14 殺到する刺客たち

 やがてその時はやってきた。


 ドンドンドン! と、何者かが倉庫の扉を叩く。


 事前の打ち合わせ通り、倉庫の明かりは消され、メンバーたちは誰も声を発することはない。

 しかしジンを始め何名かのメンバーは、倉庫の通気口から彼らの会話を聞いていた。


「ただの倉庫のようですが……」


「いや、報告では此処のはずだ」


「ですが……」


「それにさっきの扉を叩いた音、普通の倉庫にしては内側からの響きが少ない。……マール殿、お願いできますでしょうか? 倉庫の修理費や怪我人の治療費は私やプリーマ町長代理が持ちますので」


「アンタたちがそこまで言うなら仕方ないね。それにしたって盗賊らしい陰気な場所だなあ……っと!!」


 ーードゴォォォォン!!


 と、何かが衝突したかのような轟音と衝撃が倉庫に響く。


「まさかアタシの一撃で壊れないほど頑丈とはね。……じゃあ3人で一気に行くよ! せーの!!」


 ーードッゴォォォォォォォン!!!!


 先ほどよりもさらに強い衝撃には、分厚い鉄の扉もひとたまりもなかったようで、がらんがらんと吹き飛ばされていた。


 そこまでされて、灯りを発するのは魔道具を持ったアンドレが対応する。ジンの目からは、光の加減でアンドレの顔が見えない。恐らく押し入ってきた彼女らも同様だろう。


『こんな夜更けに何用だ? ……他人の物を壊してはいけないと親に教わらなかったかね?』


「ふん、他人の物を奪う盗賊風情がよく言ったもんだ……ダミ声の仮面の剣士、あんたが盗賊団の右腕だってことはもう割れてるんだ」


 マールの宣言に対して、アンドレは動揺ととれる行動は微塵も見せない。議論が平行線を辿り時間が過ぎていければ……と思った矢先、マールの後ろに立つ男が声をかける。


「更に姿は見えないが、人の気配が大勢。加えてこの倉庫自体の砦とも言える頑強さ……ここが奴等の拠点で間違い無いでしょう。やりましたな、マール殿」


 声質から、この倉庫が通常の作りをしていないと見切った男であるとジンは判別できた。


(この男は代官一味のリーダー的存在か?)


 闇討ちに成功すれば有利になると思われる。しかし先程の言葉から、男は“気配探知”を習得していると思われる。弓などの遠距離武器を身につけてはいないため、恐らくジンと同じく盗賊シーフ系の職業ジョブだろう。


(そう考えると、闇討ちは成功しづらいだろうな)


 ジンがさらなる機を伺っていると、マールが男の言葉に満足げに頷いて高らかに声を上げる。


「アタシら『鉄槌』の正義の力をもってすればこれくらい訳ないさ! さあ、皆の平穏のために倒させてもらうよ!」


 マールの宣言と同時に、大量の松明が扉の外から投げ込まれる。暗闇を炎の光が切り裂いていき、戦闘態勢の『華』のメンバー達が次々に暴かれる。


「有象無象の衆が、我らプリーマ様直属の部隊に敵うと思うなよ!」


 更にリーダー格の男が力強く宣言すると、扉からなだれ込むようにプリーマの兵士が展開した。そのまま『華』のメンバー達に襲いかかる。


「私も彼らに加勢します。仮面の剣士にはくれぐれもお気をつけ下さい」


 リーダー格の男はそう言うと乱戦の中に飛び込んでいった。


「分かってるさ……悪を振り撒く奴らに、アタシ達は負けない!」


 戦場の大槌を始め、己の武器を構える『鉄槌』の面々。それに対して、剣を抜くことなく話すアンドレ。


『ふむ、この倉庫の扉を壊したその威勢と強さは本物であるな』


「じゃあ、大人しくアタシ達に潰されな。今まで苦しめてきた皆の恨みを晴らしてやる」


『……これは報告以上であるな。まるで聞く耳を持たぬとは、のう?』


「何をーー!?」


 ジンはアンドレの合図ーー首を傾げる動作を確認すると物陰から飛び出し、風のようにマールに迫る。狙うはマールの首、ただ一つ。


 マールは呟きが終わる前に、勢いよくその場に屈んだ。彼女の頭の上を、ジンの短剣が作る一本の軌跡が通り過ぎていった。


「不意は打ったはずだが……まさかアイテムで索敵力を補完しているのか?」


「その声は……嘘吐きの冒険者か!? やっぱりお前、こいつらと繋がってたんだな。ギルドで会った時から怪しいやつだと思ってたんだ」


「こいつらとは、お前と出会った後に知り合ったんだが……」


「知らないね。お前が盗賊団側の人間としてアタシに攻撃を仕掛けてる時点で、お前はアタシ達の敵だ。殺されに来たことだけは褒めてやる」


(知らないって、自分が聞いたくせにな)


 ジンが呆れながらそんなことを考えていると、


「お前達は手出しするな! 2人で仮面の剣士の相手を頼む! ……こいつをとっとと殺した後で、合流する」


 マールから発せられる、ギルドで出会った時よりも強い闘気を浴びるが、ジンは全く怯むことなく返す。


「そこまで殺意を向けられることをした覚えは、さっきの攻撃以外に無いんだけどな」


「ゴチャゴチャうるさいぞ盗賊風情がああ!!」


 マールは躊躇なく、ブォン、と命をとる不気味な風切り音がするほどの勢いをつけて、ジンに大槌を叩きつけた。


 ーードガァァァァン!!


 倉庫の床を割った衝撃で石や埃が舞い上がり、ジンとマール、2人の姿を隠す。


「ちっ、かわしたか」


 マールの呟きを静かに聞いたジンは、彼女の位置を“気配探知”で確認しつつ、さっきの一撃から戦略を組み立てる。


(ランクアップしたての戦士長チーフ・ファイターと戦場の大槌の組み合わせだと……今の防御力なら一発貰っても瀕死だな)


 思考しつつも、土煙が晴れる前、マールの影が映った瞬間にジンは投げナイフを投擲。


 高速で飛ぶ刃は、彼女の鎧に簡単に弾かれた。


「そこか!」


 マールは大槌を正面に構え、ナイフが飛んできた方向に突撃。

 ジンに当たれば結構なダメージを負うだろうが、そこは彼も織り込み済み。ナイフを投げた瞬間から既に移動に入っており、もう彼女の動線上には居ない。


(さて、アンドレの教え通り動かないとな……“力で劣る者が対人戦PVPで勝つには、いかにして相手を騙し相手を暴くか”……だよな?)


 土煙が晴れ、松明と倉庫に設置された魔法の光源によってお互いの姿が再び明らかになる。


「さっきの投げナイフには驚かされたけど、コントロールも力も無いみたいだね。あれくらいじゃこの鎧が破られる訳ないよ!」


 マールはご丁寧に、ナイフの当たったと思われる箇所を指差して見せつけてきた。

 投げナイフが当たった箇所はマールの左側面。ジンが確認した限り、傷が少しついている程度か。


「やってみないとわからないだろ」


 ジンはそう言いながら、いつもの短剣を右手に、投げナイフを左手に構える。


 お互いの間合いは、おそらく5メートル程度。ただ、マールの戦場の大槌がその1/3を食い潰している。

 いかにして攻略しようか、ジンが頭を回していると、


 ーーとてつもない“殺気”を、感じた。


 自分に向けられたものではない。

 そう分かっていても振り返らざるを得ないほどの強烈なそれに、敵味方関係なく目が行った。


 その中心には、


『ふむ、この圧で倒れぬか。お主らの覚悟、本物と見える』


 腰に身につけたその剣を抜き、『鉄槌』の2人へ悠然と歩き出すアンドレの姿。


(……アンドレは本当に何者なんだ)


 ジンは模擬戦でアンドレの職業ジョブとレベル、そして実力を知っているからこそ疑問に思う。


 ーーテレンスに毛が生えた程度、レベル19の剣士ソードマンが到底身につけられる覇気ではないのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る