11 本当の『華』

 ジンはジェフたちに連れられて、モルモの町の、かなり外壁に近い場所までたどり着いた。


 ジェフの巨体や華の刺青が気になるところだったが、夜が深かったことに加え人に見つからないルートを選んでいるようで誰とも会わなかった。


「さあて、ようやく俺たちの拠点のお出ましだ」


 ジェフが示す先は、外見には特徴のない建物。近くに農具が台車があることを考えると倉庫のようだと推測できる。


「ここは元々食料備蓄用の倉庫として使われていてな、ある程度頑丈ではあったんだが老朽化で打ち棄てられていたんだ。それを俺たちが借りているって状態だ」


「借りる……?」


「おうよ。元々の持ち主とちゃんと話し合った上で合法的に借りているぞ」


「まさか借りるという体で恫喝しているとか、99年無料で借りるとかか?」


 ジンは日本の中学で散々学習する歴史を頭に思い浮かべながら語った。

 その回答にジェフだけでなく、ジンの後ろに着いてきていた2人もハッとする。


「お前、99年タダ借りとか、とんでもないことを考えるんだな。悪徳貴族でもそこまでしないぞ普通……実は腹黒かったりするか?」


「失敬な。似たような話を知っているだけだよ」


 ジンは苦笑いとともに答える。ジェフの顔は引きつっていたが、ジンはそれを努めて気にしないようにした。


「まあ、実際この元倉庫は普通に借りてるんだよな?」


「そうだ。ちゃんと毎月家賃も払ってるさ」


 そう言いながら、ジェフはドアノブ式の倉庫の扉に手をかける。


 鍵は無いように思えるが、ドアノブを一方向ではなく複数回別の方向に回したことでその考えは間違っているとすぐにわかった。

 ダイヤル式の金庫のようなものだろう。


「ま、こんな感じで一部改造させてもらっているが、それも許可を得てやっている」


 不意にガチャン、と鍵が開く音がしたかと思うとひとりでにドアが開き始める。


「ようこそ、俺らの拠点に」


 ジンたち全員を招き入れ、扉が閉まったところで倉庫内の灯りがともる。

 ほとんどがロウソクのようなものだが、一部蛍光灯のような人工的な光も見えた。


「「「ボス、おかえりなさい!」」」


「おうお前ら、こいつが例の紙に書いてあったジンだ。まだ正式に協力を約束してくれたわけじゃない、客人として扱ってくれ」


「「「了解しました!」」」


 元気よく返事をしてくれた彼らが『華』の構成員なのだろう。

 灯りに照らされた彼らの様子は、ジンのイメージしていたファンタジーでよく見られる盗賊団とは違う。なんというか、


「なんというか……そうだな、荒事には向いていなさそうだ」


 ジンが思わず呟く。


 彼ら全員は、言ってみればごく普通の青年たち。服や体型も、モルモの町やハクタの町でよく目にするものだ。とても脛に傷があるような人種には見えない。


 ジンはその様子から、彼らの実態がますますわからなくなっていた。

 町長代理の依頼やギルドでの盗賊団のイメージと、今目の前にいる彼ら、特にジェフの人物像とがまるで一致しない。


 それを聞いたジェフは、彼に向き直り説明する。


「さて、今の言葉を聞くにジンの頭は疑問でいっぱいってところだろうな。答えを言っちまうと、俺の盗みの対象は、私腹を肥やしまくっているクソ貴族や、あくどい商売をしているがめつい商人どもだ。貧乏人からむしり取るような真似をしたことはこれっぽっちもない」


「……証拠はあるか?」


 ジンの言葉に、ジェフは肩をすくめる。


「時々お貴族サマみたいなこと言うなあ、ジンは。まあそんなもんあるわけないが、うちのメンバーの“観察”をしてみてくれ。少なくとも盗賊“団”ってのは誤りだって気づくはずだ」


 言われて、ジンは ジェフの後ろに整列する彼らを順に“観察”していく。


 剣士ソードマン戦士ウォーリア戦士ウォーリア騎士ナイト剣士ソードマン戦士ウォーリア……


 全員を見てもそれら3つ以外の職業ジョブを持つ者はいなかった。


「ジンのことだ、ここにいない人間がいるんじゃないかって疑うだろう。ここにいない人間は多いが、実働は基本俺だけだ」


「……盗賊団なのにか?」


「そうだ。俺たちは、いや俺は、自分にだけ富が集中する奴らを狙って盗みを繰り返している。そしてそれらを、モルモの町のような比較的貧しい村に還元している。金や食料、衣料という形でな。今回は食料だな」


 ジェフが指す先は倉庫の端。そこに大量の木箱が積まれている。その中身が全て食料だと思うと、かなりの量になる。


 そこまで説明されて、ジンの頭に1つの説が出てくる。


「それらを、子飼いの商人たちに安く売らせるってことか? そして商人たちのコネの中に、俺への協力の対価に提案してきた魔物素材の販売ルートを持つ人物がいる、と」


「その通り」


「……つまり、今モルモの町に潜む盗賊団と、ジェフが率いる盗賊団は別の存在。そう言いたいわけだな」


「察しがいいな、助かるぜ。モルモにきた目的は見ての通り還元。この動きがどっかから漏れているのか、俺がここに着く前には冒険者ギルドに俺の捕縛依頼が出ている、そこまでは確認できた」


 だから、と前置きをしてジェフは語る。


「そのクズな盗賊団と、バックに居るであろうクソ代官を叩き潰したい。とはいえ人数も戦力もまったく不明。俺たちのメンバーに調べさせてもだ。だから、女神サマが目をつけるほどの盗賊シーフだったら戦力になるんじゃないかと思ってな。事実ジンは、王金オリハルコン冒険者でも苦戦するような魔物を単独で討伐しているようだし」


「だが俺のレベルは、」


 言いかけた言葉を、ジェフが手で遮る。


「それは俺も“観察”したからわかってる。それでも協力を頼みたい。内容は俺がいない間のこの倉庫の防衛。奴らは俺の動きを知っている可能性がある、つまり狙うなら俺がいない盗みの瞬間の可能性が高い」


 ジェフがどれほどの強さを持っているかはわからないが、大した自信だ。


「ジェフのことも“観察”させてもらっていいか?」


「むしろやってなかったのか。ジンの誠実さには頭が下がるなあ……」


 本当に頭を少し下げたジェフに向かって、ジンはスキルを使用する。


「他人の情報を覗き見るってことは、信頼していない証になるからな。極力覗かないようにしているんだ、が……」


 ジンは話しながらも、項目の一部に驚きが隠せず表情が落ちてしまうのを自分でも感じていた。


 名前:ジェフ

 種族:人間ヒューマン

 HP:10/10

 MP:10/10

 レベル:義賊シヴァロバーレベル27

 持ち物:有

 状態:正常


 真剣な面持ちのまま、ジンは尋ねる。


「ジェフ、教会に行ったのは職業ジョブ授与の一度切りって言ってたよな? 何を貰ったんだ?」


 首を傾げたジェフは、ああそうかと呟いてすぐに答えた。


「最初は盗賊シーフだったさ……義賊シヴァロバーって聞いたことない職業ジョブだよな。多分盗賊シーフの上級職、盗賊頭ヘッド・シーフと似たようなもんだと思うんだよ。スキルも盗賊頭ヘッド・シーフと一緒だし」


「なるほどな、初めて聞いたからわからなかったよ」


(なんて、そんなの嘘に決まってるけどな……今はさすがに隠させてもらおう)


 義賊シヴァロバー盗賊シーフの派生上級職。

 普通の上級職である盗賊頭ヘッド・シーフと、取得できるスキルは大きく違わない。

 異なるのは基礎ステータスで、盗賊頭ヘッド・シーフよりも攻撃力が高く、防御力が低い。

 スキル的な真価を発揮するのは最上級職だから、しばらく先だ。


 なお、義賊シヴァロバーの派生可能条件は分かりやすいが難しい。これがEWOと同じであれば、ジェフはかなり信頼のおける男ということになる。


「でも、途中で職業ジョブが変わることなんてあるんだな」


 派生条件を探りつつ、マールが現れた時から気になっていたことを尋ねた。

 本来の職業ジョブ変更方法は女神像をしらべること。彼らがどのようにして上級職を得ているのかが分かればそもそも“ポータブル女神像”を必死になって求める必要はないのだ。


「あの時は俺も驚きだったよ。才能あるやつだけが職業ジョブを変われるって聞いたことあったんだが、まさか戦うのをやめて盗みを始めてから起こるなんて思わなんだ」


「確かにな」


職業ジョブの変更方法はまだわからないが、派生条件はほぼ確定。本当に彼は義賊なんだな……)


 義賊シヴァロバーの派生条件はその名前通りのことをすればいい。

 具体的には、“盗んだものを売り、そのお金で10万クルスの寄付をする”ことだ。


「じゃあ話も聞かせてもらったし、やることはやらせてもらおう」


「お、それってもしかして?」


 ジンの発言に、ジェフが巨躯に似合わぬキラキラした目で見つめてきた。


「ここの防衛をする方針で動くつもりだ。ただ、俺のレベルアップやそれ以外の情報も加味した上で具体的な方法を決めておきたい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る