑い始めた。
「あっははっ! ノアちゃんウケルッ!! 橋じゃなくて、船橋でブリッジ。船の操縦室みたいなとこだよぉ~」
「あぁ、そうなんだ! ブリッジは操縦室……と」
新しく覚えた用語を、ノアはしっかりメモ帳に記す。
知らない用語の意味を逐一メモするのは、様々な業界の人間が宿泊するプリンスホテルで身につけたノアのクセのようなものだった。
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