3 いざ壁の中へ

「なあアンドレ、正直俺はここまでの領地だって予測していなかったわけだが……その服装は大丈夫か?」


『なんとかなる、黙って見ていると良い』


 丘を下りいよいよタルバンの高い壁と門が間近に見えてきたところで、ジンは不安を口にした。

 アンドレが自らの見た目に対して何かしら対策をしたり、あるいは裏口などを通るだろうと呑気に考えていたのだが、結果何もすることなくここまできてしまったのだ。


 まだ遠目ではあるが、街道の先にある城門には長い槍のようなものを持った人間が4人も立っている。そのうちの1人がこちらの馬車に乗るアンドレに気がついたようで、門から離れて走ってきた。


「そこの馬車、止まれ!」


 そして案の定、大声を浴びせられる。


「顔を仮面で隠すとは、なんとも怪しい御者だな。素顔を見せろ!」


 兵士の威圧に、アンドレは毅然とした態度で答えた。


『我らはただ、この町のダンジョンを攻略しに来ただけなのだ。仮面を外すから槍を下ろしてほしい』


 そう言うと、なんとアンドレは自身の仮面に手をかけた。


(一体どういうつもりなんだ!?)


 アンドレが仮面を外すのはジェフ以外見たことがない、と言っていたがこれはどういうことだろうか。


 そうジンが疑問に思っているうちにも物事は進む。アンドレは仮面を完全に外すことはせず、顔だけが見えるように頭の上にズラしていた。


『こ、このようにとてもにひどい怪我でな……』


 荷台に座ったままのジンの位置からアンドレの顔は見えないが、直視できないほどひどい傷を負っているように映っているのか、問い正しに近づいた兵士はおろかその他の門番達も顔を背けていた。


「た、大変失礼しました。その声もきっと怪我の影響なのでしょう……荷物の確認をしても問題ないですね?」


『ご理解頂き感謝する。確認は自由に、ただ壊れものもある故丁重に頼む』


 アンドレは仮面を直すと馬車の荷台に手を向けながら答えた。

 それを確認すると門番は門に向かって両腕で丸を作る。どうやら彼らの警戒は解けたようだが、


「ど、どういうことなんだ?」


 門番に聞こえないよう小さな声で問いかけたジンに対して、アンドレは何も答えず手のひらをジンに向けるにとどまった。

 今は待て、という合図だと捉えジンはそれ以上何も言わなかった。


 それから少しして、門番がもう1人荷台の方にやってきた。


「冒険者がこの馬車のオーナーだったか。知っているとは思うが、危険なものがないか荷台の中身を確認させてもらう」

「わかった」


 ブロンズのプレートを見ながら話す門番の言葉に対し、ジンは特に断る理由もなかったため素直に荷台から立ち上がる。


「ふむふむ、この袋は魔物素材ですね。結構数が……レッドスライムの核50!? それにドロップ品のスライムゼリーが2つもある……」

「失礼、他に冒険者の仲間はいるか?」


 荷物を確認している途中、後からやってきて作業の監視をしている門番が2人に向かって問いかけた。


「いや、出発してからずっと2人旅だが……どうした? 何か問題でもあったか?」


「荷の種類自体に問題は無いが数がかなり多い。失礼だがブロンズ冒険者1人では、とてもではないがこれだけの数を倒したというのは聞いたことがない。もしかしたら貿易等の販売目的かと思ってな。そうであればまた別の手続きが追加されるが」


 門番の台詞を手で遮り、ジンは答える。


「いや、普通に冒険者ギルドに売ろうと思っていた。それなら問題はないか?」


「大丈夫だ。しかし本当に1人であれだけ倒したのか? いったいどれだけのレベルがあればそれが出来る?」


「今は確かレベル15。職業ジョブ盗賊シーフだ」


「最も戦闘向きでない盗賊シーフでそのレベルか。にわかには信じられんが武器は短剣だけのようだし嘘ではないのだろう、相当な技術を持っていると見た。他に危険な魔物は……」

「先輩、確認おわりました。数は多いですが持ち込み禁止物等はありません」


 雑談途中ではあったが、作業をしていた門番から確認完了の合図で会話は切り上げられた。

 先輩門番は紙を受け取って一通り眺めた後、もう1人の門番に返した。


「荷物を確認したが、問題無しだ。長々と拘束させてすまなかった。最後にあそこで入場手形を受け取ってくれ」


 兵士の指し示したのは門を入ってすぐの小屋。木で作られているが屋台のように大きく正面が開かれており、中には1人の男が店番のように座っているのが確認できる。


(所謂役所仕事なんだろうけど、立ちっぱなしに座りっぱなしというのも大変だな)


 そんなことを思いながらもジンは門番たちに軽く頭を下げて、馬車とともに小屋へと移動する。

 小屋の前に着くと今度はジンだけではなくアンドレも降りてきて、小屋の男に頭を下げた。


「アンドレ様、お疲れ様です」

『うむ』

「知り合いか?」


 アンドレのことを知っている風な男の台詞に、ジンが疑問をぶつける。


『此奴もジェフや我の仲間よ』


「なるほどな。メンバーの数は多いと考えていたが、こんなところにもいるのか……」


「もしかして、貴方がアンドレ様たちが言っていた盗賊シーフですか?」


 彼が言っているのは女神からの言葉についてだろう。どのように伝達したかは知らないが、3日ほどかかるこの場所までジンのことが知れ渡っているようだった。


「女神関連のことなら俺がそうだ」


「この度は私達の仲間を守ってくれたこと、感謝します」


 椅子に座る男は、机に頭をぶつけるのではないかと思うほど深く頭を下げた。


「成り行きだったが、感謝してもらえるなら俺も頑張ってよかった」


「頑張る、でなんとかなる相手ではないですよ。王金オリハルコン冒険者というのはそういう存在です。さて、アンドレ様であれば知っていると思いますがこちらが門の通行手形です。無くされますと色々問題がありますから注意してください。……あ、それと」


 金属製の凝った意匠のプレートをジンに渡すと、思い出したかのように男は真剣な表情を作る。


「できればその仮面の効果、今後は使わないほうがいいですよ。私から見ていると少し効果が甘かったように見えました。劣化しているかもしれません」


 劣化か、とジンは考える。

 この世界は紛れもなく現実。であれば物が壊れてその機能を失ういうのはごくごく自然なことだ。何かしらの方法で時間劣化を抑える方法を考えなくては、今後のアイテムコレクトの方針も変わりかねない。


「当たり前だが、物なんだから劣化するよな……そういえば、門番に見せた顔の傷だったか? あれはどういう理屈なんだ?」


『この仮面の効果で、装備者の魔力を消費して他者に幻影を見せるそうだ。非常に高価ではあったが、この幻影でどれだけ助けられたかわからぬ……尤も“認識阻害”のおかげで“観察”や“アナライズ”ができぬ故、推測でしかないがな』


「……なるほど、そういうことか」


 ジンのEWO辞書に、“認識阻害”と幻影を見せる“イリュージョン作成”を効果として持つ防具が1つある。


(言われてみれば、“アノニマスク”と形は似ているな)


 アノニマスクはEWOにおける一般的な頭防具。レア度と性能はさほど高くないが、対人戦PVPでは基本とされるスキルを2つ持っていることから主に闘技場で目にする機会は多かった。


 仮面の輪郭や模様が大きく異なっていたことで、ジンとしてはなんの防具なのか、そもそもEWOに存在していたものなのか判別ができなかったのだ。


『何がそういうことなのかは後ほど教えてもらおう。我のことのように、我らの知らぬことが聞けるかもしれぬ』


 ジンの呟きに反応したアンドレは、その返しを待つことなく馬車の荷台に戻る。

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