第15話 部屋割

 広い学園の中を、詩音について行きながら見回していると、俺達と同じ新入生と思しき生徒達と何度かすれ違い……その度、殆どの生徒が詩音に会釈していく。


「詩音さんって凄い有名人なんだな」


 先を楽しそうに話ながら歩く2人――詩音と由香里には聞こえない程度の声でそんな感想を漏らすと、隣を歩く真司が呆れた様な顔をして見て来る。


「そりゃそうだ。中等部の2年から生徒会長を2年間務めて、弓道では全国大会に出てる上、かの坂崎家の1人娘なんだからこの学園で知らない奴を探す方が難しい」


 そんな風に真司に言われて……初めて詩音の弓道の腕前や、生徒会長の件を始めて知った。


――俺って、全然詩音のこと知らないんだな


 1ヶ月近く一緒に居たが、詩音が自分の事を余り話したがらなかったのも有り、この学園の生徒なら誰でも知っている様な話でさえ知らない事実に……思わず歯噛みする。


「海人さん、着きました」


 先を歩いていた詩音にそう言われて視線を上げてみれば、そこには1軒の小さな日本家屋があった。


 この学園でこれまで目にして来た建物は、いずれも洋風な建物ばかりだっただけに、近くに竹林が生えている事も含めてまるで別空間の様に見える。


 そんな、学園内にあるのが不自然にも見える建物へ由香里が近づくと、引き戸を開けた。


「いらっしゃいませ」


 ふんわりとした、柔らかな声に迎えられ店内に入ると、10席程のカウンター席と5つ程のテーブル席しかないこじんまりとした空間が広がっており、そこに教師と思われる人たちが何人か座っていた。


 俺達はその中で丁度開いていた、4人用のテーブル席へと座る。


「あら、詩音ちゃんじゃない。よく来てくれたわね」


 そう言っておしぼりやコップを持って現れたのは、20台半ば程に見える柔らかい雰囲気の女性だった。


「咲耶さん、お久しぶりです」


「本当にお久しぶりね、春休みの間詩音ちゃんと会えなくて残念だったわー」


「……咲耶さん、何時でも何処でも抱き着こうとするのは止めてください」


 詩音が軽く頭を下げた所で、給仕の女性――咲耶さんが詩音に抱き着こうとするが、顔を赤くした詩音に押しとどめられる。


「ざーんねん。所で、そちらの3人の人達はお友達?」


「……はい、お友達です」


 チラッと俺を見ながらそう言われて、少し心臓がズキリとした気がする……と、咲耶さんが俺の方へと近づいて来てまじまじと顔を覗き込んで来る。


 正直な話、この位の年齢の人に近づかれたことが無い為、思わず気恥ずかしくなっていると、暫くして咲耶さんが離れた。


「……うん、悪くないかな?」


 そんな呟きと共に、若草色の表紙に達筆な文字が書かれたメニュー表を差し出してくる。


「ウチは焼き魚とか煮魚とかが多めだけど、焼き鳥とかも有るから気軽に食べに来てねー」


 そう言いながら咲耶さんが離れていき、思わず嘆息する……と、由香里がジッと俺の事を見ているのに気が付いた。


「何か用か? 由香里」


「いーえ、別にー。ただ、海人君がだらしなく鼻の下伸ばしてるなーって思っただけ」


「いやいや、そんな事ねぇだろ?」


 そう言いながら詩音の方を見ると曖昧な笑顔を返され、横に座る真司の方を見たら肩をポンと叩かれた。


「男ならあの胸部に視線が行くのは、しょうがない」


「真司っ、全くフォローになってねぇっ!」


 俺がそんな悲痛な声を上げるが、由香里の視線は一層厳しくなった気がする。


――別に、そんなこと考えて……なくは無いけど、2人の前で言わんでも


 そんな、諸行無常しょぎょうむじょうを感じる昼ご飯だった。


 後、そんな状況でも注文した焼き鳥丼が滅茶苦茶うまかった。





 昼ご飯を食べ終わった俺達はゆっくりと寮の方へ移動していると、真っ白い高級マンションの様な4階建ての建物が見えて来る。


「西館が女子寮で、東館が男子寮だっけ?」


 ガラス越しに生徒達が張り出された紙に集まっているのを見ながら、由香里が詩音に尋ねると頷いた。


「はい、基本的には両館の行き来は不可で、繋がっているのは1階部分だけですね」


「後は、部屋割は基本2人1組になってて、何か問題起こすと連帯責任になるから注意な」


「成程なぁ」


 話を継いだ真司の説明を聞きながら自動ドアを通ると、デカデカと張り出された部屋割へと近づいて行く。


「やった、私は詩音と同室だね」


「はい、良かったです」


 自分の部屋を探しながらも、そんな声が聞こえたのでそちらを向くと、2人が手を取り合っているのが見えた。


「じゃあ2人共、私たちは部屋へ先に行くから、18時になったらここで合流しましょう」


 そう告げられて、楽しげに由香里と詩音が去って行った。


「残念ながら俺達は、部屋違うみたいだな」


 肩を竦めながら真司に言われて確認してみれば、俺は405号室、真司は408号室だった。


「まぁ、そんなもんだわな」


 人生そうそう望んだ通りには行かないだろうと俺も肩を竦めて、さっきから生徒達に鍵を渡している生徒――寮長の方へと行こうとすると、真司が頭を掻いた。


「わり、俺は便所行って来るから、海人は先に寮長から鍵貰っとけよ」


「了解。後で合流しようぜ」


 そう言って駆け足で去って行く真司を見送って、寮長の方へと近づこうとすると、後ろから声をかけられた。


「あ、あのー……もしかして、浅野君と仲が良かったりしますか?」


 突然そんな事を聞かれて疑問に思いながら振り返ると、そこには背丈の低いおかっぱ髪の男子生徒が立って居た。


「あー、まぁ今日初めて会ったけど友達だと俺は思ってるよ」


 そう言った瞬間、男子生徒が目を輝かせた。


「なら、僕と部屋を交代しませんか! 僕、浅野君と同室なんですが……その……」


 男子生徒が口ごもってるのを見て、何となく事情は察したが……。


「部屋割を勝手に交代なんかして良いのか?」


 厳格そうな寮長の方を見ながら、おかっぱの生徒に聞くと、首を縦にコクコク振った。


「そこは大丈夫です。本人たちが了承の上で入れ替わる分には、生徒の自主性という事で認められてますから」


 そんな風に半ば勢いに押されながら、ホッとした様子の男子生徒と2人で寮長の方へと近づいて行った。

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