26 作戦の行方 Side:とある組織の長

 ジンたちがダンジョンでレベリングを行っているとき——



「もう報告のある頃だと思うのだが……」


 ある男が自分の仕事机に向かいながら、そんなことを呟いた。


 彼のいる建物は一見するとただの民家だが、正面の扉はダミー、裏口いりぐちは分厚い鉄製、窓や壁は全て防弾ならぬ防矢・防魔仕様とかなり厳重な作りになっている。


 耐久力は伯爵家の屋敷にだって負けないと男が自負しているこの建物は、裏の世界では暗殺と窃盗に定評のある組織の本部だ。


 そして男は若くしてそのトップに立った、本人も実力ある殺し屋。一線からは退いたが、弓の腕は組織の中でも頭1つ抜けている。


 そんな男が、自身のデスクの一番目立つ場所にある依頼書へと目を落とす。


 そこに書かれた作戦開始時間はおよそ1時間半前。

 概要としては、今回のターゲットは近距離戦で王国屈指の実力者。そのため万全を期して作戦場所までの誘導を行い、中〜遠距離から一斉攻撃をして仕留めるというもの。


 それら作戦の内容と、男のデスクから戦闘場所までの距離、そこに己の経験を加味して見積もった時間はかなりの精度であると依頼人からの評価も高い。


(にも関わらず報告が遅いというのは……ターゲットが何か奥の手を隠していた? いや、魔道具の類は簡単に持てる物ではない。僧侶クレリックもいない中で中距離魔法への対応は不可能な)


「お頭! お頭!」


 男が思考に沈んでいると、門番を務めている部下の声が分厚い扉の外から響いてきた。


 建物の例に漏れず、組織のトップである彼の部屋は建物の中でも更に一段高い防御力を誇る。故に外から呼ぶ場合も大声でなくてはならない。


 男は面倒に思いながらも席から立ち上がり、一見しては分からない位置にある連絡用の小窓を開ける。


「何があった?」


 声をかけられた門番は、そこで初めて男の方を向く。全身に汗をかいており、何やら尋常ではない様子だ。思わず男の手のひらにも汗が滲む。


「お、お頭……ルイン様が、ルイン様がお見えになってます!」


「な、何だって!? 今日は定例報告の日ではないはず。一体何故……」


「ワタシから説明すルヨ」


 突然背後から聞こえた声に、男は驚きつつもすぐに跪いた。何度も何度も聞いた声に、反射的に体が動いた形だ。


「る、ルイン様、本日はどのような御用件で……例の冒険者は、只今私の信頼できる部下たちが対処にあたっておりますが……」


「そう、ワタシが来タのはその件ダヨ。その様子ダト、何モ知らなイミタいダね」


「確かに予定よりは少々遅れておりますが……まだ作戦中です。必ず私の部下が」


 男の言葉の途中で、ルインが突然杖の石突部分で床を強く叩いた。


 水を打ったかのように、静かになる部屋。


 しばし流れる静寂がうるさく感じられる中、男の頭に、まさかという疑問が生まれて顔を上げる。


 頭上のルインの表情は見えづらいが、失望がありありと見てとれた。


「そウ、ヤッと気づイタみたいダね。キミの立テた計画ハ失敗。ワタシの“占い師”が見た限リ、キミの部下ハ皆殺しミタいダネ……折角“占い師”が得た情報もパァだよ。唯一の救イは、隠し通路を通っテ無いカラ町中にイル事クライ、カナ?」


 後半の言葉はほとんど男の耳に入っておらず、突きつけられた現実を受け入れるのに精一杯だった。


「み、皆殺しですか……!? ですがあれらは『鉄槌』ですら殺していないのですよ!?」


「ソウなんダけどネエ……ソコに関してハワタシも責任ヲ感じているンだよネエ……」


 ルインは部屋の中を歩きつつ、男のデスクに向かう。その間も、男は震えっぱなしでひざまづいていた。

 そして、ルインがデスクの最も目立つところに貼ってある依頼書を手に取った。


「でもサ、こノ中にアル“可能な限リ魔法使いメイジ弓使いアーチャーの戦力を揃えテ臨むコト“に違反は無インだよネ?」


「も、もちろんでございます!!」


 男が即座に放った返事を聞いて、ルインの視線がひどく冷たいものに変わる。


「ジャあ何故、キミがココに居ルんダい?」


「…………はい?」


 男は訳が分からず、素っ頓狂な声を上げた。


 組織の長であるが故に動かないのは当然のはず、そう思っていることの何かが間違っていたのだろうか。


「ダからネ、“可能な限リ魔法使いメイジ弓使いアーチャーの戦力を揃えテ臨むコト“ってノハ、勿論キミも含めルハズだよ? ネ? レベル18の弓使いアーチャーサン??」


 直後放たれる、圧倒的な殺気。そして続くルインの言葉に、男は自分の未来を見た気がした。


「それで、油断シタ挙句モ殺さレタ責任は……キミに取れルのカ? え??」




「サテ……粛清も終わッタコトだし、帰ろうカナ……それにシテも、組織といウノは難しイものだネ。言いタイコトが伝わラナい、上手ク成果を挙げらレナい、足ヲ引っ張リアう……同ジ事をアノ方も思ってイルのデショうネ……」


 ルイン以外動く者が居なくなった部屋で、独り言を呟く。


 彼が思い出すのは、勇者ブレイブについて教授してくれたお方が少し前——ルインが初めてタルバンへ行く時に話してくれたことだ。


『ルインよ、タルバンの守りをお主に任せること、本当に心苦しく思う。私の力が及ばず、申し訳ない』


 雲の上の存在が、新入りの自分に頭を下げたことを忘れるわけもない。

 そしてルインは、その次の言葉も表情も怒りも、鮮明に覚えている。


疾風魔術師ブリーズマジシャンのルインにあの町のダンジョンを守らせることなど、火種を油の隣に置くようなものだ。……それを奴らは平然と提案したのだ。ただ他人の足を引っ張る、そのためだけに……!! 何故あやつらは分からぬのだ! 各々の弱みを補い合うことでよりあのお方の目的に近づけるというのに!!』


 タルバンのダンジョンボスから、風属性攻撃に対抗できる物がドロップされることはルインも知っている。


 このような状況は何も、タルバンに限った話ではない。


 【闇の眷属】たちは自分たちの守るダンジョンが何層存在するのか、どのような魔物で構成されているか、どのようなアイテムがドロップされるかなどを知っている。


 そのため組織としての効果的な策は、眷属たちが各々の弱点となり得るダンジョンからは可能な限り離れ、ドロップアイテムの影響が少ない者たちでダンジョンの監視を行い、場合によってはダンジョンボスを倒したあるいは倒し得る人間を排除する、というものだ。

 

 ただしこれが実行できるのは、【闇の眷属】たちが一枚岩ならばの話。


 全く別の思惑があった場合——例えば眷属内の他勢力の力を削ぐ事が目的としてあるなら、今回のような不利な配置になりうるだろう。


 だがそんな不利な中でも、ルインは己の敗北などあるはずがないと嗤う。なぜなら、


「ボスがアイテムヲ落とスノは10回ニ1回。さラニあノ指輪はソノ中デモ20回に1回……既にタルバンの門ハ隠し通路含め封鎖シタ、町中で“占い師”の目カラ逃れるコトハできナイ。確実にドロップよりモ先にワタシが見つケ、ソシて殺す……それがアノお方から課せられた使命ダ」

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