17 力に劣る者の戦い方
(……アンドレは本当に何者なんだ)
ジンがアンドレの強さを知ったのはこの倉庫に来た初日の夜。互いの実力を測るため、お互いの事前情報なしで模擬戦を行った。
確証はなかったが、ジンはアンドレの
正攻法で勝つのは難しい相手のため、テレンスやゴブリングレートの時のように、カウンターやポイズンダガーで勝負をつけようと思っていた。
だが蓋を開けてみれば、ジンはほとんどの攻撃を当てることができず敗北していた。
しかし模擬戦後、ジンがアンドレの
では何が足りなかったかというと、
(アンドレ曰く、『相手を見る目と予測を回す頭は良い。足りないのは
より具体的には、
(力で劣る者が
ジンは先程、土煙の中で考えたことを頭の中で反芻する。
これが短期間でできるようになるとはジンも、助言をくれたアンドレも思ってはいない。ただ、今の状況ではそれを実施せざるを得ない。
現在、ジンは
マールは戦闘前に“観察”したところ、最初に会った時と変わらず
実にほぼ倍のレベル差がある。
EWOの世界で
(今の俺のレベルと装備なら少しだけどマールにダメージが入る。逆にマールからの攻撃で、俺のHPは半分まで削られるな……一撃ももらいたくない)
まさに背水の陣。ゴブリングレート戦よりも難度の高い完全勝利目標に、ジンの体が震えた。
その震えを見ていたか、マールがニヤリと笑う。
「ハン、自分の攻撃が効かないことを今更怖がるのかい? アタシらと戦った時点で逃がしやしないけど、ね!」
マールが大槌を振りかぶり、ジンに真正面から突撃。
(馬鹿正直と言えばそうだが、奴の防御力を考えれば当然か!)
マールからすれば、
「潰れろ!」
振り下ろされる戦場の大槌を、ジンはスレスレで回避する。大槌の長いリーチのせいで短剣での即座の反撃はできない。
「ちょこまかと! 素早い! 奴だね!!」
マールの攻撃が連続でジンに迫るが、それらも次々に回避。
(くそっ……わかってたことだが上級職の攻撃は早いな!)
筋力のおかげだろうが、アンドレよりも少し早いくらいと設定して戦術を組み立て始める。
マールは、自分の攻撃が全てかわされたというのに余裕の表情を崩さない。
「ならこれならどうだい? “強化打撃”!!」
(もうスキルを使ってくれるのか、ありがたい!)
(攻撃の軌道を読み……ここだな!)
ジンは軌道を読みつつ、敢えて大きく横に回避。
横薙ぎに大槌のヘッドが通り過ぎ、離れたジンにまで届く強風を巻き起こす。
「へえ、これも避けるかい。でもさっきより余裕は無いようだねえ!!」
(今の回避で余裕がないと読み取るくらいはできるんだな)
心の内でほくそ笑むジンに気付く素振りもなく、マールは攻撃を繰り返す。振り下ろし、薙ぎ払い、かち上げ……時折“強化打撃”。
その全てがジンにとって致命の攻撃だが、ギリギリの回避を繰り返していく。
(通常攻撃の予測がし易い。アンドレの訓練のお陰だな)
ジンは尊敬できる仮面の剣士に感謝しつつ、マールから目を逸らすことなく攻撃を更に避け続ける。
やがてその回数が2桁に届いて少しした頃、マールが呟く。
「なんで、アタシの攻撃が、当たらないんだい……?」
マールは振り下ろした大槌を、肩で息をしながら構え直した。さすがの女傑も1メートル級のハンマーを連続で振り回すのは負担が大きいらしい。
「さあな」
それに対してジンは、わざわざ武器の短剣を腰にしまって、やれやれのポーズと共にマールを煽ってみせる。
効果はてきめんのようで、顔が赤くなりこめかみに青筋も見えるようだ。
「イライラさせてくる奴だね! とっととくたばれ!!」
悪態を吐きつつ、マールはハンマーを振る。が、ジンにとってそれはあまりに大振りすぎ、今までで一番簡単に回避できた。
「なんで当たらないんだよ!! コソ泥の癖に!!!!」
マールはジンを一撃で殺そうしているのか、どんどん攻撃が大振りに、かつ単調になっている。
本人は感じてもいないだろうが、ジンの目から見ても攻撃の合間に明らかな隙が見え始めていた。
それでもジンは全く反撃をしない。徹底した専守防衛を貫いている。
(まだまだ、ようやく相手が大振りになって疲れてきたところなんだ。せめてあのスキルを使わせてから……)
ジンが警戒しているのは、
「“巨人撃”!!」
ジンの思考とマールのスキル発動が重なった瞬間、戦場の大槌がオレンジに光り出した。そしてそれは、今までで一番の速さで振り下ろされる。
ジンも全速力で回避行動に出る。
(間に合え……!!)
マールによって高速で振り下ろされたハンマーは、地面に激突するとすぐにスキルの効果を発揮した。
ハンマーのヘッド中心から轟音と、瓦礫が舞い散る。
“巨人撃”は範囲攻撃スキル。自分の武器が当たった場所を中心に時間差で、半径5メートル以内の敵全てにダメージを与える。
一体あたりのダメージも大きく減らないため、今のジンはもちろんのこと、EWOでの終盤の魔物にも有効なスキルだ。
弱点は2つ。1つは
「安全地帯があるんだよな」
マールに密着するほど近寄ったジンがひとりごちる。スキル使用者から40センチの範囲に入ったジンは全くの無傷で短剣を構えた。
間近でその様子を見たマールの顔が驚愕に染まる。
「なん、で……!?」
「悪いな。これで」
ジンは発言の途中で、短剣を突き刺す。鎧の隙間を縫って切先が彼女の体を抉った感触がした。
「スキルと鎧の継ぎ目は見切ったぞ」
「かはっ……」
(体どころか内臓までやったか? 少しやりすぎたかも……ん?)
血を吐くマールを間近に見てジンが少し後悔していると、自身の右肩に何かが乗っている感覚がして目線を向けた。
そこには金属の籠手がある。
「やっと、捕まえたぜ……!」
マールは口から血を吐きながらも、左手でジンの肩を掴んでいたのだ。
次に空いた右手が握られ、ジンに振り下ろされる。
肉を切らせて骨を断つ、を体現する一撃に、思わずマールの口角が上がる。
ーーこれこそがジンの待ち望んでいた瞬間とは、微塵も思うことなく。
「シッ!」
ジンの気合いと共に左手から飛び出した投げナイフは、マールの右腕を弾いて浮かせる。
ピーマン戦で立証した、飛び道具カウンターの効果だ。
「至近距離の備えがこの短剣だけな訳ないだろう? これで利き腕も取ったぞ」
ジンは短剣をマールの身体から引き抜き、ガラ空きの右脇へと突き刺す。鎧の隙間から血が噴き出す。
「まだだ……
マールは小さいメイスを取り出してジンに殴りかかる。
その姿は圧倒的に有利なはずのジンの背中に、冷や汗を流させるほど鬼気迫っていた。
(でもこれで、終わりだ)
「“スモーク”」
杖を通して呪文を唱えると、煙がジンを中心に撒き散らされる。真っ白な煙はジンとマール、2人共々包み込んだ。
突然の目眩しに、マールが怯み攻撃をやめてしまう。
「い、一体何が……」
「“ものをぬすむ”」
スキルの発動と共にジンの手が光に包まれ、マールのポーチの中身を掠め盗る。
「そこか!」
マールが闇雲に振ったメイスはまるで見当違いの場所を切り裂いていた。攻撃が当たらなかったのをいいことに、ジンは更にスキルを使用。
「“ものをぬすむ”、“ものをぬすむ”、“ものをぬすむ”」
追加で3回ぬすんだところで、煙が晴れる。
マールは少し側方に立つジンと、その手に持つ瓶を見て顔を青くする。
「お前まさか!!」
「“スモーク”」
効果時間が切れたことで、ジンは魔法を貼りなおした。
(今の焦り方から狙いは気付かれただろうけど、もう遅い)
ジンには、マールが焦ってポーチの中身を確認しようとしているのが“気配探知”で手にとるように理解できた。
“気配隠蔽”、“気配探知”、“スモーク”、そして“ものをぬすむ”のコンボ。これにより純
ぬすみ成功率に関わる、器用さのステータスに開きがあることは知識の上で知っている。成功率は7割といったところか。
唯一、ぬすみ耐性アイテムを所持しているかどうかが懸念事項だったが、最初のぬすみ成功で杞憂に終わっていた。
今のジンでは“スモーク”3回の発動が限度。その全てを使うことで、十分な成果を産んだ。
名前:マール
持ち物:無
「これで全部、だな」
ジンはマールから盗んだものを、全て地面に叩きつけて壊した。パリンパリンとガラスが次々に割れる音が2人の間に響く。中に入っていたのは、
「アタシの回復薬が……」
「さてこれで、スキル使用のためのMP、利き腕、それに回復手段も
なんとなしにジンが横に視線を向けると、遠くに横たわる
「そ、そんな……2対1で……」
「そしてこれでお前の命もすぐにとれる」
言いながら、ジンは短剣を操り始める。
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