第21番 午前三時の丘の上で
午前三時。
新米の骸骨はベテランの骸骨に連れられて、小高い丘の上にやってきた。
「この丘に来るのは初めてだったかな?」
ベテランは訊ねた。
「はい。ここからだと、街の様子がよく見えますね。この時間でも真っ暗になるわけじゃないんですね」
二体の骸骨は、街の灯りが造り出す光の模様をしばらく眺めていた。
今の時代の骸骨は、人体模型のようなはっきりとした人型ではない。
そんな立派な骸骨が出歩いていたのは、人間がそのまま埋葬されていた時代の話だ。
形状を見たままに記すなら、空中に点々と浮かんでいる小さな白い何か、というところだろうか。
もしも、夜空の星を線で結んで何かの形を思い浮かべるような感受性の高い人間であれば、小さな白い点を結んで人型をイメージできるのかもしれない。
新米は、丘の下に広がる街の景色に意識を向けたまま、ベテランに訊ねた。
「そういえば、夜起きる時間と朝寝る時間に、お墓の中に放送が流れますよね。あのテーマ曲みたいなのは何なんですか?」
「ほう、君は音楽に興味があるのか。あれは『死の舞踏』という曲だ。百年以上前からテーマ曲として使われてるらしい」
『死の舞踏』はフランスの作曲家、サン=サーンスが作ったオーケストラ曲だ。
午前〇時を告げる時計の音と共に骸骨が現れ、骨をカチカチと鳴らしながら賑やかに踊り出し、そして夜明けを告げる雄鶏の鳴き声を合図に墓に逃げ帰る、というストーリーが音楽で忠実に再現されている。
「何だか楽しそうですね。僕も誰かに踊りを教えてもらわなくちゃ」
「いやいや、あれは古き良き時代の話だよ。今は午前〇時になってもすぐに墓から出られるわけじゃない」
確かに現代は、午前〇時でもまだたくさんの人間が街で活動している。
それに最近では防犯カメラが取り付けられている墓地もあり、そうした墓地の住人たちは、墓から地下に通路を掘り、防犯カメラがない場所に出入り口を作っておかないと外に出られないという。
「新入りのお前さんをがっかりさせるようで申し訳ないけどな、今はもう骸骨が自由に活動できる時代ではないんだ」
一般的に骸骨に宿る魂には、生前の人間の意識は残っていない。
人間が死んだ時点でそれまでの記憶はリセットされ、骸骨としての新たな意識が生まれ、一から経験を重ねていく。
骸骨は、魂が次に人間に生まれ変わるまでの待機所のような役割を持っている。
だから次に生まれ変わる身体が割り当てられ、人間の赤ちゃんとして誕生した瞬間に、骸骨としての意識は消去され、骸骨としての生涯を終える。
人間の人口が増え続けている今、魂が生まれ変わるサイクルはどんどん早くなってきていた。
その結果、骸骨としての寿命は短くなり、骸骨の数も減ってきているのだ。
『死の舞踏』の楽しげな世界は、今いる骸骨には誰も体験したものがいない、おとぎ話として伝えられているに過ぎなかった。
「僕、人間に生まれ変わるの嫌だな」
ベテランの話を聞いていた新米は、不安そうにつぶやいた。
「突然変異がない限り、人間は人間に生まれ変わることになっている。お前さんが生まれ変わる頃には、骸骨界にとっていい世の中になっているといいな。さあ、そろそろ帰ろうか」
まだ骸骨になって間もない新米には、知りたいことがたくさんあった。
夢中でベテランの話を聞いていたので、気がつくともうすぐ夜が明けようとしていた。
墓地に向かって動き出したベテランの後について、新米も動き出した。
新米は帰りながら、来週に放送される『死の舞踏』のフルバージョンは絶対に聴いておこう、と考えていた。
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