17 焚火の前で
「あれだけのゴブリンの群れに対して、ほぼ装備なしで傷は1つだけとは……流石だな」
テレンスからはそう声を掛けられた。
「ありがとう。だがまだまだだ。せめて普通のゴブリンは一撃で倒せるようにならないと効率が悪すぎる」
これはジンが戦って感じたことでもある。
1体に対しての攻撃回数が1回か2回かの差は非常に大きい。単純な攻撃回数だけではなく、攻撃に対応するための行動をしなければならなかったり、(今はないが)回復による継戦時間の延長の可能性もあるため、労力が2倍にも3倍にもなる。
そんな考えを見透かしたのか、テレンスは腰から一本の短剣を取り出した。模擬戦時にジンが使っていた短剣と長さは同じくらいだ。
「……これもお嬢様のためだ、使うといい。武器があれば効率も上がるだろう。ただ、明日には返してもらうぞ」
受け取って鞘から抜いてみると、鏡のように白く光る刀身が現れた。意匠も見たことがないため、ジンとしてもこれが“鉄の短剣”なのか“銀の短剣”なのか、あるいはもっと別の武器なのかわからなかった。
「こんな上物の短剣、借りていいのか?」
「ああ。とはいえ、ゴブリン兵の群れが現れる前に貸せればよかったのかもしれないな」
「そういう考えもあるが、元々素手でやるつもりだったんだ。ありがたく使わせてもらうぞ」
今日はまだまだ長いのだ。これから先の討伐が楽になるなら、最初の1戦くらい誤差のようなものだ、とジンは思った。
それから日が落ちてからも、ジンは戦い続けた。
森の外縁を適当に歩いて適当に襲いかかってくるゴブリンを1匹残して討伐し、呼ばれた増援も全て打ち倒す。
テレンスが貸してくれた短剣の性能も相まって、ゴブリンの群れを最初の半分以下の時間で片付けていた。
調子に乗って1回だけ、増援で呼ばれたゴブリンを1匹残し、さらに増援を呼ばせたことがあったがあれは失敗だった。
ゴブリン兵よりも上の存在であるゴブリン騎士が、取り巻きとしてゴブリン兵5匹を連れてやってきたのだ。ゴブリン騎士討伐の適正レベルは近接職で10。とても今のジン1人で敵う相手ではなかった。
テレンスとも協力して討伐こそ果たしたものの、ジンのHPの半分以上は持っていかれた。もちろん、回復に伴うプチヒールのMPも相応に消費させられた。
それ以降、増援1回目までのゴブリンの群れをひたすら倒すようにしている。
それはさておき。
何度目かもわからないゴブリン兵を撃破したところで、ジンの頭の中に声が響く。
——レベルが7に上がりました。
「よし、とりあえず目標達成だな」
今日の目標は、短剣を買えるだけの金を貯めることと、レベルを7以上に上げること。
金はゴブリンのドロップアイテムである魔石を売れば良いため、奴らを倒すことは一石二鳥の価値がある。
スライムの時のように詳しい個数は流石に覚えていないが、テレンスがうんざりした顔になるくらいには収集していた。
「目標に到達した、ということは今日は終わりか?」
「ああ。少し休んでからハクタの町に戻ろうと思う。付き合わせて悪かったな」
「全くだ。まさか日が落ちてもまだまだ戦い続けるとは思わなかったからな」
テレンスはテントの前でジンにそう語りかける。ジンがゴブリンとの戦闘中は、テレンスにベースキャンプを守ってもらっていたのだ。
ジンが焚火の前で休憩休憩、と言いながら腰を下ろすと同時、テレンスが口を開いた。
「お前、周りに異常だと言われたことはないか?」
少し考えて、ジンは返事をした。
「言われたことはないな」
(
思い出すのはもちろんEWOの記憶だ。
気づけば立派な廃人となり、全てのアイテムを集め切ってもまだ飽き足らず、ついには
本来はそんな記憶だけの存在のはずが、今は少しずつ、文字通りジンの心身に息づきはじめているのをジンは感じていた。
「そうか、ならば私が代わりに言ってやろう。ジン、お前は異常だ。」
「……それは褒め言葉か?」
「どう捉えるかはお前次第だ。だが、そうだな……私はお嬢様の盾となり剣となり、時には今回のような命令をこなす駒となることもある。その忠誠心を、狂信あるいは盲信と取られ、異常と言われることもしばしばあった。これまでの私はそういう異常と呼ぶ精神がわからなかったのだが、今になってわかった」
「ほう?」
「自分に到底できないことを、あたかも簡単にやる人物を人は異常と呼ぶのだろう、とな」
「結局褒め言葉なのかわからないじゃないか」
ジンは苦笑するが、テレンスは何も答えなかった。
代わりにジンは続ける。
「俺には俺の目的、やりたいことがある。それに少しばかり、守りたいものや負けられない理由が加わっただけだ」
「……それが異常なのだ。おそらく、私だけではなくほとんどの人にとっては、な」
それだけ言うとテレンスはテントを解体するためか、工具を持って焚火の前から離れていった。
——決戦まで、あと3日。
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