正義の『鉄槌』と悪の『華』

1 モルモへの道中にて

「ふっ!」


 ジンの短剣が狼の魔物の首を突くと、たった一撃で動かなくなった。


 ジンが戦っている狼型の魔物は“ウルフ”。見た目そのままの名前で、数匹の群れを組んで敵を襲うのも普通の狼と変わらない。


(群れにかち合ったが……あまり襲ってこないな?)


 今倒したウルフ以外にも、6匹のウルフがジンを睨んで唸る。とはいえ威嚇はすれど、さっきの1匹以外に飛びかかってくる様子はない。


 ウルフたちはジンとの実力差を、野生の勘で理解してしまったのだ。


 ウルフの特長は素早さと、リーチの短さゆえの小回りの良さ。

 群れで襲い掛かり、多対1の展開にできれば小さな傷を積み重ねて格上の相手を倒すことも可能。現にこの群れは昨日、レベルが上のゴブリン兵を3匹も食料にしていた。


 そんな群れお得意の攻撃を回避し、さらに反撃一発で仲間を倒すほど強い人間と遭遇したことはなかった。及び腰になるのも致し方ないと言える。


 ちなみに現在のジンのレベルは11。対してウルフはレベル4。ジンからすれば、経験値キャップに到達するくらいに能力に開きがある相手だ。


 ジンは彼らの様子に疑問を抱きつつも、来ないならこっちから、の精神でウルフに向かっていく。


 ウルフたちは回避するように距離をとるが、ジンの機動力はそれさえも上回る。十分に接近したジンは、ウルフの顔を蹴り上げて倒し、勢いそのままに近くのウルフに突き飛ばした。


(次!)


 さらに、懐から投げナイフを取り出したジンは最も遠くにいるウルフに投擲。即死とはならないが十分なダメージを与え、身動きが取れない状態にできた。


 その後先ほど突き飛ばした個体に接近し、重なり合った2匹のウルフにとどめを刺す。


 瞬く間に仲間が半分に減り困惑するウルフたちに、ジンは容赦なく攻撃を仕掛けた。


 一番近くにいるウルフへ蹴りをお見舞いし、反動で2匹目に飛びかかる。


 その個体はジンの攻撃に合わせて爪を振るって短剣と打ち合った。キィン、と生物が出せないような硬質な音が響く。


 反撃とばかりに残ったウルフが攻撃を仕掛ける。視線が自分に向いていないことに、自身の爪が命中することを疑わないウルフだったが、ジンの“気配探知”はしっかりとその姿を捉えていた。


(EWOではよくあるレーダーみたいに、平面に赤い丸が敵として写っていたが、今は全く違うな。姿形もはっきりとわかる)


 ウルフの振るった爪は空を切り、回避の反動でジンが飛び出す。

 2匹のウルフジンの速さに反応できず、短剣に切り裂かれた。


(さて、あとは……)


 投げナイフで大ダメージを与えたウルフに近づき、しっかりトドメを刺す。


 投げナイフは消耗品としては高価すぎるため、ウルフから抜き、血を拭いて再利用できる状態にすることも忘れない。


(思えば盗賊シーフになったことで、今までよりも道具を使って器用に、というか若干曲芸めいた戦いも可能になってきたな)


 盗賊シーフ職業ジョブはレベルアップとともに、素早さと器用さが大きく成長する。


 そのためかはわからないが、ジンはウルフたちのスピードにも対応でき、転生前含め今まで扱ったことないはずの飛び道具も十分に扱うことができた


「まあ扱ったことないのは拳も短剣も変わらないけどな……。さて、今回はドロップがあるぞ。何が出るかな?」


 ちょうど投げナイフを当てたウルフの隣に、ランダムドロップの宝箱が現れていた。


 ジンがるんるん気分で箱を開けると、中には鋭い牙が入っていた。ウルフに生えていた牙と似ているが、こちらは2回りほど大きい。


「元々レアドロップ狙いだったけど、宝箱から牙が出てくるってのはなんだか変な感じだな」


―――――――――――――――――――

 魔獣の牙 【素材アイテム】

 立派な魔獣の牙。

 優秀な武具の材料になるが、

 生半可な武器より鋭いため、取扱注意。

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 これを材料に加工した短剣は中盤まで使い続けられる性能を持つ。是非とも加工をしたいものだが、


「それだけの技術を持つ鍛治屋と関係を持てるかは、別の話だな」


 例えばハクタの町の鍛冶屋の腕は、RPG的な視点で見るならば良いものとは言えなかった。


 ならば他の町はどうかと言えば……おそらくほとんどいないだろう。

 テレンスが以前話していたが、魔法の力を持った武具は貴族様が持つ物。ということは、そんなものを製造できる鍛冶屋は世界的に稀だと推測できた。


「仲間探しをしようにも、やりたいことが多すぎてどこから手をつけたらいいんだろうなあ……」


 そんな愚痴をこぼしつつも、ジンは森から出てすぐにあるキャンプに戻る。


 そこにはジンよりももう少し幼い少年が荷馬車の中で座ってぼーっとしていた。が、ジンに気づくとすぐに声をかける。


「あ、旦那。今回はどうでした?」

「やっと出てくれた。これで目標達成だ」


 その言葉を聞いて、少年が喜ぶ。


「やっと終わったか〜! いやあ、宝箱探しってこんなに長くかかるものなんですね……。目的地到達前にこんなこと言うのもあれなんですけど、旦那は金払いもいいし、お人柄もいいけど、二度と運びの依頼は受けたくないですね……」


 少年の正直な言葉に、ジンは苦笑いしかできない。


「すまないな、待たせてしまった分、ここからは普通に向かうとしよう」


「了解っす! やっとモルモの町でいいメシにありつける〜!」


 ジンがキャンプを構えていたのは、先日大量のゴブリンたちが出てきた森、その北端。


 ジンはここからハクタに向かって戻るように侵入、森の魔物を片っ端からなぎ倒していった。


 本来はハクタの町を出て、目的地のモルモの町までは荷馬車で1日もあれば余裕でたどり着けるのだが、ジンのコレクター精神が発揮されたせいで丸1日移動しなかったのだ。


 ジンは急ぐようにハクタの町を出たのにも関わらず、こんなところで足踏みをしているをのには理由がある。


 それを説明するためには、ジンが町を発つ前まで時間を遡る必要がある。

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