第26話 深夜、友人の行く末を思案する(ブライト視点)
深夜、幽霊が一番活発になるという時間。
レイ家の自室でベッドに寝転がりながら魔術書をぱらぱらとめくっていた僕は、しきりに鳴り響いていたカタンとかパチンとかいう不可思議な音に読んでいた本から顔を上げた。
不可思議な音は、もう寝る時間だと言いたいらしい。
「…………ああ、もうこんな時間か。ありがとう。もうすぐ寝るよ」
僕は不可思議な音を立てる人ならざる者に向かって声をかけた。
レイ家の屋敷には代々ご先祖の霊が住み着いているらしく、昼夜問わず部屋の家具が動いたり、実体のない人影が横切ったりするらしい。
『らしい』というのは、僕に『見る』能力がないせいだ。
レイ家の出来損ないと言われている僕が唯一できることと言えば『人のオーラを読み取ること』だけ。
オーラの色は人によって個性があって、色の雰囲気でその人の人となりがなんとなくわかる。
だから、幼い頃から初対面の人とかでも信じていい人と悪い人を判断することができた。
生活する上では便利な能力なのだが、レイ家的な観点だと『オーラが見えるだけ』という能力は出来損ないの部類に分類される。
極めつけはこの黒い髪と黒い目だ。
一族のみんなは金髪に金色の瞳をしているというのに、まるで闇に落ちたような自分の色は一体どこから紛れ込んでしまったというのか。
絶対に不貞はしていないと父も母も言うけれど、一族のみんながそれを納得していないのは肌で感じていた。
どうして自分はこんな姿で、こんな能力しかないんだろう。
幼い頃から『出来損ない』と言われ続けて、言い返すこともできない自信のない自分が大嫌いだった。
そんな自分にもジルベルトという友達ができた。
彼とは幼い頃に一度レイ家のお茶会で会ったっきりだったが、学園で同じクラスになったのをきっかけに仲良くなった。
それから、ジルベルトが幼い頃から想い続けているアリーシャ嬢とも。
彼らは僕の外見も能力も関係ないと、引っ込み思案で何に対しても消極的だった僕を色々なところへ連れて行ってくれた。
今の僕があるのは二人のおかげだ。
だから、僕は二人の力になりたかった。いや、ならなければならないと思った。
僕は手にしていた『逆行転生』について書かれた魔術書の表紙をなでた。
失われた王朝の言葉で書かれた本は、流れ流れてレイ家の蔵書の中に紛れ込んでいた。
魔術書には術者の命を代償に魂を過去へと逆行させる方法や、そのあと、逆行した魂が過去の己の中に甦るということが書かれていた。
そう、この本によれば『逆行した魂が過去の己の中に甦る』はずだった。
それなのに、なぜアリーシャ嬢はジルベルトの中に甦ってしまったのか。
術が失敗してしまったんだろうか。
アリーシャ嬢のことだ。死に際に強くジルベルトのことを想っていたであろうことも影響したのかもしれない。
けれど、どうして選りによってジルベルトの中なのかと僕は思わずにはいられなかった。
過去の自分とジルベルトの仲睦まじい姿を見せつけられて辛くないわけがないだろうに。
中庭でアリーシャ嬢と二人きりで話をした後も、幾度かジルベルトをお茶に誘って睡眠薬入りのお茶を飲ませて話したことがあるが、その時彼女は吹っ切れたような顔をして、ジルベルトとアリーシャ嬢の婚約破棄を阻止するために頑張ると高らかに宣言していた。
その呆れるほど真っすぐな彼女のジルベルトへの想いに泣きたくなった。
「…………ほんとう……ジルベルトのこと好きすぎなんだから……」
薄暗い部屋の中でぼそりと呟く。
なんとかして、ジルベルトの中にいるアリーシャ嬢を今を生きているアリーシャ嬢の中に戻してあげられることができればいいのだけれど。
何度本を読み返しても、他の魔術書にもそんな方法は書いておらず、まるで先の見えない迷路に迷い込んでしまったかのような状況に、僕は深いため息を漏らした。
ふと、枕元に置いた手紙が目に入る。
そうだ、もう一つ頭が痛い案件があったんだった。
今日、ジルベルトに家に帰ってから読んでほしいと渡された手紙だが、中には自分の中にいる幽霊が何者かわかってしまったという内容と彼女にしてしまった仕打ちへの後悔の念が綴られていた。
ジルベルトがこの手紙をどうやって彼の中にいるアリーシャ嬢に知られないように書いたのかはわからないけれど、さらっと流せる内容でないことだけは確かだ。
文面から、彼の中のアリーシャ嬢にはまだそのことは伝わっていないようだけれど、早急に彼女とも話をした方がいいだろう。
なんにせよ、ジルベルトは自分の中にいるのが未来から死に戻ったアリーシャ嬢だと気づいてしまった。
そのことで、ジルベルトの中にいるアリーシャ嬢や今を生きるアリーシャ嬢に何らかの影響が出るとも限らない。
これがいい方に転ぶか悪い方に転ぶかは現状ではわからなかった。
………………眠れない。
僕はふらりとベッドから出て水差しからコップに水を注ぐと、机の引き出しにしまってあった白い粉末状の睡眠薬を一気にあおって流し込んだ。
それでもすぐには眠気は訪れず、そもそとベッドにもぐりこむ頃には空は藍色から日が昇る前の明るい青い色へ変わりつつあった。
無理にでも寝ないと。
そうして閉じた瞼の裏に、今はジルベルトの中にいるアリーシャ嬢の力なく笑う姿を思い出して、僕は唇を噛みしめながら浅い眠りに落ちていった。
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