41 ルミオン伯爵

「お父様!!」


 勢いよく扉を開け、書斎に飛び込んだソルの第一声がそれだった。


 書斎には誰かが1人だけで居ることは、“精霊共鳴”を用いてすぐにわかった。そしてルインのいない今書斎に居るのは自らの父親のはずだ、という推論を伝えた結果、ソルは真っ先に扉を開けたというわけだ。


 その大声に一瞬男が肩を震わせたかと思うと、今度は表情が抜け落ちてソルを呆然と眺めた。


「まさか……ソル、お前なのか……?」


「はい!!」


「本当に……そうか、そうか!!」


 ソルが書斎にいた1人の男性と抱き合う。


 体は不健康に痩せこけ、髪もあまり手入れされていないように見える。とても心身ともに万全とは言い難いが、その表情、そして流れ落ちる涙は愛娘に再び会えたという喜びがはっきりと見て取れた。


 しばらく抱き合ったのち、2人はどちらともなく離れてジンたちに向き直る。


 ソルは養子であり、そして男性の種族はおそらく人間ヒューマンであるため目鼻立ちは全く似ていない。

 だが、先程の抱擁や今の2人の距離感からは確固たる家族の絆を感じさせた。


「……見苦しいところを見せたな。ワシはこのルミオン領を王より任されている、ロベール・ルミオン。爵位は伯爵だ。君たちが私の娘を救い、そして憎き魔人を倒したのか?」


 涙を拭いたロベールは、先程までの父親の顔から一転、民の上に立つ伯爵の顔になっていた。


「その魔人がルインという男のことでしたら、その通りです。私、ジンとここにいるアンドレ、そしてご息女のソルシエール様と護衛のテレンスの4名で倒しました」


「むう……世界有数の実力者を僅か4人でか……しかもジン君の冒険者としてのランクは決して高くない……ふうむ……」


 ロベールが唸る。


 100レベルが最大だと知っているジンにしてみれば違和感が強いが、職業ジョブレベル33(【闇の眷属】込みで能力値は38レベル)というのはこの世界でかなり上位に食い込む強さだ。


 “鉄槌”のマールがレベル27で王金オリハルコン冒険者。ジンは出会ったことがないが、最上位の金剛鉱アダマンタイト冒険者のレベルはそこから大きく離れているとは考えづらい。


 つまり、たかがブロンズ冒険者が、下手をすれば金剛鉱アダマンタイト冒険者以上の敵をまともに相手取れると信じられないのだろう。


「娘の恩人に対しての提案ではないのだが……ジン君に“アナライズ”をかけても良いか? ついでに魔法薬があれば譲ってもらえないだろうか。勿論、その分の金は払おう」


「わかりました」


 ジンは懐から、残りが少なくなった下級魔法薬を渡した。ロベールが


「助かる。あの魔人の所為で魔力が自力で回復せんからな……では、“アナライズ”」


 魔力が自力で回復しない、という言葉にジンが引っかかりを覚える中、ロベールはすぐに下級魔法薬を飲み込み魔法を発動させた。


 ロベールの目の前に、控えめな光を放つ魔法陣が広がった。


 それはすぐに消えて無くなるが、ジンに関する情報の多くがロベールの前にあるのだろう。長い文章を読むように、視線が忙しなく動いていた。


(“アナライズ”が使えるということは、ロベール伯爵は最低でも魔法使いメイジ15レベル。この世界基準ならなかなか強いな。領主として、冒険者や領民に大きく遅れは取りたくないということなのか?)


 伯爵になるには政治のことだけでなく、自らも強くなければならないのか、などとジンが考えていると、ロベールは天を見上げてふう、と息をついた。


「凄まじい、の一言に尽きるね」


 ロベールは言葉を続ける。


盗賊シーフレベル25。それだけでなく、年齢も20歳に届いていない。冒険者引退まで、普通ならまだ10年はある……最終的な強さは、『光の翼』たちに匹敵するだろうな」


「『光の翼』?」


「……ああ、そういえばこの名前は民たちには定着していないんだったな。今代の勇者ブレイブがいるパーティーといえば、君もわかるだろう?」


 それならわかる、とジンは頷いた。

 実際のレベルやパーティー構成などを聞いてみたいものだが、最終的には、という言葉からおよそ金剛鉱アダマンタイト冒険者より少し上の40レベル前後だろうと推測した。


 そうであったとしてもEx職である勇者ブレイブがそのレベルであることがおかしいのだが。


「今のジン君では魔人に劣るが……こうして娘と再び顔を合わせることができたのだ。奴を倒したこと、これを事実として受け止めよう。それに、娘を危険な戦いに投じさせたことも不問とする」


「そ、そうしていただけると助かります……」


 再会できた喜びはそれとして、やはり娘を危険な戦場に赴かせたことは心象的にはよろしくないのだろう。ロベールの表情が途端に剣呑なものとなり、ジンは冷や汗をかきながら彼から視線を外した。


 そのジンの様子を見て、ロベールは表情をすぐに和らげた。


「我が家、そしてワシの娘を救った英雄にしてはやけに気が小さいなあ。そこはもう少し堂々としてくれていいのだぞ?」


「……なかなか地位のある方とお話しすることが無くてですね」


「そうなのか? あの魔人を倒すほどの実力者なら、貴人たちと接する機会も多くなるだろう。早めに慣れることを勧めておく。隣のアンドレ君は……また独特な格好をしているね」


 ロベールが訝しげな視線を投げるが、ソルが助け舟を出す。


「お父様、アンドレ様は私と同じで人間ヒューマンではありませんの。ですから不要な衝突を避けるために仮面を常につけているのですわ。あの仮面は認識阻害の効果もありまして、“アナライズ”は効果がありませんの」


人間ヒューマンの方から見れば、我の身体はなかなか刺激の強い見た目をしております故、この場で仮面を外すことは辞退願いたく。後程ご息女からお話を聞かれるのが宜しいかと』


 棒立ちのジンとは違い、アンドレは跪き左手を床に、そして右手を左胸の前に置いて——キャロル王国における最敬礼をしつつそう答えた。


 そういう礼儀関連を教えてくれなかったアンドレにジンが冷ややかな視線を向けていると、ロベールが口を開く。


「ふむ……そういうことなら一応はわかった。ワシもソルのことで苦労したことはあるからな。……話ぶりから人格に問題は無いし、むしろ堂々としている。これではどっちがリーダーかわからないな」


「事実、アンドレの方が経験豊富で私は教わってばかりです。リーダーというのも、あまり意識したことはありませんね」


 はは、とジンが苦笑いと共に答えた。

 ロベールは少し怪訝な表情を浮かべるが、すぐに表情を引き締めた。


「リーダーを決めないというのは珍しいが、冒険者は自由を尊ぶ仕事だ。そういうやり方もあるのだろうね……さて、雑談はこれくらいにしておいて、真面目な話をしよう。報酬と、今後の話だ。どちらも君たちには重要な事柄だろうと思う」


「報酬はわかりますが……今後、ですか?」


 ジン的に、今回の働きに対する報酬を考慮していない、とは嘘でも言えなかった。娘を助け、目下の問題であろうルインを倒す……それを達成するということは1つのストーリーをクリアすることにほぼ等しい。

 そのクリアに対する報酬くらいはあって然るべきだと思ったからだ。


「それは長くなるかもしれないからね、先に報酬の話だ。まだ状況が把握しきれていないからなんとも言えないが……さっきの反応だとギルドからの正式な依頼で動いているわけではないのだろう。ギルドの昇格ポイントが入らないことを考慮すると……報酬は1億クルスでどうだろう」


「「1億クルス!?」」


 ジンとソルの声が見事にハモった。お互いが驚いていることに、ハッと顔を見合わせた。

 

「まあジン君のランクを考えれば目を剥くような額だろうな。それと今からする話は、ソルも覚えておくといい」


 ロベールは子供に言い聞かせるような優しい口調で、莫大な報酬金についての説明を始めた。


「さっきの感じだと金額に不満ではなさそうだね。そこは安心したよ……それで、仮にあの魔人の殺害を依頼するなら、魔人の強さを考えて金剛鉱アダマンタイト冒険者に依頼をするのが適切だろう。そして金剛鉱アダマンタイト冒険者を動かす、ということは最低でも1000万クルス……領の予算を動かす案件だと思ってくれていい。それくらい、金剛鉱アダマンタイトというのは高くつく。それでも依頼を受けてくれるとは限らないしな」


 ふう、と息をついてロベールはジンを見た。それは娘のソルに向けたものと劣らない、優しい目だった。


「だがジン君たちは依頼を介することなく、ワシと娘の命を救ってくれたのだ。君たちが野心を持っていたとしても構わない。どうか受け取ってくれないか?」


「……ありがたく、頂戴します」


 ジンの返事に、ロベールは満足げに頷いた。


 ここまで説明されてて尚、受け取らないのも失礼だとジンは考えてしまったのもある。が、何より金額のスケールが大きすぎて他のことが考えられなくなったと言った方がいいかもしれない。


「金額が金額だからな、後で冒険者ギルドを通して、君に渡そうと思う。本当にありがとう。そして金でしか礼を示せないワシを許してくれ」


「そ、そんな! 頭を上げてください!」


 深く腰を折って頭を下げるロベールに、ジンがほとんど素で申し訳なさそうにして頭を上げてもらった。


「いやいや、家族を救ってくれた恩に対する礼は、いくらあっても足りることはない。……まあそれだと話が進みそうも無いからな、次は今後の話をしよう」

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