第6話 火災現場に届く声
明けの明星が空に溶ける頃、次のプロセスにアキが動く。
ハーネスリュックの中からノートとキャンプなどに使う柄の長い多目的ライターを取り出し、猫たちが作った燃える物の山にノートを差し込み火を着けた。
火の手が上がり、濡れていたものもある為かなり激しく煙も立ちのぼる。
ハルとナツとはその場を離れて
小さかった火は
松は他の樹に比べて油分が多い。
燃え移ると火が強く上がり、ススや煙を炎と共に巻き上げ火から炎へと変えていく。
雨で濡れていたガーデンハウスは炎の洗礼からまだ逃れていた。
気を失っていた
目を開ければ窓越しに火の粉をはらんだ黒煙がたなびいているが見える。
「火…事……っ!……」
火事だと認識して体を動かそうとしたが、痛みに
どこがどう痛いのかさえ分からないほど、
立ち上がって逃げるなんて無理な話だった。
「これで…終わりなのか…」
そう思うとここ3カ月間に起こったことが思い返された。
3カ月前までは幸せだった。
Webサイト制作会社の経営と趣味のガンプラ作りに
両親の趣味にあきれながら「僕が
ピアノ講師からは「音大受けてみたら」と言われて、高校受験とその先の将来を考え出していた。
一転したのは、家族三人揃って車で出かけた際に遭遇した高速道路上での事故だった。
2台前を走行しているトラックがやけにフラフラ走行しているなと思ったら、いきなり斜めにハンドルを切ってフェンスにぶつかり、反動で一台前の乗用車を跳ね飛ばし、凄い勢いで跳ね飛ばされた乗用車が自分たちの方に向かってきた。
一瞬の事だった。
運転していた父には
前からの衝撃と、続いて訪れた後ろからの衝撃で意識を失った。
次に気付いた時は病院のベットの上だった。
事故から1週間意識が戻らなかったと言われた。
トラックと乗用車7台を巻き込み死者4人、重軽傷者15人にも及ぶ大きな事故だったのだと…。
父は死亡し母は
全てを受け入れきれず、これからを考えることもできず…。
そうこうしているうちに、父の叔父だと名のる男、
父が婿養子に来たことは知っていたが、兄弟がいることはその時はじめて知った。
聞いたことも会ったこともない叔父だった。
病院では優しかった孝達は友が退院してきたら態度を
水上邸の季節家電を収納する地下部屋に友は追いやられた。
自分達が母親の面倒も見てやっているんだから有難く思え、と有無を言わせなかった。
叔父たちに「ここは僕の家だ!」と言ったら秀による暴行が始まった。
なにかと因縁をつけては服で隠れる場所を殴ってくる。
「お前の行動次第で母親が急変するかもよ」
母を引き合いに脅されて抵抗もできない。
叔父夫婦は秀を止めるどころか、いつも決まってその様子を笑いながら見ていた。
いっそ僕をこの家から追い出せば良いだろうに…それもしない。
日々繰り返される暴力。
スマホもパソコンも取り上げられて誰にも相談できず…。
本当にもう死にたい、と思ってしまっても仕方のない仕打ちを受けていた。
ダメだと猫死神に言われたけど…。
「あの猫…死神…トロを保護してるって…言ってた……」
火の手が迫っている状態なのに笑みがこぼれた。
「もしかして…死神じゃなくて…天使かな……」
ナツが聞いていたなら「シャー!(誰が天使だと!)」と言い返しそうな言葉を
この3カ月を支えてくれたのはトロだった。
母の意識が戻るように、と願掛けに行った小さな神社で出会ったトロ。
叔父達から受ける理不尽な扱いもトロといる時だけは忘れていられた。
「トロ…トロイメライ…君だけは幸せに……」
友は再び意識を手放した。
水上邸の塀の上から塀沿いに一台の車が走って来る。
ハル、ナツ、アキは顔を見合わ
アキは車が来るタイミングを見計らい塀から身を躍らせ車の前を横切った。
急ブレーキをかけ止まる車。
なんだ!?、と思わせる間もなくボンネットの上にハルか飛び降りる。
「あーーーーーー車にキズがっ!」
あわてて運転していた男は車を降り、ハルもボンネットから飛び降りた。
すかさずナツの声が響く。
「火事だー!」
「か、火事!?」
確かに
臭いをたどれば塀の中から燃えている木が見えた。
「119番っ!」
男は車に戻りスマホから119番通報をした。
早朝の街に響く消防車のサイレン。
消防車は程なく水上邸に駆けつけてきた。
高級住宅街は一軒ごとの敷地が広く建物の延焼の確率は少ないが、庭に立派な樹木を配置して庭園を構えている屋敷が多く、風が吹こうものなら大規模に延焼しかねない。
消防隊員達は迅速にに消火活動に入りながら、水上邸のインターホンを鳴らした。
『誰だ!こんな早朝に!』
不機嫌な孝の声がインターホンから響く。
「水上さん、お宅の庭で火災が発生しています。避難してください!」
『何!?』
あわてて庭に面したリビングの窓のカーテンを開けた。
「マズい…マズいぞ!」
「あなた何が…!?」
「父さん消防車が…!?」
リビングに駆けつけて来た麻央美と秀も窓の外の様子に固まった。
庭の木が激しく燃え、今にも延焼しそうなガーデンハウスには暴行を加えて放置したままの友がいる。
「友をガーデンハウスに放置したままだ……」
「父さん…」
「麻央美!秀!今すぐ荷物をまとめろ!逃げるぞ!」
「あなた!」
「事故の賠償金があればしばらくは不自由すまい!急げ!」
孝一家は友家族に支払われたトラック会社からの賠償金を、友が入院している間に
更に保険金や家の権利を得ようと友に
15歳になったら遺言状を作成できる。
友は13歳だが、15歳までに暴力で友を支配し、両親の死後面倒を見てくれた叔父に財産を残す遺言を書いた、というシナリオを描いていた。
友の母親も友もまだ生きているのにだ。
孝のシナリオの中に友と母親の死は盛り込み済みだった。
それが今、白日の下に
友が倒れていただけなら、「友が放火した」、「友がおかしくなった」、と言えるが、体に残る激しい暴行の跡は隠しようがない。
「ここまで計画通りうまくっていたのに…くそっ!」
持てるだけの財産を持ち、消防車によって車も持ち出せず孝達は家を出た。
「急げ!」
「松の樹だ!燃えるのが早いぞ!」
火災現場に様々な声が飛ぶ。
人の声に
『助けてくれる人がいるのに…あきらめたくない……』
そう思った時、友の耳に声が届いた。
「ガーデンハウスの中に人がいるぞ!」
「!」
驚きに目を見張る。
音大を目指そうかと思うほど音感に優れた友にはわかった。
『間違いない!あの声はトロの無事を知れせてくれた声だ!』
友の耳に、そして火災現場に届いた声は自分に話しかけてきた猫の声だったのだ。
「何!?」
「窓から確認!要救助者発見!」
「ドアに鍵がかかってるぞ!」
「蹴破れ!」
ドゴッ!と言う音とともに消防隊員たちが入ってきた。
『助かった』と思った瞬間、友は完全に意識を手放した。
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