第23番 クラシック通の友人【54字/140字/300字/800字小説】

(任意の場所で読み終えると、54字、140字、300字、800字小説になります。クラシックが好きな方なら最初から意味がわかってもらえると思いますが、知らなくても最後まで読んだらわかるようになっています)


*****


「やっぱりバロック音楽は最高だな」と言って、クラシック通の友人がカッチーニのアヴェ・マリアを聴かせてくれた。(54字小説おわり)


 聴き終わった後に僕が「バロック音楽だと、アルビノーニのアダージョが好きだな」と言うと、彼は「いい曲知ってるじゃん。確かにあれはバロック音楽の傑作だよな」と嬉しそうに答えた。(140字小説おわり)


 友人はクラシックに関する色んな知識を教えてくれる。クライスラーという作曲家は、バロック時代の埋もれた楽曲を発掘して、それらをヴァイオリン用に編曲した作品をいくつも発表していたけれど、後年になって、ほぼ全てが自作だったと暴露したという。

「バロック音楽には偽作というパターンもあるから、気をつけたほうがいいよ」と彼は言った。(300字小説おわり)


 ある時、友人と全く連絡が取れなくなってしまった。気になって彼のアパートに行ってみると、既に別の人が住んでいるようだった。僕には、新しい住人に話を聞いてみる勇気はなかった。


 そういえば最近、ネットで気になる記事があった。自分の息子が、実子ではなかったという内容だ。産まれた時に取り違えがあったらしい。両親は本当の息子と会うために全国を探しているという。記事のコメント欄に息子の生年月日が書かれていた。それは友人と同じものだった。その時は気にしていなかったけれど、もしかして取り違えられた片方の子は、彼なのだろうか?


 カッチーニのアヴェ・マリアもアルビノーニのアダージョも、実は二十世紀になってから作られた、時代も全く異なる偽作だと僕が知ったのは最近のことだ。クラシック通の友人が、なぜカッチーニのアヴェ・マリアをバロック音楽だと言ったのか。もしも、彼が偽作をあえて好んでいたとしたら。

 僕の脳裏に、大好物のカニカマを頬張りながら発泡酒を飲んでいる友人の姿が浮かんだ。彼は自分の出生の秘密を悟っていたのではないだろうか。そしてその運命を受け入れ、歩み続けるために去ったのかもしれない。

 僕は彼の幸せを強く願った。(800字小説おわり)

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