23 夜明けのギルド、受け取る手紙
「ジン様ですか!? ご無事だったんですね!!」
朝焼けとともに冒険者ギルドに戻ってきたジンを歓迎したのは、これまでと同じ受付嬢。がらんとしたギルド内に彼女の声が響く。
「びっくりした……ああ、この通りなんともない」
「ジン様が泊まる部屋が荒らされたと聞いた時はどうなったのかと……ご無事で本当に何よりです」
彼女の言葉から、ジェフ達の元で活動していたことは知らないのだろうとジンは推察する。
ジンの良心がちくりと痛むが、ジェフたちとつるんでマールたちと戦った事実は隠しておきたい。
ただでさえそのマールのせいで、ジンの冒険者としての立場は危うい。冒険者同士の戦闘となればさらなる制裁もありうるため、ここは勘違いをさせておくべきだ。
そう結論づけ、まずは詮索を避けるようにジンは急いで依頼書を取り出す。
「こちらこそ心配させてすまない。それと受けっぱなしの依頼の完了報告をさせてもらいたいが、可能か?」
「それはいいんですが……かしこまりました」
急に話題を変えたことが腑に落ちないのか、微妙なトーンで返事をするもののそこはプロ。受付嬢は事務的な礼をすると、ジンのネームタグと依頼書、それに討伐部位を素早く確認して依頼書を水晶にかざす。
「白うさぎ9匹の討伐、確かに確認しました。ちなみにもう1つ、ビッグバード討伐依頼の受注履歴がありますがそちらはどうですか?」
「そのことなんだが……」
ジンがビッグバード3匹は討伐したが残り2匹が見つからなかったことを説明すると、受付嬢は深く頷いて答える。
「事情の方は理解しました。期限までの日数も少ないですから、中途完了にすることも可能ですがいかがなさいますか?」
「中途完了……?」
聞き慣れない単語にジンが首を捻る。
「はい。とはいえ
そう言いながらも、受付嬢は分厚い本を後ろの棚からカウンターに下ろす。タイトルは冒険者規約全集。その真ん中くらいのページを開き、ジンに見せてくれる。
「指定数の達成が困難な依頼、例えば採取量が非常に限られる薬草や群れない魔物の複数体討伐などは、依頼規定数の6割を超えていた場合に中途完了として報告が可能です。ビッグバードは空飛ぶ魔物で本来この辺りは生息域ではありませんから、残りは移動してしまった可能性が高いとギルドとしては判断できます」
受付嬢が示す規約全集の中には、確かにそのような項目が書かれている。
今回のビッグバードは、2日粘って3匹見つけることが限界だった。このペースで探していては5匹見つけるのに4日かかってしまう。EWOというゲームに慣れてしまったジンで無くても、この依頼では拘束時間が報酬との割に合わなさすぎると感じるだろう。
「冒険者の方のメリットとしては2つ。報酬は達成額の半額を受け取れること。依頼は失敗でも成功でもなく、受注そのものを無かったことにできること。つまりある程度のお金は貰えつつも成功率には影響しないんです」
指を折りつつ、受付嬢は教えてくれる。
冒険者のネームタグには依頼受注の履歴が刻まれている。依頼主側は、依頼の達成率が高い冒険者に依頼を受けてもらいたいと考えるのは当然。冒険者側もその達成率をウリにすることができる。
「注意点もあります。2件連続して中途完了はできないこと、契約金の払い戻しをしないこと、です」
それは当然だな、とジンは思った。
加えて特に語られてはいないが、中途完了の履歴自体はネームタグ側に保存されるのだろう。不正はできないということだ。
「かなり冒険者側に寄り添った制度なんだな」
「冒険者に挑戦を促しつつ、冒険者を守ることも、ギルドの役割ですから」
ふふん、と受付嬢は胸を張る。
現実に冒険者がいるこの世界では、誰かが依頼を受けなければ困る人間が出てくる。それを少しでも減らしつつ、同時に冒険者に難しい依頼を受けてもらえるよう工夫された制度だとジンは感じた。
(冒険者ギルドのトップ層はかなり現場のことをわかっているんだな)
転生前の社会のお偉いさん方も是非是非見習って欲しい、ジンはそう思ってから受付嬢に回答をする。
「ではビッグバードの依頼は中途完了で頼む」
「かしこまりました。先ほども申しましたが、次の依頼は中途完了ができませんのでご注意ください」
そう言いながら、受付嬢は依頼書に完了の時とは異なりハンコを依頼書に打ったあとで水晶にかざした。恐らく中途完了専用の処理なのだろう。
「依頼に関しては以上ですね。そうそう、ジン様にお伝えする内容があります。まずは以前マール様からの難癖……失礼、指摘のあったゴブリングレート討伐と昇格降格の件です」
難癖、の部分はもはや隠す気がないのか普通に言ってから訂正する。あの時もずいぶん激しく口論をしていたようだし、彼女のマールに対する心象も悪いのだろう、とジンは思った。
「こちら、ハクタの町ギルドからお手紙をいただいています。この通り封蝋もしたままですので、開封して私が読み上げます」
以前マゼンタからもらったものと同じ封筒、同じ封蝋のそれを、受付嬢はペーパーナイフで丁寧に開いて中身を取り出す。
冒険者としての立場は比較的どうでもいいと考えていたジンだが、受付嬢のゆっくりな動作を見ているとえも言われぬ緊張が走る。
「では読みます。“虚偽報告の件受領した。報告が真実であるかどうかに関わらず、この手の報告があった場合は君をハクタに呼び戻すのが基本だ。が、突然町を出た君のことだ。事情があるのだろうからそこまでは求めないし、結論に再考の余地はないと思っている”」
手紙に書いてある内容をそのまま読んでいるのだろう。
この口調は恐らく……
「“さて結論としては、ハクタの町冒険者ギルドは虚偽報告の件を棄却する。理由は証拠不十分。君のゴブリングレート討伐報告後すぐにギルドの調査員を森に向かわせたが、死体に魔石取り出し以外の外傷がほぼなく、毒や即死魔法以外での死傷は不可能だと報告が上がっている。故に最初の君の証言の方が真実性があると判断した。最後になるが、これからも君の旅が安全であることを祈る。ハクタの町冒険者ギルド長 クライン”」
そこまで言うと受付嬢は手紙をジンに見せてくれる。署名のサインにはジンの予想通り、クラインの名前があった。
内容に間違いがないことを軽く確認すると、ジンは大きく息を吐いた。
「ふう……何事もないってことだな。助かったよ」
ジンの一言を聞いて、受付嬢も深呼吸をした。緊張していたのは彼女も同じようであった。
「私もホッとしました。これからも冒険者としてよろしくお願いします。ところで、ハクタの町ギルドマスターのクラインから別口で手紙を預かっていますのでお渡ししておきます。私は報酬の用意と中途完了の処理をしますので、少し失礼します」
そう言うと受付嬢はジンに手紙を渡し、依頼書を片手に席を立った。
(それにしても、個人的な手紙か。魔石の鑑定額でも出たのか?)
ジンはそう思いながらも、短剣をペーパーナイフ代わりにして封を切って中身を出す。
先ほど確認したギルドの正式な文書と比べると、封筒と手紙の材質は質素なものでできていた。
“マールの件、申し訳なかった。実際に話したのだろうから分かると思うが、『鉄槌』の面々は融通がきかない。疑わしきは罪、を地で行くような奴らだ。が、彼女らの実力は確かで悪気もなく、実際に虚偽を看破したこともある以上ギルドの上層部も下手に注意ができなくてな……”
上層部でも手を焼くとは、相当やらかしてきたんだな……とジンは思いつつも手紙を読み進める。
“私から言えることは、今後は彼女らに関わらないようにしてくれということだけだ。君の実力なら、『鉄槌』を打ち負かす日もそう遠くないかもしれないがね。では、今後も期待しているよ。 クライン”
(もう打ち負かした後だとは、流石にクラインも思っていないだろうな)
はは、と乾いた笑いを心の中で浮かべていると、署名の下書かれた文章が目に入った。
“追伸 マゼンタを泣かせた責任はいつかとってもらいます シアン”
表情を一切変えず、クラインに詰め寄るシアンを手紙越しに幻視したジンは、心の中で浮かべていた笑いが表情にも出てしまう。
(すまない、クライン。そしてマゼンタ……俺は何をさせられるんだろう……)
ハクタの町に戻るのはほとぼりが冷めてからだな……などと思っていると、受付嬢が報酬を持ってきてくれた。
それを受け取り、休息に洒落込もうとジンは宿屋に向かった。
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