2 ソルの手紙と贈り物

 ゴブリングレートを倒した夜。


 “白鳥の旅立ち亭” 謹製の魚定食を美味しく平らげたジンは、心身ともに満足して部屋に戻ってきていた。


「さて、じゃあソルお嬢様の手紙でも読もうかな」


 懐に仕舞ってある手紙を取り出す。封はされているが、以前ギルドからもらった時のような豪華な封蝋ではない。


 ジンは腰から短剣を静かに引き抜き、刀身を綺麗に拭き取った後、それをペーパーナイフのように使って手紙を開けた。


『ジン様へ


 この度は、私の命を助けてくださり本当に有難う御座いました。

 また、テレンスや冒険者ギルドマスターのクレイン様も間接的に救って下さったとと聞いております。

 心から感謝いたします。


 今回の一件を通し、私はジン様に負けないように強くなるつもりです。そのやり方はテレンスを通し、教えていただきました。

 精霊たちの声も、少しずつですが聞こえるようになりました。エルフとしての力が戻ってきている証です。

 より強くなった私の姿を、ジン様にお見せできることを楽しみにしております。


 さて、本来であれば依頼達成の後にお話すべきことでしたが、私は悪い言い方をすれば軟禁状態ですので、お手紙にて失礼いたします。



 実家で私を襲った襲撃者についてです。


 テレンスやギルドの方とお話したところ、使用していた魔法から、今回町を襲った魔人と私を襲った者は同一人物である可能性が高いです。


 さらには他の誰にも気付かれず、テレンスが目を離した瞬間に襲ってきたことから、私の実家には彼の内通者がいる可能性が非常に高いのです。


 信じたくはありませんが、お父様が関与している可能性も否定はできません。


 とはいえ、これ以上ジン様を私の事情に巻き込むわけには参りません。

 冒険者ギルドや王室に協力を仰ぎ、解決の糸口を探ろうと思います。

 幸い、冒険者ギルドとは良い関係が築けそうです。


 ただ、私としてもジン様の行方は気がかりですので、旅立つ時になりましたら、どこに向かうのか冒険者ギルドを通して私達に教えてくだされば幸いです。

 もちろん、私たちがハクタの町を発つ際にはご挨拶に伺います。


 ジン様のこれからに、精霊の加護があらんことを。


 ソルシエール・ルミオン』


 そこまで読み終わると、突然手紙が光り出した。


(一体なんだ……!?)


 全てを包み込むように柔らかくはあるが、思わずジンは目を閉じ、手紙から顔を背けてしまう。

 再び目を開けると、


「これは……“風の祝福の杖”!」


―――――――――――――――――――

 風の祝福の杖 【短杖】【イベント】

 風の精霊、シルフの祝福を受けた短杖。

 MPを多く消費することで、現在の職業ジョブ

 将来取得可能な、風属性の魔法を使用できる。

―――――――――――――――――――


 ソルが持っていたものとは異なり、ジンがよく見知ったデザインの短杖。先端についた、緑色で中身が渦を巻くように動く鉱石を、見間違えるはずがない。


 期間限定イベント報酬が手に入ったことに、内心小躍りして喜ぶジン。


 イベントストーリーでも侵攻戦を食い止めた報酬として入手できるものであった。よってこれ以上の侵攻はないものと考えていいのかもしれない。


(しかもこの杖は、盗賊シーフだったら使い道がある。……安全な拠点が手に入るか、不要になるまでは大切に使わせてもらおう)


 ジンは自他共に認めるコレクターであり、大切なものはディスプレイに入れて飾っておく派なのだが、実用性のあるものは使っていくタイプでもある。


 そういう意味では、“風の祝福の杖”は大切かつ実用性の塊だ。


 飾ってはおきたいものの現状飾る場所もなく、また飾る前に自分が死んでしまっては元も子もないので、サブ装備として使うことにしたのだ。


(切り札、とまではいかないが不意を打つ一手にはなり得る。まあ、本当に使えるかは明日以降試してみよう)


 その後、出入り口のドアと窓に鍵がかかっていることを確認してから、喜びを一旦落ち着けて思考に浸る。


(さて非常に嬉しい反面、疑問が増えてしまったな)


 ジンは己の手帳と筆を広げながら疑問を整理しにかかる。


 手帳は元々、予定などの記録用として雑貨屋で購入したものだが、早速想定していない使い方をすることになった。


「まず、ソル殿がこの杖を意思を持って俺に譲渡したかどうかだが……意図はしていないだろうな」


 言いながら、“杖 ソルは知らない”と手帳に記入する。


 理由としてはデザインの違いと、杖を使えるようになったタイミングだ。


 元々見たことがあると伝えていないにもかかわらず、その杖の形はジンのよく知るものである。これは偶然とはとても言えない。


 さらには彼女が持つ杖を、“風の祝福の杖”として使い始めたのは約2週間前。EWOのような効果テキストもないこの世界だ。本来の効果の全容がわかっていないだろうとは簡単に想像できる。


(次に誰がこれを報酬として与えたか、だけど……候補は……これくらいか?)


 ジンは手帳に“運営 神 精霊”と書いて再び思考を始める。


 ——運営は却下だ。

 これだけEWOに似た世界だ。そういう存在がいてもおかしくないと真っ先に候補に挙げたはいいが、五感が非常にリアルなこの世界を何かしらの創作物とするのは荒唐無稽が過ぎる。


 ——であれば神はどうか。元EWOプレイヤーかつ転生者のジンとしては、可能性は高いと思う。

 この場合、EWOにおける“職業ジョブの女神”や“ジンを転生させた神”と同一の存在かはわからないが、そういう存在がいたとしてもおかしくはない。


 ——最後の候補は精霊。この世界ならむしろ可能性は高いと考えている。

 というのも、“風の祝福の杖”の効果テキスト上、名前にある“祝福”は精霊によるものだからだ。


 EWOにおける精霊はあくまでもエルフの魔法などに干渉する存在であり、NPCですらなかった。


 アイテムや魔法以外での登場は、エルフをはじめとした亜人間デミヒューマンの里にそういう存在を祀る祠があった、程度の記憶しかない。


 ただ、ソルの手紙の中で、精霊の声が聞こえる、と書いてある。

 人間ヒューマンのジンには恐らく確かめられないことだが、実際に精霊が存在する可能性は高く、自らの力を使って杖を授けるしゅくふくすることが可能だろう。


 つまり残った候補は“神 精霊”のどちらかになる。


(これ以上絞り込むことは無理か。どちらも確認のしようがない……が、ここは共通だな)


 ジンは運営にバツをつけ、その横に文字を追加する。


(元々おあつらえ向きに期間限定クエストの下地が用意されていた。細かな差異はあったにせよ、これは確実だな)


 “ゲームのEWOを知っている存在が居る”


 ジンはその言葉に下線を引いて強調させて一旦手帳から目を離し、今度は手紙に向き直る。


(しかし、ソルの実家が魔王と繋がっている……ねえ……)


 EWOにおいて魔王は、人間ヒューマンをはじめとした3種族を滅ぼすことを目的としている。


 であれば、強力な武器たりうる“風の祝福の杖”を狙う理由はわかる。特にルインのような風を扱う魔法職で、レベルが低い者に持たせればかなりの戦力アップになるからだ。


(『風の巫女を救え!』との関わり合いがなければ、貴族の裏切りは序盤の終わりくらいのイベントだったはずだが……)


 これがメインストーリーに沿ったイベントなら、本来の適正レベルは基本職と上級職の境目であるレベル25だったはず。そうなると、ルインのレベルはそれよりもかなり格上だ。


 やはりこの辺りも、完全にEWOと一緒の世界というわけではないようだ。


(しかしどうする? 魔術師マジシャン系は盗賊シーフの上級職、盗賊頭シーフヘッドでないとまともに敵う相手じゃない。そこを目標にした時、今はレベルも足りていないけど、職業ジョブのランクアップをどうするかわからないのが痛い)


 EWO通りなら、通常の職業ジョブ授与と同じように女神像を“しらべる”ことで、上級職への変更が可能だった。


 だがこの世界の教会では、全く異なる方法で職業ジョブ授与をしている。恐らく、上級職への変更も異なる方法が知られているのだろう。


 この事実はジンにとってかなり衝撃的かつ怪しすぎて、教会に行くのを躊躇っていたくらいだ。


 しかし職業ジョブを得た今ならそこまで心配はしていない。自分は職業ジョブを得た人間であると堂々と振る舞えばいいのだから。


(疲れているとはいえ、杖の興奮もあって今日はまだ寝れなさそうだしな)


 教会は、宿から歩いて数分の距離にある。

 ジンは念のため、ポーチを腰に付け、食後の運動と考えて行ってみることにした。




「立派なもんだな。それに、この時間でも聖堂へ入ることはできるみたいだ」


 教会にたどり着いたジンは、まずその聖堂の大きさに驚いた。


 よくあるRPGの感覚で、せいぜい1〜2階建くらいだろうと思っていたのだが、ハクタの町の教会は優に3階建の高さはある。出入り口に立つジンが屋根を見ようとすると、首が痛くなるくらいだ。


 また、聖堂の扉は開きっぱなしになっており、衛兵もいない。


 不用心だとは思うが、神の前で不敬を働く不信心者は居ない、ということだろうか。


(まあこの世界の人々は、実際に職業ジョブという形で救われているからなあ……元の世界とはその信じ方が段違いなんだろう)


 そこまで考えて、聖堂の最奥にある石像を見る。通路は薄暗いが、ステンドグラスから注ぐ月明かりによって石像の全容は見て取れた。


 それを一言で表すなら、威厳。


 私が女神である。そう言わんばかりの力強さをジンは感じた。記憶の中にある職業ジョブの女神と、姿形は同じように見えるのにもかかわらず、だ。


 それは月光による神秘的なまやかしによるものか。

 もしくは聖堂の天井に届きそうなほどの大きさによるものか。


 しかしながらEWO廃人プレイヤーのジンには、職業ジョブ制度の差異を知る彼には違和感が残る。


(信心の大きさが石像に反映されているだけかもしれないが、女神像はこんなに迫力のある姿だったか?)


 確かにゲーム上も、教会の総本山にはこれくらいの大きさの石像もあった。

 ただ、ここは言うなれば最初の町。そこにここまで大きなものを置く意味とは一体……?


(前向きに考えるなら、後々の隠しダンジョンとかのきっかけってところかな。サイズ感だけは覚えておいて、他の町を回る時には気をつけて女神像を見ておこう)


 ジンはそう思って聖堂を後にしようと歩き出すと、教会の敷地と町との境目に1冊の本が落ちているのを見つけた。


(ん? 来た時にはあんな本無かったよな?)


 分厚い表紙に複雑な模様が刻まれたそれは、ジンのイメージする聖書に重なった。

 もしかしたらここで働く僧侶クレリックが落としたものなのかな、と何の気なしに拾った本の地面側、洋書の表表紙にある文字を見た瞬間、ジンの思考は凍りついた。


「なんだよ、これ」


 なぜなら、


『違う世界から来た、貴方に贈ります』


 、そう書かれていたのだから。

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