21 盗賊vs……

 部屋に飛び込んできたターゲットに男たちの視線が集中する。


 薄暗い部屋であることに加え、フードで顔の上半分が隠れているために確かなことは言えないが、痛みに苦しむ様子はない。


「ちっとはダメージ入ると思ったんだが……さて、いくら『鉄槌』を下したとはいえ5対1ならこっちにも勝ち目があるよなあ?」


 低い姿勢で短剣を構えるターゲットに対して、男は直立の姿勢をのまま言葉をかけつつ時間を引き延ばす。


(……チッ、“観察”は無反応。しっかり対策してやがる)


 心中でひとり毒付く男を扇の要として、鶴翼に広がった 戦士ファイター4人は、言葉に追従する形でショートソードを構えた。


 しかし男の心中は強気な言葉と裏腹に、えも言われぬ不安が多くを占めていた。


(正直『鉄槌』を倒したってのは眉唾モンだと思ってたが……)


 人数はかなりの劣勢でありながらも、動揺を見せずにこちらを射抜くように見る盗賊シーフ。真正面に対する男は、かろうじてフードの下の瞳を覗くことができたが感情が全く読み取れなかった。


 相当な覚悟の決めようである。


 覚悟を決めた人間は実力を遺憾無く発揮できる。報告通りであれば非常に難度の高い殺しになると分かっていても、男は強気の姿勢を崩さない。


「このまま俺に向かって一直線に突撃してもいいんだぜ? ……周りの4人を無視できたらの話だがな!」


 指揮官の男が短剣を抜くのと同時、 戦士ファイターたちが開いた扇を閉じるように、一気にターゲットへの距離を詰める。


「!」


 上段、下段、突きが2つ。どれもが重傷を負うのに十分な鋭さを持つ。

 ターゲットは一瞬目を見開いてそれらを視界に捉えると、小さな気合と同時に両手にある短剣で受け始めた。


 それから金属同士が擦れ弾け合う高音が、何度も部屋に響き渡る。


  戦士ファイターたちの持つショートソードは一般的な剣と比べれば短いが、ターゲットの持つ短剣よりは長い。そのリーチを活かして一方的に攻めている。


(けどレベル差のある戦士ファイターじゃ傷つけるのも難しいってか。見れば見るほどやべえ奴だが……そこだ!)


 攻撃に参加していなかった指揮官の男は、ただターゲットの様子を見ていたわけではない。静かに援護射撃ができる隙を窺っていた。


 最初に抜いた短剣とは別のナイフを取り出し、ターゲットに向かって投擲。しかも 戦士ファイターたちの攻撃の間を縫う様な絶妙なタイミングでだ。


 それをターゲットは一瞬指揮官の男を見たかと思うと、なんと防御のリズムを崩すことなく真上に弾きあげた。


(……大した防御術だが、反撃までは手が回らないらしいな。一度でダメならチャンスができるまで何度でもやるさ!)


 そこから、援護射撃を交えた5対1の根比べが始まった。四方から攻め立てる剣戟と、最初よりも更に角度をつけて放たれる飛び道具。


 ターゲットはそれをひたすらに受け続ける。反撃をするそぶりをする瞬間はあれど、そこは指揮官の男や他の仲間がフォローする。


 彼らにとって数秒とも数十分とも感じる打ち合い

 が続き、いよいよ男たちの息が上がってきた頃、ようやく状況が動いた。


「!」


 ターゲットが受け流しの際に、不意に体制を崩したのだ。


「“強化打撃”!」


  ようやくやってきた攻撃のチャンスに戦士ファイターの1人が吼え、スキルの発動とともにショートソードの腹をターゲットに打ち付けた。


 大きな音とともに吹き飛ばされるターゲット。そのままの勢いで部屋の外、壊れた壁の瓦礫にぶつかる。


 スキルを当てた 戦士ファイターが小さくガッツポーズをしていることから、確かな手応えはあったようだ。


「まだ反応はある。回復薬を使え」


 “気配探知”の範囲ギリギリまで近づいた男がそう判断し、護衛たちに促す。

 表情を引き締めて回復する 戦士ファイターを見ながら、敵意を見極める“気配探知”はこんなところでも使うことができる、本当に有用なスキルだと男は思った。


「来るぞ!」


 男の掛け声よりも少し早く、ターゲットが一直線に飛び出してきた。その間に 戦士ファイターたちか使えた回復薬は1つだけだが、何もしないよりは遥かに良い。


 護衛の 戦士ファイターたちは人の壁となって男への道をブロックしつつ、先ほどまでと同様に剣での攻撃を始めた。


 だが剣と短剣とのぶつかりが一合、二合、三合と続き、戦士ファイターたちは気がついた。


 ーーターゲットが、ついさっきより強くなっている。


 短いアイコンタクトで 戦士ファイター全員がその違和感を共有、すぐさま行動に移した。


「“強化打撃”!」

「“強化打撃”!」


 先程の攻撃の手応えを信じた、スキルを多用しての攻撃。大ダメージを与えることができる筈のそれらは、しかしながらこれまでと同じように受け止められ、流される。


 直接ターゲットと剣を合わせていない指揮官の男も、ここになって彼らの違和感を共有できた。


 スキルの多用は彼らにとっての一種の合図。内容は、“今の自分たちの全力で立ち向かう。のちの判断は任せた”。


(スキルを使用した攻撃を短剣でまともに受けているように見える……腕力が攻撃スキルを使った 戦士ファイター並ってことはだ……)


 上から受け取った情報を高速で思い出す。彼らのレベルは多く見積もっても10。その上で仮に力で拮抗するのであれば、レベルは最低でも3倍の30。既に職業ジョブの変化を起こし一流の域に足を踏み入れていることになる。


 更に報告によれば、彼の年齢は未だ10代。今後もまだまだ成長が見込める年齢であることを考えれば……


勇者ブレイブのお仲間と同格以上だあ!? 想定以上の化け物じゃねえか……なんとかして生きて帰らねえと!)


 実は指揮官の男にのみ、ターゲットの殺しとは別の命令が与えられている。


 ーー仮に殺しが失敗になりうる事態になる場合は、ターゲットの力量やレベルを見極めよ。


 ーー見極めた結果、レベル25に近いか、スキル等が特殊な職業ジョブだと考えられる場合は即時撤退せよ。


 普段の仕事ではありえない、失敗や撤退を予め織り込んだ命令。


 それほどにまで警戒する理由は不明だが、命令は絶対だ。男がどうにかして逃げる隙を見つけ出そうとしていると、 戦士ファイターたちの戦闘にも動きがあった。


  戦士ファイターたちの魔力切れを狙っていたのか、ターゲットが連撃の合間に無理矢理攻撃を差し込んでくるようになったのだ。

 剣を力づくで跳ね上げ、伸びた腕や空いた胴体に浅いながらも確実に斬撃を加えてくる。


 手傷が増えれば 戦士ファイターたちの肌色が悪くなるのは明らかだったが、逆に言えば 今なら戦士ファイターたちで釘付けにできる。


 今ならば逃げられる、そう考えているとふとターゲットは攻撃をやめ、右手の人差し指を真上に立てた。全く意図のわからない行動に、男や 戦士ファイターたちの動きが止まる。


 戦闘中であればスキル発動の準備とも考えられるが、男にはそれが、数字の“1”を示しているように見えた。


「あ??」


 激しい戦闘の疲れで戦士ファイターたちが肩で息をする中、目の前の盗賊シーフは平然と言い放った。


『我のみに集中しすぎだ、の』


「何を」


 男は、そんな疑問を呟いてから何も話せなくなった。

 停電のようにプッツリと途切れる意識の最後に見たものは、自らの顎の下から生える短剣の切先だった。

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