10 ジェフの要望
「おーおー、
「そこ、そんなに褒めるところか?」
扉から入ってきた大男、ジェフは頭を上げて感想を漏らし、対してジンが思わずツッコミを入れてしまう。
彼が選んだ宿はハクタの町でお世話になった“白鳥の旅立ち亭”とほぼ同等のランク・内装のもので、1人用のベッドと小さい机と椅子があるだけだ。
「ああ、褒めるところだよ。ハクタの町防衛戦の参加者には一律10万クルスが支払われている。それをあぶく銭として豪勢にやった輩も多いと聞くぜ? 普段そんな金をいっぺんに手にすることのない低ランクの奴ほどな。それを考えたら、この現実を見て動いている感じは好感が持てるってもんだ」
「はあ……そりゃどうも」
「と、まあ掴みの雑談はこれくらいにして話をしよう。ジン、と呼んでいいか?」
「いいぞ。こっちもジェフ、と呼ばせてもらっていいか?」
「勿論だ。もし俺たちの仲間になってくれたら、ボスって呼んでくれていいぜ」
はっはっは、と気持ちよく笑うジェフ。こっちもつられて笑いそうになるが、それはこらえる。
相手は盗賊団の頭領。そして側には腕の立ちそうな仮面の剣士もいる。何かしらの琴線に触れてしまうよりは、警戒しつつ多少無愛想なくらいがいいとの判断からだ。
さて、とジェフが床に胡座をかいて座る。元々の身長が高いために、座ってもそこまで目線が下に落ちてこない。
「まず一番気になってるだろう、その紙についてだ」
ジェフはジンが持っている付箋がついた紙を軽く指してから続ける。
「とはいえわかってることはすごく少なくてな。ごく少数のメンバーしか読めなかったこと、俺の仕事用の机にその紙がいつの間にか置いてあったこと、くらいなんだ」
「……そうなのか。すまないが、少し考える時間をくれ」
(正直に話しているとするなら、ジェフやその文字が読めたメンバーは転生者ではないということだな。だったら何故、日本語を読める人と読めない人が現れたんだ?)
ジンはジェフの言葉と、その背後にある女神の意図を考える。
文字が読める人と読めない人の差は情報が無いため分からないが、これが付箋通り“女神”由来のものとするのなら、ジェフをはじめとしたごく少数のメンバーは女神に選ばれた者達ということになる。
(では、転生者の俺以外が選ばれる理由はなんだ? 俺のように
うんうんと唸るが、やはり情報が少ないため結論は出ない。
EWOをはじめとしたゲームであれば、彼らと協力することで物語が進行していくのだろう。
ただ……
「すまない、時間をとらせた」
「いいんだ。考えることはいいことだからな。俺には女神サマの考えてることなんかわからないんだが、こうしてジンと膝を付き合わせて話ができたんだ。感謝はしなくちゃな……さて、俺からのジンへのお願いは、俺の仕事に協力してもらうこと……がベストだったんだが無理そうだな」
ーー犯罪組織に協力する気は無い。
ジンの表情が心情に合わせてこわばったことを察してか、ジェフは自身の提案を即座に却下した。
「う〜ん……じゃあ、この仮面の怪しい奴と一緒に今ある拠点を守ってもらおうかな」
と、ジェフはその仮面の人物を手招きする。呼びかけに応じて音もなく動き、ジェフの真横に立った。
「こいつはアンドレ。訳あって俺以外の人間には素顔を見せられないんだが、剣の腕と忠誠心は確かだ。あと、こいつの仮面には“解析阻害”が付与されていてな、
「まあ、問題はないと思うが一度やらせてもらっていいか? どんな風になるか確認したい」
ジンの言葉に、ジェフはどうぞ、と手で促す。
「“観察”」
スキルを発動させ、アンドレの体をその目にとらえる。
……2秒待って何も反応がない。
そのまま待ってみる。追加で2秒、3秒、4秒……と経ってもジンの頭には何も流れてこなかった。
「なるほど。阻害されている状態では“観察”をしても何も起こらないんだな」
「そういうことだ」
『……ジェフよ、もうよいか?』
ジンは一瞬誰の発言かわからなかったが、仮面がジェフの方向を向いていることからアンドレが言葉を発したのだとわかった。
人物が分からなかったのはその異常なまでの低音。認識阻害の仮面が原因だとは思うが、ニュースやドキュメンタリー番組でたまに耳にするプライバシー保護用のモザイクをかけているような音だ。
「ありがとうアンドレ。そのまま周辺の警戒を頼む」
『あいわかった』
それだけ言うと、アンドレは元いた場所に下がった。
「さてと、交渉の続きをしよう。役割はこっちの要望通りじゃないがうちから出すものは変えない。さっきこいつが言った通り、盗賊団の情報と魔物素材を専門とする商人とのコネクションだな」
言いつつも、ジェフは後ろに縮こまっている男を指差す。
「おら、いつまで縮こまってるんだ。いつもの堂々とした態度はどうしたよ?」
「いやあの、直接知らない人と顔を合わせるのは好きじゃないというか……」
「……まあその人見知り解消のために、練習がてら扉越しの交渉やってもらったんだが、ちょっと早かったか? すまないな、ジン。うちのメンバーの見苦しいとこを見せちまって」
ジェフが軽く頭を下げるが、ジンは首を横に振って答える。
「構わない。その男もアンドレと同じように重要な役割を任されているのか?」
「いいや、さっきも言ったがこいつのは訓練だ。実家が商家だったからそれ関連のことをさせようと思ってたんだが、このあがり症でな。とても客や業者の前に出せる状態じゃないんだ」
ジェフにそう言われた男が、ますます小さくなっていくのをジンは生暖かい目で見ることしかできない。
ただ、疑問も湧いてきた。
「ジェフ達は盗賊団、他人から物を奪うことが生業のはずなのに商人関連の仕事があるのか? 提示してくれてる商人とのコネクションにしてもそうだ。どうにも普通の盗賊団ではないような気がするが」
ジェフはジンにそう言われて、多少面食らった顔をしたが、すぐに納得したのか手を打った。
「ああ、ジンはあの
その言葉にはアンドレも商人見習いの男も頷いていた。
「見ればわかる、というやつか?」
「ああそうだ。アジトに連れて行ったからって無理やりメンバーに入れることはないから安心してついてきてほしいんだが、どうだ?」
「……わかった、ついて行こう。もともと拉致監禁をしようと思ったら、アンドレを動かせば済む話だからな」
ジェフはジンの言葉からやりぃ、とばかりに指を鳴らした。
「そうと決まれば話は早いな。……あ〜、ちょっと待った。ジンの面子を立てるためにも、宿の主人には悪いが少しばかし細工をさせてもらおう。アンドレ、プランその2の最初だけ頼む」
『最初のみだな、あいわかった』
そう言うとアンドレは、入り口から部屋の外に出て行き、扉を閉じた。
『では参る』
「いいぞ〜」
アンドレとジェフの短いやり取りの後、それは起こった。
一瞬だけ扉が光ったかと思うと、扉が4つに切断されたのだ。
その向こうには、アンドレが居合抜きの要領で抜剣したまま佇んでいる。仮面の剣士は姿勢をただした後、音もなく納刀した。
(これは腕が立ちそう、ではなく腕が立つ、だな)
ジンが戦慄しているのをよそに、ジェフは気楽な態度で語り出す。
「これでジンは、“盗賊団に拉致されたから仕方なく協力した”っていう言い訳ができるな。じゃあついてきてくれ」
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