第24話 プレゼント選びと四葉のクローバー
パンケーキを仲睦まじく食べた後、おそろいの万年筆を購入して帰路についた。
アリーシャをメイベル家まで送り届け、ジル様と二人きりになったところを見計らって、私は口を開いた。
「ジル様、アリーシャのお誕生日のプレゼントですけど」
「何か思いつきましたか!?」
「あ、いえ……思いついたというかですね。たぶん、アリーシャはジル様が選んでくださったものなら何でも喜ぶと思うのですよ。それこそ、道端の花でも」
自分のことだからそれは間違いないと胸を張って言える。
私がアリーシャの誕生日プレゼントを選べば間違いなく彼女のほしいものを選べると思う。けれど、それはジル様の選んだものではない。
私は今日笑い合う二人の姿を見て、プレゼントはやっぱりジル様に選んでもらった方がいいと思ったのです。
「どんな贈り物でも、きっと私が選ぶよりもジル様に選んでもらった方がアリーシャも喜ぶと思うのです」
「そんなものでしょうか」
「恋する乙女なんて、そんなものです」
「…………それでは、今からもう少しだけお付き合いいただけますか?」
どうやらこれからもう一度町に戻るらしい。
まだ夕方にもなっていないし、雑貨屋を回るくらいの時間はあるだろう。
ジル様が行くと決めれば強制的についていくことになるのだから、私の意見なんて聞かなくたっていいでしょうに。
「お付き合いも何も、私はいつでもジル様と一緒ですわよ」
「それはそうですが、疲れてはいませんか?」
ジル様はちゃんと私のことも一人の女性として扱ってくれる。それがたまらなく嬉しかった。
実体がないせいか、私の体はジル様が疲れていると感じない限りは疲れないらしいということが今までの生活でわかっていた。
「お気遣い無用ですわ! ジル様が大丈夫でしたら、私も大丈夫です」
それに、これからジル様と二人きりでお買い物だなんて考えたら、疲れるどころかドキドキしてしまって変に緊張してしまった。
***
何軒か雑貨屋を回った後、ジル様は四葉のクローバーと彼の瞳と同じ青い色の石があしらわれた髪飾りを購入した。
そうそう、確かにこれでしたわ。
私は以前ジル様からいただいた誕生日プレゼントを思い出して、記憶の中のそれと全く同じものに目を瞬いた。
そういえば、どうしてクローバーだったのかしら。
いただいて嬉しかった記憶はあるけれど、特にアリーシャが好きな草花でもなかったはずだった。
ジル様はこの髪飾りに決めるまでに、いくつか髪飾りやブローチを手に取っていたけれど、そのどれもが四葉のクローバーが模してあるものだった。なにか思い入れがあるとしか思えない。
今聞いたら理由を教えてくれるでしょうか。
帰宅したジル様がそれを机の引き出しにしまうタイミングを見計らって声をかけた。
「ジル様、ジル様」
「なんですか?」
「どうしてジル様はそちらをお選びになったのですか?」
綺麗にラッピングされた箱に視線を落としてジル様は目を細めると、引き出しをそっと閉めて答えた。
「僕にとっては大事な思い出、だから……かな?」
「大事な思い出、ですか」
そういえば、ベッドの下にあった小箱の中にも四葉のクローバーの押し花があったのを思い出した。
けれど、私はどうしてもジル様と四葉のクローバーが結びつけられないでいた。
「それはアリーシャとの……?」
「ええ――――といっても、彼女は忘れていますから、これは僕の自己満足ですね」
「忘れてる……?」
「もうずっと昔のことですし、アリーシャが覚えていなくても仕方がないんです。思い出すきっかけになってくれたらと思うあたり、ちょっと女々しかったかな」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「ん?」
「そ、その話、くわしく聞かせていただけませんか!?」
このままだと話が終わってしまうと思って、私は慌ててジル様を引き留めた。
なんとしても
ジル様から小さく笑うような気配が伝わってくる。
「そんな大層な話じゃありませんよ?」
「それでもいいです! 聞かせてください!」
ジル様は机の引き出しからアリーシャにもらったハンカチを取り出すと、そのまま机に向かって座った。
「あれは僕が七歳の頃です。母に連れられてレイ家のお茶会に行ったとき、アリーシャは花冠を上手く編めないと言って泣いていました」
「七歳……」
そういえば、確かに私も母親に連れられて何度かどこかのお茶会に参加したような気がする。
途中で飽きてしまった私はよく中庭で遊んでおいでと言われて、当時友人たちの間で流行っていた花冠を作っていましたっけ。
手先が不器用すぎて上手く編めるようになるまで大分時間がかかりましたが。
どうやら、ジル様はそんな折に幼い私と出会ったようだ。
思い返せば、確かに一緒になって花冠を作ってくれた男の子がいたような気がする。
私はジル様から更にヒントを得ようと耳を澄ます。
「一応、僕も妹に花冠を作ってあげたことがあったから、彼女と一緒に作ることになったんです。アリーシャは何度も失敗しながらも最後まで諦めずに花冠を作り上げました。その時、アリーシャから四葉のクローバーをもらったんです――――まぁ、アリーシャはこの時のことを覚えていないようですけどね」
「…………」
「その頃に比べたら、ずいぶん手先が器用になったと思いませんか?」
愛おし気にハンカチの刺繍部分をなでて、ジル様が口元に笑みを浮かべる。
「ずっと……見ていてくださったんですか……?」
学園に入るずっと前から、私のことを。
信じられない思いで聞けば、ジル様が目を閉じる。
その瞼の裏に何が映っているのかはわからないけれど。
「ええ、あの頃からずっと見てきました。学園に入ってアリーシャが僕のことを覚えていなかったのはショックでしたが、彼女は変わらずに努力家で笑顔の素敵な女性でした。だから、仲良くなろうと必死だったんですよ?」
クスクス笑いながら当時のことを話すジル様は楽しそうで、だけど私はその真実を知って涙がでそうになった。
私、どうしてこんな大切なことを忘れていたのでしょう。
私は声が震えそうになるのを必死にこらえながら、ジル様の手の中にあるハンカチに目を落とす。
そこには努力の証であるナズナとブルースターの花が刺繍されている。
アリーシャは恥ずかしがって刺繍に込めた花言葉をジル様に伝えていなかった。だから、今私ができることは、その込めた思いをジル様に伝えることだと思った。
「ジル様――その刺繍……」
「刺繍?」
「ナズナとブルースターの花、ですのよ」
「ナズナとブルースター……」
「花言葉は、『あなたに私のすべてを捧げます』それから『幸福な愛』、『信じあう心』。アリーシャは幼い頃のことを忘れているかもしれませんが、ジル様のことを誰よりもお慕いしておりますわ」
「そうだといいのですが……」
「この私が言うのですから間違いありませんわ!」
力強く言い放てば、ジル様は苦笑した。
「ほんとうに……貴女のその自信はどこから来るんですか」
「だってそれは……!」
『私がアリーシャだから』そう言いそうになって慌てて口を閉じた。
いっそ言ってしまえればいいのに。
「それは?」と首を傾げたる様に、私は泣きだしそうな心を押さえつけて「何でもありませんわ」と答えた。
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