13 盗賊の残したもの ー後編ー

「……話しましょう」

「本当に良いのですか?」

「この状況、もとよりそれ以外に私達に取れる選択肢は無かったのです。そうですよね?」

「助かる。こんな事しといてアレだが、手荒な事をしたくないのは本当なんだ」


 ソルと男は同時にふーっと大きく息を吐き出す。


 数秒後、静寂を破ったのはソルだった。


「私は、ゴブリン侵攻の最中で命を落とすだろうとジン様から告げられました。結果として本当にその通りだったかはわかりませんが、今は生きています。そのお礼を直接申し上げたいのです」


 店主の男は腕を組んでジッとソルを見つめる。何かを見定めるような決して気持ちの良いものではないが、ソルは動じない。


「……続けてくれ。まだ何かあるのだろう?」


「はい。ゴブリン達の侵攻中、私は強大な敵に襲われました。それでも私が生き残れているのは、冒険者ギルドとジン様の協力があったからです。そして奇しくも、その敵というのは私を屋敷から追い出す原因を作った人物だというのです。恐らくジン様は、その敵を倒すために今動いています。私もその思いに応えようと……」


 ソルの話の最中に、店主は鼻を鳴らした。


「訳がわからんな。お貴族サマはジンの働きを見ているだけでいいんじゃないか? 第一、もう一度自らの命を危険に晒す理由にはならない」


 店主のはき捨てるような言動を前にテレンスが再び剣に手をかけるが、ソルがそれを手で制する。


「本来の予定は、ここから北に向かって他領の援助を受けるつもりでした。今のルミオン領の状況は箱入り娘の私も知っていますし、事実上の追放となった私が御旗となれば大義名分も立ちます。その途中でジン様とお会いできれば……とも」


 ソルは一度言葉を切り、表情を引き締めて語る。


「ですが、ジン様がタルバンに向かったとなれば話は変わります。急ぎジン様をあの地から離さなくてはならないのです。あの魔術師マジシャンの強さは普通ではありません……ハクタのギルドマスター、クライン様と互角以上の戦いをするほどですから」


「あいつと互角以上か……それなら旗色は悪そうだな」


「ですから、そうならないためにも私たちが」

「もういい。お嬢様のジンを思う気持ちはよくわかった」


 男はぶっきらぼうに言い放ちながら、テーブルに刺さった短剣を引き抜いて革製の鞘に納める。


「冒険者ギルドのように“真偽を見る瞳”を持っているわけではないが、お嬢様の表情と態度から嘘はついてなさそうだ。そんな状況になっているのなら、ジンの自由意志に任せることはせず素直に止めさせるべきだった。すまなかった」


 男は少し頭を下げた後、真剣な表情でソルとテレンスに顔を向けた。


「だが覚悟しておけ。ジンはその助言が不要になる程強くなるつもりのようだ……2人も巻き込まれるなら相応の道を歩むぞ」


「覚悟の上です」


 これまでの魔物との戦いを思い出し、そして数千の軍勢に立ち向かったジンの姿を想像しながらもソルはすぐに答えた。

 テレンスも同じ気持ちのようで、厳しい面持ちながらも向き合う姿勢が感じられた。


 が、そんな2人の表情を見ても男の態度は変わらず、首を横に振った。


「いや、わかっていないな。とはいえそれはジンも一緒なんだろうがな」


「それは、どういう……」


「人間、過ぎた力を持ったり持とうとすれば人間でいられなくなるということだ。ジンについていくなら実感するだろう。……さあ行った行った。今のジンは確実にタルバンに居る。出ていく前に追いつけるといいな」


「え、ちょっと、急になんですの!?」


 店主の物言いに引っかかることを感じつつも、ソルとテレンスは外へ追いやられる形で店を出た。




 2人が去った後、店内で残ったランチを平らげたジェフは、プレートを厨房に持ち込んでいた。


「おう、今日も美味かったぞ」


「それは良かったです。ところでボス、決定に口を挟むべきではないのですが」


 言葉の途中で、ジェフは手に持ったフォークを店員に向けた。


「今はボスじゃないだろ、オーナーと呼べオーナーと」


「失礼しました。オーナー、あの2人を行かせて良かったのですか? オーナーの“観察”は絶対でしょうけど、腹の中で何を考えているかまではわからないですよね?」


「そりゃあ、このスキルもそこまで万能じゃないしな」


 ジェフは今度はフォークで自分の目を示しつつ、それを流しに置いて続ける。


「でもよ、自分が惚れ込んだ男を助けようとしている女がいるんだ。止めるのは野暮ってもんだろ?」


 遠くを見て語るジェフを、店員はため息とともに幼い子供を見るような目で見て答えた。


「……やっぱりオーナーってロマンチストですよね」


「んだとコラ。お前が俺たちのメンバーになった時のセリフを忘れちゃいないんだぞ。“私は戦いで役には立ちませんが、ボスの心意気に惚れました。これからは貧しい方々の笑顔を絶やさないために……”」


「あーーあーー! このオーナーが何を言ってるか下っ端の僕には聞こえないなー!」


 大声を上げつつも、店員は笑顔で皿洗いを始めた。

 彼らの後ろから、別の店員の小さな笑い声が聞こえてくる。

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