童話の世界の悪女達は自分達の不幸な未来を知っているのでヒロイン達に親切にする事にした

結城芙由奈

第1幕 『灰被り姫』の姉の場合 1

1


「キャアアアアアッ!!」


夜明け前―


粗末なベッドの上で少女が飛び起きた。先ほど見た恐ろしい夢のせいで、全身に汗を掻き、心臓は早鐘を打っている。


「な、な、何・・・・?今の夢は・・・。」


全身を震わせ、両肩を抱えるようにブルリと震えた。その夢はとてもとても恐ろしい夢だった。

自分の両足のつま先を切り落とし、最期に両目を鳩にくり抜かれてしまうという恐ろしい夢・・・。その痛みは生々しく、とても夢とは思えない。


「う、嘘でしょう・・あれは・・本当に夢だったの・・・?」


少女はガタガタ震えながら呟くが・・・何故か今の夢で見た光景を何度も何度も繰り返し経験した記憶がある。


その時・・・突然眩しい光と共に金の髪の美しい青年が目の前に現れた。


「え・・?あ、貴方は誰・・?」


少女は未だ震えが止まらない身体を抱きかかえながら質問した。


『よく聞きなさい、アナスタシア。今お前が見た夢は全て現実。それも数えきれない位何度も繰り返されて来た歴史だ。お前はこの<灰被り姫>の童話の世界に登場する妹の灰被りを苛め抜いた挙句、最期は今の末路を辿るのだ。』


「え・・・?灰被り?誰ですか?私にはそんな名前の妹はいませんよ?いるのはドリゼラと言う名の妹です。」


アナスタシアはわけが分からず首を傾げた。


『お前の母はもうすぐ、ある伯爵家の男と再婚する。灰被りとはその伯爵家の娘で気立ての優しい美しい娘だ。そしてお前の母とお前の妹ドリゼラは灰被りを召使のように苛め抜いた挙句、最期は今夢で見た末路を辿る事になるのだ。今迄もお前は誰かにこの童話を読まれるたびに同じ運命を数えきれない位、辿って来た。』



「ええっ?!そ、そんな・・・それでは私は一体これからどうすればいいのですか?!あ、あんな・・怖ろしい目に遭うなんて・・・。」


アナスタシアは恐怖のあまり、ポロポロと涙を流した。


『落ち着け、アナスタシア。それで今回、私がお前を救う為に現れたのだ。』


金の髪の男に言われたアナスタシアは顔を上げた。


「え?!そ、それでは私を何処かへ逃がしてくれるのですか?!」


『いいや、そうではない、アナスタシア。お前は自分の運命を自分自身で変えるのだ。』


「自分で・・運命を変える・・?一体どうやって?」


そんな事が自分に出来るのだろうか?


『簡単な事だ。お前は自分にこれから訪れる運命を知った。そして、何故そうなってしまったのか理由も分かった。ならお前の取るべき行動はただ一つ。灰被りに優しくする事だ。お前が意地悪な母親とドリゼラから灰被りを守ってやるのだ。そうすればお前も妹のドリゼラも不幸な運命を辿らずにすむ。』


「ほ、本当に・・・そんな事で私の運命を変える事が出来るのですか・・・?」


アナスタシアは震えながら金の髪の男に尋ねた。


『ああ、大丈夫・・・。私は今迄そうやって、大勢の悪女達を救ってきたのだから・・。』


「悪女・・・。」


まだ何もしていないのに悪女呼ばわりされたのでアナスタシアは嫌な気分になってしまった。


『そう、そこだ。アナスタシア。お前の欠点は短気な所だ。それを直さなければ、先程の夢と同じ末路を辿るぞ?まずは・・・人に優しくすると言う事を実践するのだ。何・・・先程の夢の未来までは後5年ある。それまでに改心するのだぞ・・・・。』


そして眩しい光が消えると同時に金の髪の青年も姿を消すと同時に、アナスタシアの意識は眠りに落ちた—。




2


「アナスタシア!いつまで眠ってるの!早く起きなさいよっ!さもないと朝ご飯ぬきになるわよっ?!」


布団を剥がされ、ゆさゆさ誰かに身体を揺すられた。

目を開けるとそこに立っていたのは、やはり意地の悪い妹のドリゼラである。

アナスタシアの髪は茶色だが、ドリゼラは母譲りの黒髪の少女で、今年で13歳になる。

ベッドに横になったまま、アナスタシアは思った。

(全く・・・私は貴女より2歳年上なのよ?それなのに・・姉を姉とも思わないこの態度・・生意気な・・。)


そこまで、考えてアナスタシアは、ハッとなった。そして夢の中で見た金の青年の言葉が蘇ってくる。人に優しくすると言う事を実践する・・・。


「ありがとう、ドリゼラ。貴女のお陰で朝ご飯を食べ損なわなくて済んだわ。」


そしてニコリと笑みを浮かべた。


「え・・?」


ドリゼラはポカンした顔でアナスタシアを見る。


「ねえ・・アナスタシア。一体どうしちゃったの?もしかして昨夜何か変な物でも食べた?」


ドリゼラはジロジロとアナスタシアの顔を見る。そのドリゼラの顔を見ているとアナスタシアの頭の中に、あの恐ろしい夢の記憶が蘇って来た。


ドリゼラの両目がくりぬかれ、ぽかりと開いた黒い穴。そしてそこから滴る赤い血・・。



「キャアアアッ!イヤアアアアッ!」


アナスタシアは悲鳴を上げて枕を被り、ガタガタと震え出した。


「な、何よっ!いきなり大声で叫んだりして・・・!叫びたいのはこっちよっ!」


ドリゼラはカンカンに怒りながら部屋を出て行ってしまった。

1人きりになったアナスタシアは震えながら思った。


(ドリゼラは・・・ドリゼラは確か踵をナイフで切り落として・・・私と一緒に両目を鳩に・・・!)


救わなきゃ。多分自分の運命を変えるには、ドリゼラの運命も変えなければ、きっと運命に引きずられ、恐ろしい末路を辿る事になってしまう。


(決めた・・・っ!私は・・・今日から心を入れ替えるわっ!)




「・・・おはようございます。お母様・・・。」


アナスタシアはすっかり憔悴しきった顔で、朝の食卓の席に現れた。


「な・・何なの?アナスタシアッ!そのボサボサに乱れ切った髪は・・・!いい?今日は大切な日なのよ?早く身支度をしてきなさいっ!そんな恰好じゃ・・・彼に貴女を会わす訳にはいかないわっ!」


母、トレメインはアナスタシアを見ると激怒した。本来なら気性の激しいアナスタシアは文句の1つでも言い返すところなのだが・・・。


「はい、申し訳ございません。お母様・・・。それで・・会わせたいとはどのようお方なのでしょうか?」


「え・・アナスタシア・・・。お、おまえ・・・本当にアナスタシアなのかい?」


母トレメインは驚いた顔でアナスタシアを見る。


「はい、正真正銘アナスタシアです。」


言いながらアナスタシアはチラリと母の顔を見る。


トレメイン・・・美しい顔とは裏腹に、その心はとても恐ろしく、冷酷な性格をしていた。自分の地位や名誉の為ならどんな事でも平気でするような女なのだ。


現に夢の世界で見た母は、自分の私利私欲の為に、アナスタシアにはつま先を、ドリゼラには踵を自分で切り落とすように命じたのだから・・・!


(絶対、母には逆らってはいけないわ・・・。いいえ、母の心も改心させないと・・

私とドリゼラの運命を変える事なんか出来っこない!)


そこでアナスタシアは母に言った。


「お母様、綺麗な心には綺麗なお顔が宿ると言われております。その事を重々忘れずにいて下さいね?」


「全く・・・おかしな娘ね。取りあえず、今日はこれから彼にお前達を連れて会いに行くのだから、身綺麗にしてきなさいっ!早く急ぐのよっ!」


「はい、分かりました。お母様・・・。」


ドリゼラがアナスタシアに声を掛けた。


「そうよ、グズグズしていたら置いて行くわよ。歩いて来て貰うからね?」


アナスタシアは母の隣に立っているドリゼラをチラリと見ると、彼女は意地の悪い笑みを浮かべてアナスタシアを見ている。その顔を見てアナスタシアはイラッときたが・・・。


(駄目よ。私は心を入れ替えるって決めたんでしょう?そのためには自分の心をまず正さなくちゃ・・・。)


「はい、申し訳ございません。急いで準備をしてくるので少しお待ちくださいね。」


無理矢理笑顔を作り、アナスタシアは身を翻すと急いで準備のために部屋へ向かったのだった。




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