10 組手の終わりと始まり

 ジンの入室とともに、一斉に動き出すハードリビングメイルたち。抜剣し一糸乱れぬ動きでジンへと迫る。


「行動パターンの把握は前に終わってるからな、今回はこっちから行くぞ!」


 ジンは素早く彼らとの距離を詰める。

 ハードリビングメイルたちはまだ散開が終わっておらず、待機場所に近い中央付近では4体ほどが塊となって動いている。


 前回と同様に、ジンは疾走してハードリビングメイルの真横を抜ける。前回と異なるのは、“ダブルダガー”を発動させていないことだろう。


「シッ!」


 ジンの小さな気合とともに、敵にシーフダガーが突き立てられる。

 そのまま走り抜けつつ後ろを向くと、ハードリビングメイルは大きくよろけつつもジンを目で追うように振り向いていた。


「そうか死なないか。でもこれならどうだ?」


 ジンは減速し、投げナイフを投擲。一応これも新調したもので、ハクタで得たものよりも軽くかつ鋭く加工されてある。

 投げナイフはハードリビングメイルが体勢を整える前にその体に到達。


 突き刺さりはしないが、兜に大きく傷をつけたかと思うとハードリビングメイルは倒れ込み起き上がらなくなった。


 ジンは小さくガッツポーズをしながらも、移動を再開する。新たな鎧が近づいてくる以上、投げナイフの回収は後回しである。


 仮にジンの現在のステータスを“観察”すれば、このような内容が映るだろう。


 名前:ジン

 レベル:盗賊シーフレベル18


 レベルアップの能力向上に伴い、新しく得たスキルはHP強化(小)のみ。ただし、次のレベルでジンはこれまでもお世話になってきた“スモーク”をようやく取得できる。

 そのため“風の祝福の杖”のデメリットである、消費MPに加算される“取得レベルと現在のレベル差”が1しかないため、ほぼデメリットなくこれを発動できるようになった。


 今回はそれを活かしたい、という側面もあるためダブルダガーは温存している。


(Wave自体がどれくらいあるかわかんないしな。こういう緊急回避手段は残しておくに越したことはない)


 この10体を倒せば、次におよそ20体のハードリビングメイルのおかわりが来ることは既にわかっている。

 だが、それ以降はわからない。

 ジンの知識上、ダンジョンのレベルが20に満たないのであれば次の30体で終わるはずだがこの世界でも同等とは限らない。


 そもそもこの部屋が本当に最終層である可能性も残っているのだ。


(これ以上は戦いに支障が出るな。さて、次は左手だ)


 ジンは一度思考を切り、左手に握った“鋼の短剣”を見る。シーフダガーよりも攻撃力が高いこいつなら……


(行くぞ)


 静かに自らを奮い立たせ、僅かに突出するような動きをしたハードリビングメイルにジンが迫る。


 間合いに入ってからの急加速、方向ずらし、そして短剣の突き立て。

 もはや一連の動作とも言えるほど、滑らかに攻撃が繰り出された。


 その結果、


「よしっ!」


 ハードリビングメイルの背中に大きな穴が開いて、そのまま動かなくなった。


「まだまだ行くぞ!」


 そこから初期配置の10体の全滅まで、危なげなく攻撃を繰り出し続けた。地面には金属の塊がいくつも転がっている。


『終わったようである、の』

「ああ、ここからが本番だ」


 おかわりのハードリビングメイル20体が現れ始めると、アンドレが部屋に入ってジンと合流する。


「頼むぞ。ここからはアンドレのスキルが重要になる。サポートはするが気をつけてくれ」

『あいわかった』


 アンドレが剣を抜いて構えると、ハードリビングメイルたちが一斉に動き出した。初期配置から数が倍になっただけであるが、圧迫感は段違いだ。


『“魔力変換・力”!』


 アンドレがスキルを発動させると、彼の周りに黒い光が舞い始める。それは祝福のようであり、また呪いのようでもある。

 それを確認した後、アンドレがハードリビングメイルに向かって走る。


『ハッ!!』


 アンドレは敵の間合いに入ると同時、先に放たれたハードリビングメイルの剣をかわし、自らの剣を振り下ろした。


 ズバン! と、前回と比較して明らかに大きい傷が鎧に入る。ジンの目ではギリギリカウンターのタイミングよりも遅く映ったが明らかにダメージが大きい。


『フハハ! 技ではなく、力で敵を圧し斬るというのもなかなか良いものだな!』


 無表情のまま高らかに笑うアンドレは、目の前の魔物に追加で二太刀を浴びせると水を得た魚のように活き活きと次の敵に斬りかかっていく。


 なおアンドレのステータスは、ジンの“観察”ではこう映っている。


 名前:アンドレ

 種族:スケルトン レベル34

 HP:10/10

 MP:8/10

 レベル:剣士ソードマン レベル21


 アンドレが発動した“魔力変換・力”はMPを消費して物理攻撃力および魔法攻撃力を上昇させる、カーススケルトンの種族スキル。


 これにより、スケルトン系の特性、物理攻撃力の下降補正分を打ち消すことができるため、現在のアンドレの攻撃力は人間ヒューマン剣士ソードマンレベル21と同じ値となっている。


「俺も負けてられないな……時間も有限だしやることは沢山ある」


 “魔力変換・力”のデメリットは単純。


 発動中はMPを消費し続けることと、それとは別に発動のためにMPを消費しなければならないこと。

 つまり、攻撃するときにだけスキルを発動する、といった小回りは遠回しに効かなくなっているのだ。


「アンドレ! まずは一本!」


 攻撃をやめて振り向いたアンドレに、ジンは紫色の液体が入ったビンを投げ渡した。中身は“下級魔法薬”、MPを回復する薬品である。

 実のところタルバンのダンジョンで得た金のうち、鋼の短剣以外の残り半分はこの下級魔法薬の代金としてほぼ全て使われた。お陰でジンのポーチはパンパンだ。


『助かる』


 ジンはそこそこ早く投げたはずなのだが、アンドレはそれを簡単に受け取り、自分の体に振りかけた。

 “魔力変換・力”とはまた違った、薄紫の光に包まれる。


(寝食不可のスケルトンでも、薬を体に振りかければ薬の効果はちゃんと発揮できるのはなんだか不思議だよな。あのとき、回復薬は飲まなくてもよかったんじゃないかなあ……)


 ジンが転生直後の、文字通り苦い記憶を思い出しているうちにも、物事は進む。


『お主らに目くらましは効くのか、の?』


 アンドレはカラになった瓶を、一番近いハードリビングメイルに向かって投げつける。


「ー!」


 それをハードリビングメイルは剣で叩き斬った。ガラスが砕ける綺麗な音がするが、その頃にはアンドレが間合いに踏み込んでいる。


 一閃。その上で追撃を仕掛けようとするが、


「逃げろ!」

『!……ぐっ』


 ジンの一声に、少し遅れるようにアンドレが離脱。ほぼ同時にアンドレのいた位置に剣が振り下ろされた。


 その全てを避け切ることはできず、少々のダメージを受けてしまう。服に付いた刀傷を見つめ、アンドレはジンの隣に到達する。


『……思った以上にこいつらの群れはやりにくい、の。生物のように無駄な思考がないことも今は厄介極まりない』


「アンドレみたいな熟練の戦士でもわからないもんか……ほんと“気配探知”様々だな!」


 入れ替わるようにジンが飛び出し、バックカウンターを決めつつ敵群に殴り込む。


 対人であれば、仲間が傷ついたことに多少の狼狽を見せるか庇うなどして連携が切れて攻撃の手が止まることがある。


 『華』時代にゴロツキとの多対一を何度も経験したアンドレは、それら敵の咄嗟の判断を生かしつつ実質1対1に持ち込んでの戦いの勝者であり続けた。


 しかしハードリビングメイルはジンが解き明かしたように完全なプログラム型。仲間が傷つこうが死のうが、自分の間合いに敵がいる状況ならば御構い無しに攻撃を仕掛けてくる。


(それを逆手に取る作戦なんだが、やっぱ怖いなこれ!)


 四方八方からの剣戟を、ジンは短剣で防ぎながら心で叫ぶ。


 ハードリビングメイルは、間合いに入った敵を攻撃し続ける。

 であれば、攻撃対象が近くにいる状況では必ず攻撃のために足が止まる。


 その性質を逆手に取り、“回避タンク”として自らが敵を翻弄し、あぶれた魔物をアンドレが順に討伐するというのが今回の作戦。

 アンドレの攻撃が十分に通じることが前提ではあるが、ジンが素早さに優れ、かつ“気配探知”を持っていなくては決してできない作戦だった。


『そこだ!』


 剣戟の合間にジンはアンドレの方向に振り返る。自分からアンドレに向かったハードリビングメイルの数は2。アンドレは余裕の声色でこれを捌いている。


「受け取れ!」

『うむ!』


 ジンが包囲網から抜け出し、下級魔法薬を再度投げ渡した。アンドレのMPが回復し、攻撃力の維持時間が少しだけ長くなる……それをどれだけ繰り返しただろう。


 20本近い下級魔法薬を使用し、ジンの心身の疲労がピークに達した頃だった。


『これで』

「最後!」


 3Wave目最後のハードリビングメイルを挟み撃ちにする。2人の猛攻撃を受けたソレが鉄屑に変わると同時、ガコン、と部屋の中央から大きな音がした。


 ジンとアンドレが振り返ると、


『まさか、本当にこの部屋から降りる階段があるとは、の……』


 これまでも何度か目にした、石造りの下り階段が姿を表していた。

 驚くアンドレに、ジンは肩で息をしながら話しかける。


「本当に出るか不安だったが……よかった。手筈通り下に降りて、第6層の状況を確認してから帰還しよう」


 うむ、とアンドレは頷き返して階段を降りるジンの後に続いた。




 第6層も、5層までと同じく洞窟のようなダンジョンの作りをしていた。


 ただし全く同じではない。


『これは水晶か、の? 自ら発光する水晶なぞ聞いたことがない』


 洞窟の壁に、淡い水色や薄い緑色に光る水晶のようなものが埋まっているのだ。その神秘的な光景に、EWOで見慣れているはずのジンも息を呑む。


「俺も実物は初めて見るな……」


 小さく呟いた後、ここがダンジョンの最中であることに気を引き締めてアンドレに向き直る。


「この雰囲気とこれまでの魔物の傾向から、出現する魔物はリビングソードやゴーレムだろうな。もしかしたらミミックなんかも居るかもしれない」


『なんと、いずれも20レベル級の魔物ではないか。しかも剣士ソードマン盗賊シーフには厄介な連中ばかり……このダンジョンが15レベル相当というのはまやかしだったというわけか』


「まあ、中ボスまでは事実だから仕方ないさ。とはいえ、今の俺たちで最下層を突破するのは無理だろう」


『最下層……先程の群れよりも強いのだろうが、またレベルを上げるのか?』


「もちろんそれもやるが……今度は魔物の種類を倒すぞ。このダンジョンの魔物全てと、町の外に出る魔物を合わせればなんとか目標に達するはずだ」


 ポーチを叩きながら語るジンを見て、アンドレが強く頷いた。

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