第2幕 『人魚姫』の王子の隣国に住む姫の場合 9
瞼を開けると、そこはいつもの自分の部屋では無い。けれど、何処かで見覚えがあるような・・。
そしてヴァネッサは気が付いた。自分が裸のままでシーツ布団も乱れ切ったベッドの中にいる事を。
「あ・・・。」
その時、ヴァネッサは何があったのかを思い出した。
「そうだったわ・・・・。私は無理やりルーカス王子に・・・。」
全身には鬱血したキスマークの跡が付けられ、シーツに滲む血の跡・・・そしてズキズキと痛む下腹部・・。紛れもなくヴァネッサがルーカス王子に身体を暴かれてしまった事を今の状況が雄弁に物語っている。
「どうしてこんな事に・・・?それに私はお嫁に行く前なのに・・・男の人と・・・。」
ヴァネッサの目からポタポタと涙が流れて来た。その時、急にドアの外が騒がしくなった。怒気を含んだ男性の声が聞こえてくる。
ヴァネッサは痛みと気だるい身体を奮い立たせて、何とか床に落ちていたドレスを着たが、未だに口論は続いている。と言うよりは1人の男性が一方的に怒っている様であった。そしてその声の主はヴァネッサがよく知る人物だった。
「ま・・まさか・・カイン?」
ヴァネッサは静かに部屋のドアに近付くと、ドアに耳を押しあてた。
「ルーカス王子っ!一体どういうおつもりですか?いくら王子と言えど、我が国の姫に狼藉を働くとは・・・飛んでもない事をしてくれましたね?!結婚してもいないのに・・・無理やり姫様の純潔を奪うとはっ!」
その言葉を聞きヴァネッサの顔は一瞬で真っ赤になった。
(何故?!何故・・カインがその事を知っているの?!)
するとルーカス王子は言った。
「全く・・・君も無粋な男だね・・・?そもそもどうしてその事を君が知っているのかな?」
溜息交じりのルーカスの声が聞こえてくる。
「客室係のメイドが・・・私に知らせに来てくれたんですよ。ルーカス王子が客室を出て行かれたので、メイドが部屋の掃除に中へ入った所・・・裸で眠られている姫様を発見したそうです。・・・姫様の顔には涙の痕があったそうですよ・・。それで慌てたメイドが私の所に報告に来たのです。」
「!」
(そんな・・・私がルーカス王子と関係を持ってしまった事が・・・城の人達に知れてしまうなんて・・っ!)
「なるほど・・それで君は私をどうするつもりなんだい?国王に話すのかな?だけどね・・・もう私は国王にはヴァネッサを妻に娶りたいとお願いしているんだよ?それにね・・多分ヴァネッサはもう私と結婚するしか無いと思うよ?何せ私は彼女の中に子種を注いだからね。」
「!」
ヴァネッサはその話を聞き、衝撃を受けた。そ・・・そんな・・私は運命を変える事が出来なかったの・・?それに・・・カインの前であんな話をするなんて・・・っ!
悲しみと後悔、羞恥心でヴァネッサの瞳に涙が滲む。
「あ・・・貴方は・・・本当に何て事をしてくれたんですか・・・?この国の・・・大切な姫様に・・・っ!」
するとルーカスの声が聞こえた。
「この国の大切な姫様だって?そうじゃないだろう?お前の大切な姫様なのだろう?」
(え・・・?)
ヴァネッサはその話に耳を疑った。
「い・・・一体何の話を・・・?」
カインの動揺した声がドア越しから聞こえて来た。
「お前はヴァネッサを愛している。そうだろう?」
「な・・何を根拠にそんな話を・・・。」
「気が付かないとでも思ったのか?あんなに分かりやすい態度を取っていれば誰だって分かると思うけどね?国王だって・・・気付いている。そして私にこう話してくれたよ。『一介の兵士に大切な姫をやる訳にはいかない』ってね・・・。」
(そ、そんなお父様がそんな事を・・・?!)
「だから国王は言ったよ。姫にその気があるならばいつでも私に姫を渡すと・・。」
ヴァネッサはルーカスの言葉を信じられない思いで聞いていた。しかし、ヴァネッサは幾らルーカスに思いを寄せられても、強引に自分を奪った男は到底受け入れる事が出来なかった。その代わり・・・脳裏に浮かんだのは海で偶然見つけた男性だった。
ダークブラウンの長い髪に、アクアマリンの瞳・・・。メルジーナの面影を残した男性・・・。
ヴァネッサは深呼吸すると、客室のドアを開けた。
「ヴァネッサ!」
「姫様っ!」
2人は同時に声を上げ、ルーカスがヴァネッサの身体を抱き寄せると心配そうに言った。
「ヴァネッサ・・・身体の方は大丈夫ですか?つい貴女があまりにも魅力的で・・・愛し過ぎて・・少々強引に抱いてしまいました。・・十分優しくしたつもりですが・・まだ痛みますか?」
その途端、ヴァネッサは恐怖と羞恥心でカッとなった。
「姫様っ!」
するとカインが突然ヴァネッサの腕を掴むと自分の方へ引き寄せ、ルーカスから守るように自分の背後に隠すと言った。
「姫様・・・安心して下さい。必ず私が貴女をお守りしますから・・・!」
そしてキッとルーカスを睨み付けた。
(ごめんなさい・・・カイン。貴方の事は良い人だとは思うけれども・・私が望むのは貴方ではなく・・!)
ヴァネッサの頭に浮かんだのは何故かメルジーナの事であった。それと同時に海で倒れていた面影がメルジーナによく似た男性の姿が思い出された。
「カイン・・・彼は・・彼は何処ですか?先程海で倒れていた・・・。」
「あ、ああ・・・彼なら今は地下牢に・・・。」
「地下牢っ?!何故そんな場所に彼を閉じ込めたのですか?すぐに案内して下さい。」
するとルーカスが言った。
「ヴァネッサ。彼の事等、どうでも良いではありませんか。それより私と・・・。」
ルーカスがヴァネッサに手を伸ばしてきた。
「触らないで下さいっ!」
「「!」」
ヴァネッサの声の大きさにルーカスもカインも驚いた様にヴァネッサを見つめた。
「私は・・・貴方が怖くてたまりません・・・・。お願いですから・・近寄らないで下さい・・・。」
青ざめた顔でガタガタと震えているヴァネッサをルーカスは信じられない思いで見つめた。今迄ルーカスが抱いて来た女性は必ず自分に陥落し、夢中になって来たと言うのにヴァネッサだけは逆に恐怖を植え付けてしまったと言う事に少なからずショックを受けてしまった。
「私が・・・怖いのですか・・?」
ルーカスは声を震わせてヴァネッサを見た。
「・・・。」
カインの陰に隠れて無言でうなずくヴァネッサの姿を見て、途端にルーカスは激しく後悔してしまった。強引に自分の物にしてしまえば、きっとヴァネッサは自分の事を愛してくれるだろうと思っていたのに逆により一層嫌われてしまったのだから。
「ほら、御覧なさい。姫様はこんなにも怯えて震えている。」
カインはヴァネッサを庇うような姿勢でルーカスを睨み付けた。
「カイン・・・・。お願い、地下牢へ・・先程の彼の所へ連れて行って・・。」
ヴァネッサは縋るような眼つきでカインを見た。
「分かりました。姫様・・・・それでは行きましょう。」
そしてカインはヴァネッサをルーカスから守るように手を引くと、ヴァネッサを連れて歩き出した。
そんな2人の後姿をルーカスは呆然とした顔で見守っていた。
長い廊下を2人は無言で歩き、やがて地下へと続く階段が現れた。
カツンカツンと足音を響かせて階段を降りると、ひんやりした空気が漂う、薄暗い地下牢がずらりとそこに並んでいた。
カインは鍵の束を渡すとヴァネッサに言った。
「私は上で待っていますので、どうぞこれを。」
「いいの・・?彼をここから出しても・・?」
「ええ。貴方はこの国の姫様ですから・・・。貴女の言葉には城の者は従いますよ。」
そしてカインは立ち去って行った。
ヴァネッサは息を飲むと、牢屋の前に立った―。
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