8 『鉄槌』のマール
「これだけピーマンがあればしばらく料理には困らなさそうだけど……このピーマンって俺の知るピーマンと一緒なのか?」
ジンは目の前に山のように積まれたビーマンの亡骸を見て、そんなことを呟く。
「ヘタは全てとったから問題なく料理できるんだろうが……なんとなく魔物を食べるのは、なあ?」
と、誰ともなく話しかけたりする余裕もある。
ちなみに、これだけの数のピーマンを倒したことでジンのレベルは12に上がっていた。
スキルを取得するのは次のレベルなので、特に喜びが大きいわけではない。
「さて、気の向くままピーマンの相手をしていたわけだけども」
と、ジンは向こうに見えるオオカミの肉を見ながら考える。
「ビッグバードは肉を取りに来るどころか姿も見えないなあ……。これは今日のところは諦めたほうが良いか?」
新たな情報が入った可能性もあるしな、とジンは自分を納得させて帰路についた。ピーマンの死骸は、自分で今日食べ切れる分だけ持って帰ることにした。
すっかり夕暮れになったモルモの町に帰還し、早速ギルドまで向かう。
その道中、今度は白うさぎとピーマンの素材でいっぱいの麻袋を町の人たちによく見られていた……気がする。
(盗賊団のせいか、部外者である俺に興味を持つ人はいても話しかけられることはないな。もともとそういう気質の人たちが集まっているのかもしれないが)
ジンはそんなことを考えながらギルドの前まで戻ると、何やら建物の中から大きな声が聞こえてくる。聞き取れた言葉や勢いから、どうやら口論をしているようだ。
(ギルドの中でやるとはまた、大胆なことだな。冒険者なら自分のランクに響いてもおかしくないだろうに)
ギルドの扉を開くと、よりはっきりとその内容を掴むことができた。
音の出所は身の丈を大きく超えるハンマーを持った女性と、今日対応してくれた受付嬢のようで、2人のその剣幕からか肝っ玉が据わっているはずの先輩冒険者が誰も近づこうとしない。
ジンも傍観を決め込むが、女性のハンマーが気になった。
(あれは“戦場の大槌”だな。柄の形や柄は違うが、先端の打撃部分の意匠は同じ……風の祝福の杖もそうだったな。柄では武器の性質は変わらないということか?)
そういえばソル殿やテレンス殿はどうしているだろう、なんて物思いにふけている間も2人の口論は続いている。
「だからその男の居場所を教えろって言ってるんだよ!」
「いい加減にしてください! わかるわけないじゃないですか!!」
激しく騒ぐ2人を見て、買取などはまた後日行えばいいやと回れ右をしたが、受付嬢によって引き止められる。
その声は救世主を待ち望んでいた民のように希望に満ちたものだった。
「ジン様!!」
「……その女性が探していた男、っていうのは俺のことか」
「ああそうだ。ハクタの町から来たジン、ってのはお前で間違いなさそうだな」
振り返った女性は一般男性のジンとほぼ同じ背格好であるが、全身を覆う金属鎧に身を包んでいるために非常に威圧感がある。
顔は勝気な美人といった感じではあるが、眉間に寄るシワと小麦色というには少し濃すぎる焼けた肌から、戦場を生き抜いた傭兵といった印象を受ける。
「どんな男かと思っていたら……本当にコイツがゴブリングレートを倒したのかい?」
「もうその話が届いたのか」
「ああそうさ。お陰でここまで約1週間かけて急ぎで来た金と、予定がパァだ」
「……? なぜあんたが急ぎでここまで来たんだ?」
柄の長さを含めて2メートルに届く戦場の大槌を、なんと片手で構えた彼女は語る。
「アタシはマール。
「……ああ、そういえば」
ギルドの緊急依頼を受けるときにそんなことをクレインが喋っていたな、と手を打って納得した。
ジンは浅い角度ながらも頭を下げる。
「それに関してはすまなかった。わざわざ王都から来てもらっていたとはな……」
実のところ、ジンには王都がどこにあって、普通ならどれくらいかかるものなのかわかっていない。
相手の話に合わせておこうという魂胆だ。
「アンタが民のためを思って行動したならその心意気は評価する。だけどね、こんな薄汚れた
(今の口ぶりからすると、マール殿はゴブリングレートと戦ったことがあるということだな。実際、魔法を使う
EWOでの経験から、ジンはそう推察する。
ただでさえ物理耐久が高く、攻撃力も同じレベル帯の平均より上。特にマールのようなゴリゴリの物理型との相性は悪い。
「俺が倒したってことが伝わってるなら、その討伐方法は伝わっていないのか?」
「その討伐方法が信じられないって言ってるのさ! 10分近くも攻撃をかわし続けるなんて、アタシの知る冒険者じゃ
マールは槌をぐいっとジンの顔に近づけつつ、さらに威圧を強めた。
さすが最高ランクの次席である
「単刀直入に聞こう。アンタは誰から成果を奪った?」
「誰からも。それこそギルドの報告通りだ。まさか嘘をつくとでも?」
「ああ。アイツをソロで倒せたとなれば昇格にはさぞいい影響があるだろうからね。」
「ふうむ……」
確かに筋は通っている。
客観的に見て、ジンのレベルでゴブリングレートを討伐したことを真実と受け止めるのは難しい。
また、ジンのランクはゴブリングレートの討伐(と
「それで? しがない
「簡単だ。ゴブリングレート討伐の報告を今すぐ撤回しろ。アタシは
「
「じゃあ証明するか? チャンスはやるさ。アタシと戦いな。善戦できたらこの槌を引っ込めてやるよ」
「それは無理だな。今の俺では戦いにすらならない」
振り返って会話し始めた時からジンは彼女を“観察”しており、重要な情報のみ頭の中に残しておいた。
種族:
レベル:
(
EWOでは、ダメージが0の場合はノックバック以外の補助効果も無効化されていた。つまり、ゴブリングレートを葬ったポイズンナイフはマールとの戦闘で使えない可能性が高い。
テレンスの時よりも簡単に、純粋なステータス差で押し切られてしまうだろう。
(あの時はレベルアップという目的もあったが、今回の模擬戦にはそれに類する旨味が無いし、勝利する道筋も見えない)
そこまで考えた上での結論だったが、マールは勝ち誇った笑みを浮かべている。
「ハン。やっぱり嘘だったんじゃないか。アタシとやりあえないようじゃアイツに勝てる訳ないんだからね」
ジンは深く息を吐き、先ほど考えたことをマールにも説明する。
「報告にもあったと思うが、ゴブリングレートに勝てたのは奴に毒が通じ、ダメージが入ったからだ。レベルが倍以上違う先輩に、俺の刃は届かない。仮に防具を外し、練習用の武器を使った模擬戦でも一緒だろう」
「ふうん……で? ゴブリングレート討伐の撤回はするってことでいいね?」
(全く響かない、か)
模擬戦で負けるまで自分の主張を曲げる気が無いと感じたジンは、マールに向かって深く腰を折る。
「では撤回します。ただ、申し訳ないですがハクタのギルドにこの事実が届いて俺の沙汰が決まるまでは、
「ふうん、まあその辺が落とし所ってとこだね。じゃあアタシがその報告内容を見ておいてやるよ」
嘘をつかないように監視してやる、と言外から簡単に読み取れた。
「あの、ジン様……本当によろしいのですか?」
受付嬢はジンの背後から小声で話しかけてくるが、ジンは頷き、マールにも聞かせるよう敢えて普通の声量で話す。
「虚偽報告なら降格か、最悪ネームタグの剥奪だろうな。前科がつけられたりしたら……少し厄介ではあるが、確か違うよな?」
「はい、規約上は重大な虚偽報告でない限り罪にはなりません。今回はすでにゴブリングレートの撃破自体は確認できていますから、そこまで重大ではないかと……」
「だったら、素材売却っていうクルスを得るメインの手段を失うくらいだな。正直痛いが、行商人に魔物素材を売ったり、護衛として雇ってもらったりといくらでもリカバリーはできる」
ジンの本音としては、何も生まないこんな騒動は早めに切り上げて明日への英気を養いたかった。
本当に必要なのはドロップアイテムと、新しい魔物の情報及びそいつらに勝つための強さ。
ジンとしては金稼ぎの一番楽な方法として冒険者を選んでいるだけだし、強敵と戦ってアイテムを取ったらおまけでランクアップが付いてきた、くらいの感覚でしかない。
「わかりました……では虚偽であったことを書かせていただきます……」
受付嬢は俯きながらも書類を丁寧に書いていく。
出来上がった書類には、ジンがゴブリングレートを単独撃破したことが嘘であったこと、証人として
マールも内容を確認し、すぐに受付嬢に返した。
「現在はギルド長が不在ですので、戻り次第ハクタの町へ連絡致します。結果は、早くて4日で返ってくるかと、思います……」
「わかった、4日だな。それまで冒険者として全力で取り組もう」
ジンは強く宣言し、今日のところは依頼の報告や買取受付をせずにそのまま宿屋に戻ることにした。
そんなことができる雰囲気ではなかったし、何より最悪を想定した内容に、計画を練り直す必要があったからだ。
ジンは冒険者やギルド職員たちに見送られながらも、声をかけられることはなくそのままギルドを出た。
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