11 盗賊の残したもの ー前編ー

 ジンとアンドレがハードリビングメイルたちを打ち倒し、第6層に踏み込んでいた頃……。




「このまま行きますわよ」


「承知しました」


 2人の冒険者がハクタの森を抜け、モルモの町へ向かっていた。胸元に下げるプレートの材質はアイアン。2人で森を抜けるにはいささか難しいとされるランクではあるが、特に問題はなさそうである。


 現在彼らが進む街道の先には、レッドスライムの群れがプルプルと立ちふさがっていた。


 冒険者の1人は年端も行かない子どもと同じくらいの背格好をした女性。全身にローブを纏っており、その手には緑の宝石をあしらった短い杖が収まっていた。

 また、派手な柄をした頭巾を表情以外が見えないように巻いている。ジンが見れば、とある宗教の敬虔な信者みたいだと感想を抱く出で立ちだ。


 実際に参考にしているのは砂漠の国、アラビオ帝国でメジャーな女性服なのだが。


 もう1人は大きなカイトシールドと長剣、それに金属鎧を着こなす偉丈夫。 ハクタの町を出る際に新調したそれらの装備には既に細かな傷が無数に入っており、多数の死線をくぐり抜けたことがうかがえる。また女性とは対照的に、その顔は伸び放題になった濃い金色の髪によって隠されていた。


(風にたなびく私の髪も、最初こそ鬱陶しかったが今では戦闘の妨げにすらならないな)


 髪のカーテン越しにレッドスライムたちを視界に捉え、男ーーテレンスは前へと出る。


「モルモからハクタに逃げる際は、このような群れも避けていたのですが……こうも変わるものなのですね」


「それは私のこと? それとも、貴方自身?」


「勿論、お嬢様と私、両方です」


 独り言のように呟いたテレンスの言葉やその返しに、お嬢様ーーソルもふふっと微笑む。



 彼らが行なっているのはいわゆる変装なのだが、外からは表情を見ることも難しいテレンスはともかくソルは変装になっていないように思える。


 ところが、これが思った以上に効果があるのを二人は実感していた。


 というのも、“深窓のエルフ嬢”であるソルの顔を実際に見たことのある人物はほとんどいないのだ。絵画としてソルの自画像を見た人物は少なくないだろうが、絵と実物を比較して一致しているかを見極めるのは困難な部類になる。


 であれば、そもそも顔を隠す必要がない。更に言えば“エルフ”らしい長い耳は消失したままであるし、人の髪というのは存外に印象に残る。それらを隠しつつ表情を見せれば、怪しまれることはない。



 閑話休題。


 以前よりもずっと眩しく輝くようなかんばせに成り、そんなお方に仕えているという従者としての悦びをテレンスは感じるが、すぐに気持ちを切り替えた。


 レッドスライムの群れが2人に迫ってきたからだ。

 ジンが戦った時のように、半分は突撃、もう半分は魔法の準備のために前進を止めている。


「では、手筈通りに」


「承知しました。……“挑発”」


 ソルもまた、魔法の準備のために移動を止めた。その上でテレンスが、迫るレッドスライムの標的となる。


 ここまではハクタの町に逃げ込む際のゴブリン戦と同じ動きのように思える。ただそれでは後方のレッドスライムの“ファイア”を食らうことは必至。

 加えて、レッドスライムが考慮していたかはわからないが、ソルの“サイクロン”の効果範囲の中に、全てのレッドスライムを収めることができない。


 テレンスはその事実を、ソルとのアイコンタクトで確認する。


 近距離のレッドスライムを倒せば、魔法によりテレンスかソルのどちらかが。

 遠距離のレッドスライムを倒せば、体当たりによりテレンスが。

 どちらをとっても少なくないダメージを負う。


 では主人の手を煩わせることなく解決するにはどうするか。

 答えは簡単だった。


「“シールドバッシュ”!」

「“サイクロン”!!」


 主人の魔法効果範囲に、敵を押し込んでしまえばいいのだ。


 テレンスが自らの盾を強く押し出すとともに、小さなダメージを受けて吹き飛ばされるレッドスライムたち。

 “シールドバッシュ”はダメージよりも相手を弾き返すことに特化したスキル。別段カウンターというわけでもないのに10メートル近く後退させられることからも、ダメージを犠牲にしただけの効果を表していた。


 直後、旋風が巻き起こる。

 ハクタの森でソルが放ったものより1回り大きいそれは、たやすくレッドスライムたちを切り刻みその体を空に巻き上げる。


「こんなもの、ですわね」


 ソルが杖の光を収めると、“サイクロン”の効果が消失。テレンスの髪をなびかせる程度のそよ風が戻ってきた。

 そして遅れること数秒、レッドスライムの角がぼとぼとと空から落ちてきた。討伐完了である。


「今回の魔法もお見事でした」


「貴方のサポートもよ、テレンス。私の目配せによく合わせられたわね」


 とんでもございません、とテレンスは腰を折ることで答えた。


 彼らの視界には次の町、モルモが既に映っている。




「黒髪黒目の冒険者ぁ? 生憎だが知らないな。そんなことよりお嬢ちゃん、よく見たら綺麗な顔してるな。この服がよく似合いそうだが着てみると……って不要か? じゃあとっとと帰ってくれ」


 ソルとテレンスが聞き込みをしているのは、モルモの町の行商人たちがいる通り。

 服が好きだ、というモルモ町民のためにあの手この手で様々な洋服を売ろうとしている。


「ここでも手がかりなしですのね……」


「行商人も冒険者と同じく根無し草。せめて街道ですれ違ったという情報でもあればよかったのですが……ふうむ……」


「お、どうしたよお嬢さん方そんな暗い顔して」


 唐突に声をかけられて振り向くと、そこにはソルと変わらない目線で話す男がいた。


 頭にはターバンという、アラビオ帝国ではメジャーな帽子をかぶっている。

 陳列された衣服も、アラビオ帝国の特産品のひとつである一枚布で作られた派手なものだ。


 屋敷の近くでも滅多に見かけることのない、遠い国からの商人も来るほどこの小さな町は有名なんだろうかと思いつつも、ソルは同じ国の衣装を身に纏うその男に奇妙な縁を感じて、普段は乗らない軽い台詞に乗っかることにした。


「実は私達、ある人物を探していますの」


「ほお……この通りで探しではなく探しねえ。どんな奴なんだ?」


「俺より少し背の低い、黒髪黒目の冒険者だ。ランクはブロンズアイアンだと思う」


「ふうん……まあ、知らないことはないな」


「本当か!?」「本当ですの!?」


 見事にハモった2人の勢いにターバンの男は少したじろぎつつも、すぐに態度を戻して答える。


「ああ。だが続きはこいつらのどれかを買ってくれたらだな」


 商魂逞しい男の力強い笑みに、2人は顔を見合わせるしかなかった。

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