18 考察と決着
ジンが事前に立てた戦術は、紐解いてみれば非常に単純。
1つ。マールとの一対一に持ち込む。
2つ。回復薬を盗んで壊すか自分に使う。
3つ。持久戦に持ち込んで倒す。
実行するには1つ目が最大の問題点だったが、まさか相手が自分から解決してくれるとは思わなかった。
「ぐっ……かはっ……」
ジンの攻撃を受けるたび痛そうに血を吐くマールだが、“観察”結果上は、HPを1/10減らすのにかなり時間がかかっている。
(EWOの数値に直したらそうだな……一桁ダメージか? 全快からスタートして、倒すには100回くらい攻撃しないといけないかもな)
ジンは先程、鎧越しに腹部や肩の関節を狙う攻撃を行なった。EWOではあり得ない攻撃ではあったし、ダメージの変化に関して検証したことはなかったが、上手くいく確証はあった。
(この世界、腕や脚などに細かく部位耐久があるか、場所ごとにダメージが変化する肉質のような概念が追加されていたと考えていた。今のところは部位耐久の方が可能性としては高いか? ……どちらにせよ、これが特に
ジンはマールの背後に回り込み、短剣で腹部に浅い傷を与えつつ距離を取る。この一撃でようやくマールのHPが3/10まで下がった。
部位耐久の存在に確証を持ったのはビッグバード戦。
翼を攻撃された彼らは、HPは十分に残っていたが暴れるだけで空を飛ぼうとしなかった。移動・攻撃、どちらにも飛行が必要であるにも関わらず、だ。
(まだ仮説の域を完全には出ていないが、概ね結論は出た。本体や体の中心への攻撃はHPの減りが大きい。関節や腕などの末端への攻撃は、HPは減りにくいが部位破壊を起こして機能の大幅低下や停止を起こし得る……なるほど、アンドレの言った通り俺も
『ジン、そこまでにしておくと良い。それ以上追い込む必要はなかろう』
ジンが思考を回していると突如、ここ数日で聞き慣れたモザイク声をかけられる。手に持った“歴戦の鉄剣”は背後のマールに向けられていた。
「アンドレ」
『此奴まで気絶させたら、聞きたいことを何も聞けぬ……しかしよくぞやったな、ジン。お主が此奴を釘付けにしてくれたお陰で、戦いそのものを終結できた』
ジンが周りを見回すと、あちこちで起こっていた乱戦の音はいつの間にか聞こえなくなっていた。
倒れている影は両陣営ごちゃ混ぜになっているものの、プリーマの兵士の方が数が多いように感じた。
そこまで確認して、ようやくジンは今の状況が理解できた。
「アンドレもさすがだ。『鉄槌』の2人を倒すなんてな」
『想像以上の実力は無かったから、の』
表情は見えないが声色は非常に嬉しそうだった。
が、アンドレとジンが気を抜いていたのはそれまで。顔と剣をまっすぐ前に向け、アンドレは息も絶え絶えなマールに近づく。
『さて聞きたいことが山ほどあるが、まず最初は……お主、まだ戦う気があるか?』
その言葉とともに、またも“殺気”が膨れ上がる。ジンの顔にも脂汗が浮かんだが、圧倒していたとはいえ敵対している相手に弱みを見せてはならないと態度に出さないようにこらえる。
「……アタシの仲間と、ここにいる兵士たちを、逃がして、くれるなら、考えてやるよ」
傷だらけになり、アンドレと敵対しても尚、強気の姿勢を崩さないマール。
ここまでくると何かしらの策を疑ってしまうジンであったが、アンドレの出した回答はその考えを真っ向から踏み潰すシンプルなものだった。
『“強化斬撃”』
流れるような踏み込み、そして切り上げ。
あまりに自然な動きで放たれたアンドレの技は、真っ赤な血しぶきと
マールの右腕を、宙に舞い上げた。
「ぐぁぁぁぁあああああ!!!」
マールの絶叫が、静寂を取り戻した倉庫に響く。
(……これは中々堪えるな……)
努めて表情を変えないようにしつつも、気分が悪くなるのをジンは感じていた。
確かにジンは目の前のマール
ただ、それとスプラッタ耐性があるかどうかは話が別だ。ジンは未だ宙を舞う腕を視界から逸らして、2人のやりとりを注視する。
『さて、千切れた腕を治せる
アンドレの話の途中、ドサッ、と倉庫の地面に何かが落ちた。ジンは……それを見たくはなかったために代わりにアンドレの左手を見る。
そこにはジンの記憶通りの上級回復薬の瓶が握られていた。その効果はHPの大回復。マールの最大HPなら全快できるかもしれないが、
(部位欠損を治す効果なんて聞いたことがない。まあゲームであるEWOにはレーティング上、欠損とかは無くて当然だけど……アンドレが嘘をつく理由もないし
そう結論づけ、指摘はせず自分の頭の中のアイテム図鑑に注釈を入れる。
「わがっだ……わがっだがら……」
あまりの痛みからか、涙を流して震えながらうずくまるマールに、アンドレは剣を構えたまま片手で回復薬の封を開けて近寄る。
『約束を違えるでないぞ』
必死に首を縦に降るマールの右腕に、回復薬を振りかけていく。すると真っ白な光がマールの肩口から溢れ出し、徐々に下へと伸びていく。
数秒もしないうちに光が収まると、傷ひとつないマールの腕が現れていた。
『さて、契約成立だな。我の質問に正直に答えてもらうぞ』
『宜しい。……すまないが、しばらくそこで待っていてもらおう』
「……分かった」
アンドレは聞きたいことが全て聞けたのか、簀巻きにされたマールを地面に放置して反対側に歩く。ジンもついてくるよう合図されたため一緒に向かった。
そこでジンは、小さく頭を下げた。
「アンドレ……俺を止めてくれて感謝する」
『気にすることはない。あやつの情報次第では、ジェフや我らに深刻な被害を出す可能性もあった。我は我の目的のために動いたに過ぎぬ』
今も子鹿のように震えるマールを横目にしつつ、ジンはアンドレと会話を続ける。
「それにしても、まさかジェフが今盗みに入っている、町長の屋敷自体を囮にするとは……」
マールから得られた情報の中で、唯一『華』が掴んでいないものがそれだった。
『我も驚いた。自らの本陣を捨てて我らの拠点を攻め落とそうとする大胆な作戦、あの町長代理から出たとは思えぬな』
「全くだ。誰かが後ろで操っていると考える方が自然だな。もっとも、あの芝居めいた態度が演技だったとしても違和感が無いけどな」
『それは言えておるな』
くつくつと笑うアンドレ。だが少しして、思い出したようにマールを見る。
『してジンよ、あやつをどうする?』
「俺に決められることか?」
『当然。生殺与奪は勝者の権利だ。冒険者ギルドでの恨みを晴らしても良いのだぞ?』
ふうむ、とジンは考える。
確かに冒険者ギルドでの行為に怒りが湧かなかったわけでは無いが、今更……といったところもある。現在のマールは明らかに戦意を喪失している上、これ以上のことをする気にはなれなかった。
加えてゴブリングレートの虚偽報告をしてから数日が経過している。恐らくハクタまで情報が伝わっていると考えられるため、今更足掻いたところでその事実は変えられない。
「正直冒険者のライセンスがあればランクとかどうでもいいからなあ……回復薬は壊してしまったし、『鉄槌』が使っている武器や防具は俺には使えないしな」
『無欲であるな、ジンは』
「貰っても持て余すだけだ」
……ジンの本音としては、店売りアイテムではない“戦場の大槌”くらいは貰いたかった。
ただ、インベントリのような便利機能がない以上、どうしても目立つ上に今後も使う予定が皆無のため諦めるしかなかった。
「でもそうだな、これくらいならしてもいいか」
ジンは短剣を抜いてマールに近づく。
腕の切断にジンが直接関わったわけではないが、切れ味の悪い短剣にもマールは顔を引きつらせている。
その様子を気にすることなく、ジンはマールの近くで屈む。
「これ以上俺や、アンドレたちに関わるな……それで手打ちにしよう」
安堵の表情で何度も頷くマールを見て、ジンは再びアンドレのところに戻った。
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