第1幕 『灰被り姫』の姉の場合 2

1


 アナスタシアは今、憂鬱な気分で母親のトレメイン、妹のドリゼラの3人で馬車に揺られている。

窓の外を眺めながらアナスタシアは思った。


(恐らく、これから向かうのは灰被りが住んでいる伯爵邸に決まってるわ。そこできっと母は伯爵様と結婚し・・・私たちは家族になる・・・。)


アナスタシアは馬車の窓の景色を眺めながら、徐々に失われていた過去の記憶を取り戻してきた。そうだ、自分は今まで、何千回、何万回も同じ時間を・・・恐ろしい結末を迎える人生を繰り返して生きてきたのだ。それこそメビウスの輪のように・・。

あの時の恐怖・・・・傷みが今も思い出される。どうして私は同じ時間を繰り返し生きて来たのに・・・同じ結末を辿って来たのに・・・今の今迄気付かなかったのだろう。

すまし顔で馬車に座る母、トレメインを横目でチラリと盗み見る。


(あの金の髪の男性は・・きっと神様なんだわ。あの神様は私の事を『悪女』と呼んだけど・・・私よりも余程お母様の方が悪女だと思うわ。だって王子様と結婚する予定の灰被りを閉じ込め、私やドリゼラを代役にしようとしたのだから。あのガラスの靴・・・小さ過ぎて入らないと言ったら、鉈を持ってきて私に両足のつま先を落すように命じたし、ドリゼラには踵を削るように言ったし・・・。)


その上、アナスタシアとドリゼラは母に言われ、灰被りの隣に立ったせいで鳩に両目を繰りぬかれて一生目が見えなくなり・・・寂しい人生を終えたのだ。

それなのに・・・母トレメインは何一つ失うものは無かった。命令を下すだけ下し、自分は安全な所で高みの見物・・・。

そう考えると、余りにも理不尽だ。


だから、アナスタシアは心に決めた。

灰被りに親切にし、彼女が王子様と結婚出来た暁には・・・家族を捨てて何処か遠くの地で1人、静かに暮らしいこうと—。



2


「ああ、よくぞ我が家にいらして頂きました。愛しのトレメイン。」


立派な屋敷から出迎えて来たのはこの屋敷の主、ジェイムズである。

そしてジェイムズはアナスタシアとドリゼラに会わせる為に娘のエラを連れて来た。


エラを見るとアナスタシアは心の中で語った。

(ええ、この話のくだりは知ってるわ。だって数えきれない位同じ時を繰り返してきたのだから・・・。確かこの時、子供達だけで庭に行きなさいってジェイムズに言われるのよね。)


「エラ。この人たちはもうすぐエラのお姉さんになる人達なんだよ。エラ、お庭の案内をしてあげなさい。」


ジェイムズはエラに声を掛ける。


「はい、お父様。ではお姉さま方、こちらへいらしてください。」


エラを先頭に、ドリゼラ、アナスタシアの順に並び、バラ園を歩きながら改めてアナスタシアはエラの顔を思い浮かべた。

青い瞳に金の髪のエラはとても可愛らしい。そして5年後・・・エラは絶世の美女になるのだ。


(そりゃそうよね・・・。だってエラはこの小説のヒロインなんだから・・将来は王子様に見初められる話はもう約束されているし。だから・・私のするべき事は、エラに気に入られる事、無傷でこの世界を生き抜く事よっ!)


アナスタシアは闘士を燃やした。そして過去の記憶を思い出す。


(確かこの時、ドリゼラがエラの蝶の形をした髪留めを気に入り、頂戴ってせびって、無理やり奪ってしまったんだっけ・・・。)


その直後、案の定ドリゼラがエラの髪留めを欲しがった。


「あら、エラ。貴女とっても可愛らしい髪留めをしているじゃない。ねえ・・私達はもうすぐ姉妹の関係になるんだから・・・姉の私の言う事を聞いてその髪留めをよこしなさいよっ!」


「そ、そんな・・・駄目ですっ!これは・・・亡くなったお母様の形見なんです!さし上げる訳にはいきません!」


エラは怯えながらも拒絶し、救いを求めるかの如く、アナスタシアの顔を見た。

するとそれに気づいたドリゼラが言う。


「あら、アナスタシアに助けを求めるつもり?フフン、でも無駄よ。アナスタシアは私の見方をするに決まってるじゃない。だって実の姉なんだから。」


(冗談じゃないっ!貴女の味方をしたら私の運命を変えられるはず無いでしょうっ!)


アナスタシアはエラの髪留めをよく観察するとドリゼラに言った。


「駄目よ、ドリゼラ。この髪飾り・・・どう見ても貴女には似合いっこ無いわ。諦めなさい。」


「な・・・何ですってっ?!よ、よくもそんな酷い事を実の妹に言えるわねっ?!」


ドリゼラが憎しみのこもった目でアナスタシアを睨み付けた。そこで、アナスタシアは冷静に言う。


「実の妹だからこそ・・・親切心で言ってるのよ。ほら、よく見て見なさい。エラの髪色は金色だから、紺色の蝶の髪留めが似合うけど、ドリゼラ、貴女の髪の色は黒でしょう。全然目立たなくて付けてるかどうかも分からないわ。そんなに髪留めが欲しいなら・・・私の白いカチューシャを貴女にあげるわよ。」


あのカチューシャはアナスタシアのお気に入りだったので、本当は生意気なドリゼラなんかにやりたくは無いが、金の髪の神様に言われた事を思い出す。

人に優しくすることを実践するようにと。


「ええっ?!本当に・・本当にあのカチューシャをくれるのね?」


途端に笑顔になるドリゼラ。


「ええ、そうよ。だから金輪際エラの髪留めを欲しがらないようにね。」


「勿論よっ!やっぱり紺色の髪留めは私の髪の色に映えないものね。ねえねえ、それでその髪留めはいつくれるのよ?」


ドリゼラが強欲そうな目でアナスタシアに迫ってくる。


「そんなに欲しければ今すぐにでもあげるわよ。馬車の中に私のバックがあるから、その中を開けてごらんなさい。」


「分かったわっ!馬車の中ねっ?!」


ドリゼラはドレスの裾をたくし上げると、一目散にバラ園の外へ飛び出して行った。

その直後―。


「あ、あの・・・。」


エラがアナスタシアをじっと見つめている。


「先程は・・・助けて頂いて有難うございます。」


まだ12歳なのにエラは礼儀正しくアナスタシアに挨拶をしてきた。


「いいのよ、気にしないで。その髪留めは貴女のお母様の形見でしょう?それを欲しがるなんて・・・ごめんなさいね。ドリゼラの代わりに謝らせて。」


アナスタシアは笑顔でエラに言う。


(そうよ!貴女に親切にしないと・・・私の生死に関わるんだからっ!)


「だからこれからもドリゼラに何か嫌な目に遭わされたりしたら、私に言って頂戴。強く叱ってあげるから。」


「は・・はいっ!」


エラは頬を薔薇色に染めて、キラキラした笑顔をアナスタシアに見せるのだった—。



3


夕刻―


馬車での帰り、トレメインがドリゼラの付けているカチューシャに気が付いた。


「あら?ドリゼラ・・・そのカチューシャはどうしたの?何だかアナスタシアの持っているカチューシャに似てる気がするけど・・?」


「それは当然よ。だって正真正銘アナスタシアの髪留めなんだから。私に今日くれたのよね?」


「な・・何ですって?!あんなにお気に入りだったカチューシャをあっさりドリゼラに渡すなんて・・・っ!」


「ええ、お母様。私、アナスタシアは今日から人に親切に出来る人間に生まれ変わったんです。だからドリゼラにあげました。」


アナスタシアがきっぱり言うと、ドリゼラもトレメインも唖然とした顔を見せたが・・・突然トレメインが言った。


「そう言えば・・・ジェイムズが褒めていたわ。娘のエラに親切にしてくれるなんて良く出来た娘さんをお持ちですねって・・・。よくやったわ、アナスタシア。これで今日の顔合わせは成功したようなものね。」


(いいえ、まだまだこれからよ・・・。私とドリゼラに悲劇がやって来るのが5年後、ジェイムズが亡くなった後からエラに対する嫌がらせがエスカレートするんだから。自分の身を犠牲にしても何とかしてエラの手助けを続けていかないと。)


アナスタシアは母の言葉を聞きながら決意を新たにするのだった—。






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