9 悪の『華』
「さてさて、どうしたもんかな」
宿屋に戻ったジンは、ハクタの町で買った手帳を開いて考えていた。
ギルドでの一騒動の後すぐに宿屋に戻りずっと考えて夜になっていたが、まだこれだという結論は出ていない。
今回の一件で、最悪冒険者の資格剥奪の可能性が出てきた。
直接的な悪影響は、ジンがギルドで語った通り素材売却というクルス獲得のメイン手段を失うこと。副次的な影響は考えたらキリがないのだが……
「ひとまず簡単なところからだと、商人との個人的な繋がりを作る必要があるな。今日話した行商のおじさんと話してみるか?」
明日もあの場所にいればいいんだが。そう考えていると、不意に部屋のドアがノックされた。
(誰だ?)
ルームサービスやデリバリーを頼んだ記憶はなく、かつこんな時間に訪ねてくる人間がまともであるはずがない。
ジンは警戒の度合いを最大まで引き上げた。次に短剣と投げナイフの位置を手で確認し、最後に静かに窓を開ける。
(独り言を話していたから、恐らく居留守は無理。そうなると出るか逃げるかの二択だけど……)
窓際で悩んでいると、部屋の扉の隙間から1枚の紙が滑り込んできた。更に、扉の向こうから声がかけられる。
「あー、俺たちはそういう者なんだが、意味はわかるな?」
言われて、ジンは恐る恐る紙を手に取る。
そこには薔薇のようで百合のような、この世界に来て初めて見た『花』のイラストが描かれている。
そこから推測できる組織を、ジンは1つしか知らない。
「お尋ね者の盗賊団が、俺に何の用だ?」
「うちのボスが貴方と話がしたいと仰っている。受けてくれるなら、その紙にある建物に来て欲しい」
イラストの裏には丁寧な地図が描かれていた。
塗りつぶされた建物が今いる宿屋だとすると、指定された場所は徒歩で行ける距離。しかも恐らく町の中だ。
(大胆なことをするもんだ……それだけこの盗賊団が根を下ろしているということか?)
「構成員の勧誘か? あいにく間に合っているんだが」
「冒険者じゃなくなるかもしれないのにか?」
「……知っているのか」
「あれだけ騒がれれば、ギルドの近くにいる人間なら誰もがわかると思うぞ」
それもそうなのだが、この手の組織にしては情報の回りと実行するまでの時間が早いとジンは感じた。
「さっきの勧誘というのは冗談だ。俺みたいな下っ端には、ボスが貴方を呼んだ理由までは聞かされていない」
「……」
「答えないなら話を続けるぞ。ボスは貴方へのメリットとして、盗賊団の情報と、魔物素材を専門とする商人とのコネクション提示を提案していらっしゃる。悪い話ではないだろう?」
「お前たちの組織は後ろ盾がある、ということか?」
扉の向こうの男はその質問に答えない。
「お前が答えないならこっちも話を続けるぞ。提示条件は確かに魅力的だ。ただ、犯罪組織に手を貸すことはできない。意味が見出せない」
「それもまた真、だな」
今まで話していた男とは違う声が、ジンの元にまで届く。
(新手か? それとも隠れていた??)
「ボ、ボスぅ……」
扉の前で先程まで話していた男の声には、隠しきれない震えがある。
(でもなんだろう、畏怖しているという感じではないような……?)
「ウチの部下がすまない。こいつはまだ交渉が下手でね、こっちが伝えたいことを伝えきれてないみたいだから手助けに来たんだ」
はっはっは、と呑気な笑い声が聞こえてくる。
「あんた、貴重なアイテムを求めてるコレクターなんだって?」
「ああ、そうだが」
ジンはなんの気無しに答えたが、後から疑問に思った。
(そのことを、誰かに話したことがあっただろうか)
「おっ、よかったよかった。じゃあ
「おいお前、何を言って……」
「あー俺が自分でも訳わかんないことを言ってる自覚はあるんだ。でもな、こいつを見たらきっとあんたも驚くぞ」
そう言って、再び部屋に紙が1枚滑り込まれる。
紙にはパステルカラーのチープな紙が3枚貼られていて、見たことのある丁寧な字でこう書かれていた。
『モルモの町に行ってください』
『ジンというコレクターの盗賊と会ってください』
『それまで教会で祈ってはいけません 女神』
思わずジンは息を呑む。
(俺に図鑑をくれた存在と同じだ。字も、伝達方法も、何もかも)
「読んだか? ……というか読めたか? ミミズが這ったような奇妙な字のはずなのに、俺らの中でも限られたメンバーは読むことができたんだ。こいつは女神サマのお告げなんじゃないかって、皆妙に惹かれてな」
興奮するように捲し立てるボスは、更に続ける。
「元々このモルモの町には別の用で来る予定だったんだが、来てみたらあんたが居た。マジで女神サマのお導きってやつだな……教会で祈っちゃいけないってのは俺もよくわからんのだが、ここまで来ると何かしら意味があるんだろう」
ドアの向こうのボスは一旦そこで言葉を切り、フフっと乾いた笑い方をした後に続けた。
「まあ元々、教会に行ったのは
ジンはまさか、自分以外にもこのポストイットを受け取った人間が居るとは思わなかった。
一つ大きく息を吐くと、ゆっくりと、部屋への扉を開く。
扉の前に立っていたのは、ジンの背を頭1つ以上伸ばした大男。しかし体の線は太いわけではなく、どちらかと言えば細身でしなやかさすら感じる。
後ろには2人の人物。片方は恐らく最初にジンが話した人物だろうが、もう1人は奇妙な仮面を被って彼らの更に後ろに控えていた。
加えて背丈と顔以外の全てを隠すようなコートを着込んでいる。腰に挿している鞘は隠せていないが、その人物が剣を使うこと以外の情報は性別ですら目から入ってこない。
「おっ、ようやく顔を合わせてくれたな。オレがこいつらのリーダーをやってる、ジェフだ。よろしく頼む」
そう言って髪の毛の全くない頭を下げるジェフ。その後頭部には、薔薇でも百合でもない特徴的な『華』の刺青が施されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます