第49話 普段とは違う、朝の日課

 桜からデータを見せてもらった翌日の朝。


 俺は日課であるランニングの為に、寮の前で準備運動をしていると……寮の正面扉が開いた。


「海人君は、いつも朝早いね」


 そう言って現れたのは、髪を後ろで縛った、ジャージ姿の由香里だった。


「まっ、これが日課だからな」


 グッと体を伸ばし、一通りの準備運動を終えた俺は改めて由香里と向き合う。


「それで、今日は一体どうしたんだ?」


 敢えて俺は、そう問いかけてみた。


「んー、内緒」


 グッと手を空に向けて伸ばしながら、由香里はそう言った。


 本当は、多分お互い分かっている。


 由香里が気にしているのが、昨日の名簿の件に記載されていた名前だと言うことを。


 ……あの名簿には、由香里と同じく陸上部のマネージャーである、中曽根の名前も書かれていた。


 正直に言えば、それだけであれば驚くことはなかっただろう。


 だが、由香里や俺の事を指していると思われる書き込みがあり……その中で、由香里の事を如何にして部活や学校を辞めさせるかといった内容が書かれていたのが精神的に応えたのだろう。


「ねぇ海人君、かけっこしよっか?」


 アキレス腱を伸ばしていた由香里が、急にそんな提案をして来た。


「いや、幾ら由香里が女子としてはそこそこ早くても……」


「じゃあ、あそこの木までね! よーい、ドン!」


 由香里が勝手にルールを決めると、60m程先にある木に向けて駆け出すしたので……俺も、全力で走り抜ける。


 ――結果は……


「はぁっ、はぁっ……海人君早すぎだよ」


「これでも、一応陸上部員だからなぁ」


 ポリポリと頬をかきながら、後から来た由香里にタオルを渡すと、しばらく顔をタオルに埋めていた。


「それで、少しは気晴らしになったか?」


 そう問いかけると、由香里は頬を膨らませながら顔を上げた。


「海人君が気を利かせて負けてくれたら、気晴らしになったかも」


「それは、無理な相談だな」


 肩をすくめながら苦笑いすると、由香里がフフッと笑った後、軽くランニングを始めた――俺に取っては早歩きくらいの速度だったが。


「海人君はさ、昨日の書き込み見て怖くなったりはしなかったの?」


「んー? まぁ、書かれてた事自体は嬉しくは無いけど……怖いってのとは違ったかな」


「そっか……私は、怖いよ。私だけじゃなくて、海人君や、詩音ちゃん、浅野君や、他のクラスの子を巻き込んじゃうんじゃ無いかって」


 唇を噛み締めながら、それでも前を向いて走る由香里の姿を見て……改めて、由香里がそういう人間であることを思い出す。


 自分が何かをした事で、人に迷惑をかけてしまう事や、人を巻き込む事を、由香里は極端に嫌う。


 中学時代にはうまく人間関係を作ってた為に忘れかけていたが、由香里はそんな臆病で、優しい人間だった。


「もし、由香里や周りの連中が何かされるような事があっても……」


 ――俺1人で出来ることは少ないかもしれないけど……


「俺達が、由香里達を全力で助けるよ」


 そう笑いかけると、由香里は少し困った様な顔をする。


「そこは嘘でも、俺が助けるって言って欲しかったなぁ」


 からかう様な口調で由香里が俺に言って来たが、その顔は先までと違い笑顔になっていた。



「色々頼んでたのに、話し合いできるような場所を提供してなくてゴメンね!」


 午前中の授業が終わり、事前に詩音から連絡を入れてもらった上で生徒会室へと5人でおもむくと、開口一番会長からそう謝られた。


「えーっと、それで俺達が使えるような部屋って余ってたりします?」


 皆を代表して俺が問いかけると、会長が脇に立って少しオロオロしてた眼鏡の女性――書記の人に声をかけた。


「うん。そこはバッチリ調査済みだよ。書記ちゃんこの資料渡してあげて」


「……どうぞ」


 書記の人が近寄ってきて、少しおっかなびっくりといった様子で資料を渡されたが、俺は一応頭を下げながら「どうも」と感謝する。


「教室によって、放課後やお昼に利用できるか、備品が置けるかなんかが変わってくるから、その資料の中から相談して自由に選んでね。まぁ、今回みたいに生徒会室に来てもらうんでも良いんだけど……色々事情が有るだろうからね」


 そう言って会長が俺達――特に、真司の方を見てそう言うと、真司が肩をすくめた。


「さて、真面目な話し合いはこの辺にして、まずはお昼を食べに行こうか! ほら、書記ちゃんもそんな風に縮こまってないで行くよ!」


 そんな風にして俺達は、会長に連れられるままに、皆でお昼を食べに行くことになったのだった。

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