第4章 伯爵領ダンジョンを攻略せよ

1 勇者とは Side:???

「閣下。タダ今戻りまシタ」

「ご苦労」


 部下である魔人の帰還報告に、私は鷹揚な態度で答える。

 薄暗がりで明瞭には見えぬが、表情は歪んでいるようだ。

これは心して聞かねばならないな。


「楽にして良い。戻って間もないが実験の報告を頼むぞ、ルイン」

「承知しまシタ、閣下」


 ルインは傅いた姿勢を解いて立ち上がり、手に持つ紙束を広げながら報告を始める。


「閣下より拝命イタダキまシタ“ゴブリン繁殖と指揮実験”、まズは繁殖からデス。植物の自生場所変更にヨリ、餌にナル魔物を森ニ確保。結果約1ヶ月でゴブリンは大量繁殖。2000匹規模のコロニー生成ニ成功、デス」


 うむ、と想定以上の結果に私は満足する。


「ゴブリンたちは元々繁殖力がかなり高い魔物だ。それでも2000匹とはかなり多いと私は思う。……周辺環境、特に魔物への影響はどうだ?」


 ハイ、と言いつつ紙を高速でめくっていく。

 先に結果報告からするつもりだったのだろうな。


「申シ上げマス。地方規模での大きナ影響ハ無いデスガ、平原の“土もぐら”の数が減少シていマス。想定ヨリは多い数が森に住処ヲ移したのデハないかト」


「成程。スライムはどうだ?」


「……わかりまセン。数が多すギマスので……少なくトモ絶滅はしていナイ、とシカ……」


「ふむ、理解した。指揮の方はどうなった?」


 今の懸念事項はひとまず後回しにし、ルインの話を促す。


「そチラは閣下からイタダキまシタあいてむを使用すルコトで、ゴブリングレートを指揮官とシタ簡易ナ軍隊を作るコトができまシタ」


「想定通りの成果だな。繁殖と指揮がほぼ成功ということは、ルインの表情を見るに侵攻そのものは失敗したようだが……原因をどう考える?」


 私が結果を言い当てたことに驚いたのか、一瞬ルインの目が見開いたかと思うとすぐに俯いて視線が泳ぎ出す。


 ……普段より厳しさを出すよう努めておるが、こう追い詰めるつもりは微塵もない。できる限り優しく語りかけるとしよう。


「私は失敗に対してとやかく言うつもりはない、そのために任せた実験なのだからな。まずはルインの率直な意見を聞きたい」


「ハイ……ふゥ。アノ町でゴブリングレートを倒すコトができるのは冒険者ギルドマスター、クラインのみとタカを括っていまシタ。私ノ情報収集不足デス」


 ルインの表情で詳細はまでは分かっていなかったが、ゴブリングレートを倒した者らがいるのか。あれのレベルは20、近接戦の強さだけなら23といったところだがそれを倒せる者、組織は限られる。


 ルインや私の情報収集でそれが引っ掛からなかった、というのはかなり気になるが……


「確かにそうかもしれんな。では、そのゴブリングレートを倒したのはどんな奴らであると考える?」


「死んダゴブリングレートは傷が少ナク、宝箱も取らレていまセンでしタ。少数精鋭、宝目的デハない……討伐ノミを目的とスル冒険者か、私の動きヲ知る何者カが森ニ潜んでイタ? ううム……」


 やはりルインには難しいか。頭は悪くないのだがいかんせん柔軟さに欠ける。


「よい、ルインの考えはわかった。詳細は後々聞くとするから今日は休め。下がって良いぞ」


「承知シ……閣下、少々宜しイデしょうカ」


 む? ルインから私に意見するとは珍しいな。


「ご気分ヲ害するツモリはないのデスが……なぜコノような回りクドイことヲするのデスカ? 閣下ノお力は絶大。その力を持ッテすレばクラインなぞ……イエ、コノ世界全てノ冒険者を鏖殺スルこともできるハズ。何故ソレをしナイのですカ?」


 ふうむ……ルインはあのお方を信奉してからまだ日が浅い。知らなくとも無理はないか。


「少し長くなる、そこに座ると良い」


 私が示した椅子にルインが腰掛ける。私も移動し、机を挟んで顔を突き合わせるような形を取った。

 さてどこから話そうかと考えていると、部屋の隅に控えていたメイドが動き出す。私もちょうど紅茶が飲みたいと思っていたのだ、さすが聡い子だ。


「ルインよ、紅茶は飲めるか?」

「紅茶ですカ? 飲めマスが……」

「それは重畳。彼女の淹れる紅茶は美味い、話を聞きながら是非味わってくれ」


 私が言い終わる頃には2人分のソーサーが机の上に置かれた。次いでカップが置かれる。いつものようにポットを温め始めたのを見計らい、私はルインに顔を向ける。


「どうして私が動かず魔物の大群を育て動かそうとしているか、だったな?」


 ハイ、とルインが頷いたのを確認して私は記憶を紐解く。


「答えの前に1つだけ確認したい。ルインは勇者ブレイブのことをどれほど知っている?」


 私の質問の意図がわからないのか、ルインは腕を組んでわずかに首を傾げている。

 が、知識がまとまったのかすぐに頭が元の位置に戻り真っ直ぐ私の方を見た。


勇者ブレイブ……あのオ方を倒した天敵でアり、高い能力ヲ持つ職業ジョブ。コノ世に1人シカ存在せず、剣モ魔法モ回復モ得意。あとハ……人間ヒューマンだけガなる職業ジョブ、クライでしょうカ?」


 ふむふむ、全く知らないわけではないようだな。そこから説明しなくて良いのは私としても労力が省けて助かる。


「一般的な知識は持っているようだな。であればそこから先を話すとしよう。ルインも私と同じあのお方の手足として動いておるのならば、あのお方が勇者ブレイブによって負け、そして封印されて今に至ることは知っているな?」


「勿論デス。勇者ブレイブパーティーの手にヨって倒さレ、気の遠クなる程長イ時間封印されテていたのデスよね?」


 ルインのその言葉に私は首を横に振る。

 やはり、あのお方からの啓示ではそう判断せざるを得ぬか。


「……閣下はあのオ方の言葉を信じテいナイのですカ?」


「そうではないから魔力を集めるのをやめてくれ。私は死にはしないだろうが、この部屋や彼女は無事ではなかろう」


 メイドの手が震え、準備が終わったであろうポットがカタカタと揺れている。私は彼女の頭を撫でて震えを落ち着かせようとする。


「……失礼いたしマシタ」


「分かれば良い。ルインの言った内容は間違ってはおらぬが、正確ではない可能性が高いのだ」


「ト、言いますト?」


 震えの止まったメイドの持つポットから、私とルインのカップに紅茶が注がれる。私はその香りを楽しみつつ一口含んで舌で転がす。


 うむ、今日も美味いな。


「あのお方は勇者ブレイブパーティーによって倒されたのではない。勇者ブレイブによって倒されたのだ」


「……?」


「ああすまない、少しわかりにくかったな。あのお方はその時の勇者ブレイブによって倒されたのだ」


「……そんナこと、あり得ルノですカ??」


 思いっきり目を見開いてルインは聞き返してくる。この情報を知れば誰でもそういう反応になるだろうな。


 文献や伝承によれば、あのお方はルインはおろか私とも比較にならない強さを持っているはず。にも関わらず単騎であのお方を倒せる存在が居たとは考えにくい。


 今の人間ヒューマンたちの脆弱さを考えれば尚更だ。


「我らの調査が正しければ、という条件付きではあるがな。故に私をはじめとした古参はあのお方の言葉、『世界を闇に落とし、全ての人を滅せよ』に優先順位をつけた。あのお方の復活を盤石なものにするため、最低でも人間ヒューマンの根絶やしを行い勇者ブレイブをこの世から無くすことが先決であるとな」


「その為ニ、魔物の軍勢ガ必要というコトですカ」


「うむ。確かに私の力があれば、ルインの言う通り冒険者の全滅くらいはできるだろう。だが人間ヒューマンの絶滅は到底無理だ。数には数を当てて効率よく、そして一気呵成に殺さねばならない。仮に今の勇者ブレイブを倒したとしても、次なる勇者ブレイブが産まれてしまう可能性が高い。いたちごっこが終わらぬのだ」


 ルインは私の主張に納得がいったのか、ほうとため息をつきながら紅茶のカップを置いた。


「……確かにそれホドの力ヲ持つ勇者ブレイブデあれバ警戒しテ当然デスね。ありガトうございまシタ。紅茶も美味シカった、デス」


「ならば良い。次の指示までしばし休め」


 私がそう言うと、ルインは立ち上がって一礼すると部屋を後にした。

 空になったカップをメイドが片付ける中、私はルインの報告を今一度思い出す。


「しかし……強力な魔物を倒せる少数精鋭。ルインが気づいたかはわからないが、件の勇者ブレイブパーティーと一致する点だ。だが今代の勇者ブレイブは別の国に居るはず……となると奴のパーティーとなるべく隠れた英雄が動き出した? 情報が少ないな。報告の詳細に何かしらのヒントがあると良いが」


 そう言いつつも、私はあのお方の像を懐より取り出す。肌身離さず持ち歩いている為に表面の凹凸は取れて表情もわからなくなっているが、滲み出る威厳は損なわれていない。

 そして像をテーブルに置き、祈りを捧げる。


「……偉大なる我らが主よ、我ら【闇の眷属】をお導きください」

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