22 2つの影

『さてジンよ、ここに来れたということはが済んだということか、の』


「ああ。とりあえず視えた敵は全滅だ」


『それは重畳。慣れない短剣を使って時間稼ぎをした意味はあった、の』


 アンドレは両手の短剣を弄んだかと思うと、ジンが見惚れるような仕草で、自然に鞘にしまった。


(こんなことができるのは、きっとアンドレだけなんだろうな)




 ジンはこの襲撃の直前、ソルの顔をした人物と対面して宿屋に戻った後、開口一番こんなことを言い出した。


「アンドレ、その仮面の効果で、俺の顔になることはできるか?」


 突拍子もない質問に、アンドレは一瞬フリーズしたが、とりあえず知っていることを答えてみた。


『顔の輪郭程度ならすぐに可能だが、細部まで似せようとするとそこそこ時間がかかる……今その質問が出るということはつまり、』


 彼らが偽物だと? と頭で整理した質問をぶつけようとしたところで、ジンが急いで両手で制した。が、その首は必死に縦に頷いている。


 アンドレは言葉を仕舞いつつも無意識に唸った。


 あの2人とやりとりをしたのはほんの数分。さらに個人がわかるほどそこまで込み入った話をした訳ではなく……世間話の延長のようなものだ。少なくともアンドレはそう思った。


 アンドレがどうして偽物だとわかったのか、と質問するより早くジンは言葉を続けた。


「悪いがその辺は後回しにしてくれ。ちなみに、効果の解除方法は?」


『ふむ……わかっておるのは仮面を完全に頭部から離す、魔力が切れる、仮面をつけた人物が死ぬ、くらいか、の』


「わかった、ありがとう。……この先俺が合図をしたら、目の前にいる人間を出来る限り早く殺してくれ」


『合図の内容は?』


「具体的には決めない……が、わかるように努めるよ」


 珍しく曖昧な指示にアンドレは疑問を持ったが、答えられないからだろうと思い特に口は出さなかった。


「あとは準備をしながらで答えてくれ。まずはそうだな……アンドレは短剣をどれくらい使える?」




 その後いくつかの相談をして、今回の襲撃にほぼ万全の体制で臨めたことはアンドレという仲間があってのこと。


「変装から色々やってくれて、本当に感謝する……ただ悪いんだけど、できるだけ早くここから離れたい」


 感謝はしつつも、ジンは早くこの場から離れたかった。


 追手や増援の可能性もあるが、それよりは辺りに立ち込める血の匂いへの不快感からの逃避の意味合いが強い。

 アンドレもいつもの仮面を後頭部から前に出して被り直す途中、ジンは軽く手を叩いて質問をする。


「あ、そうだ。今更なんだが死体とか、このままで大丈夫か? この場で焼いたりしたほうがいいか?」


『無論焼くに越したことはないが……市中でそれをやると目立つぞ?』


「まあそりゃそうか」


 アンドレの答えにジンは肩をすくめつつ、投げナイフをテキパキと死体から抜き集める。


(良い案だとは思ったんだが……疫病を持ってて仕方なく暗殺者になった、とかではありませんように)


 ジンとしては、この世界の魔法や回復薬が伝染病などの病に効くかどうかわかっていない。そんな憂いを残すくらいならまとめて燃やしてしまった方が問題ないだろうと判断していた。


『……ジンよ、本当に前の世界で人を殺した事がないのだよな?』


 アンドレの呈した疑問に、ジンはナイフの血糊を拭く手を止める。


 確かにジンたちは被害者側、降りかかる火の粉を払っただけに過ぎない。ただその後死体をその場で焼くというのはなかなかの非道。


 ジンとて頭では理解していたが、自分でも火葬をこの場でやると言う案が、全く違和感なく出てきたことに違和感を抱かなかった。

 そのため、ジンは自分の心で思ったままを口にする。


「前の世界では、記憶が間違っていなければ人を殺したことはない。俺も不思議なんだけど、人殺しに関してそこまで忌避感が無いんだよなあ。最終手段ではあるけれど、やろうと思えばやれてしまうというか」


『ふむ……まあ良い、わかった』


 アンドレは微妙に納得していない様子だったが、続く言葉がなかったためジンはスルー。


 しばらく無言の時間が続き、ジンの道具が全て元あった場所に仕舞われると、またもアンドレから質問が飛んできた。


『今回の襲撃の根本に関しては後ほど聞くから良いとして……検証の内容と、その結果を教えてもらえるか、の』


「んー……まあ、それくらいなら良いか。脱出がてら話すよ」


 脱出のため、アンドレが先行して瓦礫だらけになった廊下を進む。


「まず最初に、命の危険がある中協力してくれてありがとう」


『改まった礼を言わずとも良いわ。……それより続きだ』


「わかった、わかったよ」


 率直な礼の言葉に、表情の無いアンドレがどこか気恥ずかしさを感じているようにジンには映った。


 ジンは咳払いをして、話を続ける。


「調べたかったのは3つ。1つ目は、俺が本当に人を殺せるか。……まあこれは改めて言うまでもないな」


 ジンは立てた人差し指をすぐに折り曲げ、話を続ける。今度は人差し指と中指を立てた。


「2つ目は、職業ジョブレベルの上昇に、魔物以外がカウントされるか。結果、人はカウントされると予測できた。逆に物ではカウント無しかごくごく微量の経験値しか入手できないと予測できる」


 結果、と言うにはなかなかの数の憶測が混じった言葉にアンドレは首を捻る。


『……よくわからぬが、つい先程レベルアップしたということか?』


「いや、口走ってくれた奴がいたんだ。“今日こそレベルアップできると思ったのに〜”とかなんとか」


『ほうほう。特段意識したことはなかったが……そうであったか』


「むしろアンドレは対人戦が多いと思ったから、知ってるもんだと思ったぞ」


 アンドレの『華』での役割は、言うなれば用心棒、もしくはジェフというボスの護衛。

 必然的に対人戦の機会は多いと感じていたが、知らなかったことには驚いた。


『殺すまでやる方が少ない。殺すことで得られる情報は少なく、それでいて後処理が煩雑になることも多いから、の』


「……今日だけで身に染みてわかったよ」


 肩を落とすジンを肩越しに見ながら、アンドレが少し笑った。


『このような知恵を処世術、と言うには血生臭過ぎるがおいおい教えていくとしよう』


「頼りになります、本当に。……そろそろ出口か?」


『そのようだ、の』


 前から差し込んできた光に目を細めるジンと、何も変わらず歩き続けるアンドレ。こういう時はスケルトンの体が羨ましいなあと思いつつ、3つ目の検証を示そうとした時に、


「これは一体、どういうことですの……?」

「お嬢様! 私より前に出るのは危険です!!」


 聞き慣れた声がしたのは建物の正面にある、一面の壁。タルバンの境界線の外側から、2人の人物が突如として現れた。


 1人は一流の造形師が作ったとしか思えない完璧な顔立ちでありながら、髪や顎を完全に布で隠した少女。

 もう1人は少女とは対照的に、目線が前髪で隠れて見えない青年。体の線は太く、左手に大きな盾を持って少女の前に急ぐ。


「お、今度は本物かもな」


 ジンの小さな呟きをアンドレは聞き逃さなかった。


『……そういえばこの2人の詳細もまだ聞いておらぬな。ジンといると疑問が尽きない、の』


「説明の時間が作れれば頑張れるんだけどなあ……すまん。今からその時間を作るから勘弁してくれ」


 アンドレの皮肉にも素直に反応しつつ、向かってくる2人に大声で話しかける。


「ソル! テレンス! 今からダンジョン行くけど着いてきてくれるか!?」

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