幼馴染に恋した僕が、彼女の妹から好意をリークされた件
久野真一
第1話 うどん屋さんの姉妹
ある春先の夜のこと。
「やっぱり、
定食に付いてくる、うどん(小)を食べながら、僕は舌鼓を打つ。
うどん屋「芳泉」。徒歩3分の近所にある手打ちうどんの店だ。
とてもコシがあると評判で、常連さんも多い。
「
小柄な身体に、やや大きめの胸。
そして、温和な性格を象徴するような、大きくてクリクリした瞳。
彼女には、
そんな彼女の優しい微笑みはいつも僕を癒やしてくれる。
彼女は僕の長年の想い人で、いつか恋人になれればと思っている。
「いやいや、本当に美味しいんだよ。うん」
小さい頃から何度となく、ここでうどんを食べてきた。
でも、未だに飽きる気がしない。
「それならいいんですけど。……ほうれん草のおひたしは、どうでした?」
少し、緊張した面持ちで、控えめに感想を求められる。
そんな様子もとても愛らしく感じる。
「もちろん美味しいよ。柔らかくて僕好みだし、出汁もちょうどいい」
ほうれん草のおひたしは、芳泉のうどん定食についてくるおかずだ。
本来なら彼女が作る
「良かった。泰介の口に合わなかったら、どうしようって……」
ほっとしたように息を吐く彼女。ほんと、心配性なんだから。
「和美の料理の腕は疑ってないからね」
彼女が振る舞った料理を僕は何度も食べたことがある。
初めて作る料理だからって、不安にはならない。
何より、大好きな彼女の手料理だ。仮に多少まずくても喜んで食べる。
「うちの定番のおかずだから、気になるんです!」
真剣な顔で強調される。生真面目な彼女らしい。
ここの定食によくついてくるおかずなのは確かだけど。
「お客さんじゃなくて僕なんだから、適当でいいんだけどな」
ただでさえ、朝食と夕食をお世話になっている身分だ。
あんまり気を遣われると、少し気後れしてしまう。
「でも、泰介だから、真剣なんですけど……」
真面目な顔をしてそんな顔をして言われる。
なんだか、和美の頬が少し頬が朱いような。
「え、ええと。それは……」
好意の現れだと
「あ、ち、違うんです。泰介は、うちの常連さんですし。先輩と後輩としても仲良くしてますから。だから、その、お口にあうかなって心配しただけでして。べ、べつに特別な意味はないんです!」
僕の態度をどうとったのか。急にまくしたてる彼女。
感情が高ぶると、彼女は早口になる事が多い。そんな所も昔からだ。
「お姉ちゃんたら照れちゃって。さっさと吐いちゃいなよー。泰介兄ちゃんの事好きなんでしょ?」
聞き慣れた声が店内に響く。和美の1歳下の妹の
彼女は、とても楽しそうな瞳で僕と和美を見渡している。
和美より少し小柄で、姉と違って、胸はかなり小さくて、でもそれ以外の発育は良い。
活発さを象徴するように、髪も短く切りそろえている。
ちなみに、姉妹で「和」は統一しようとご両親がつけた名前だ。
和葉ちゃんは、和やかというより賑やかだけど、間違ってはいないかな。
「……そんなことより、和葉!頼んだお買い物はどうしたの?」
一瞬、虚をつかれたものの、すぐに切り替える和美。
備品で切れたものがあるからと和葉ちゃんは、買い出しに行ってたのだった。
話を強引に切り替えたのが見え見えで、微笑ましい。
「とっくに終わってるよー。泰介兄ちゃんとお姉ちゃんが嬉し恥ずかしの間にね」
からかう気満々の和葉ちゃんだ。
いや、彼女にとっては、僕への援護射撃か。
ともあれ-
「もう、とにかく!いいから、洗い物手伝ってなさい!」
予想通り、和美は矛先を変えることにしたのだった。
ほんとに、こういうとこはわかりやすい。
「はーい。泰介お兄ちゃんも苦労するねー」
意味ありげな視線を送ってくる和葉ちゃん。
ウィンクで答えると、満足したのか、彼女は厨房に戻って行った。
「とにかく、泰介。べ、別にほんとに変な意味じゃないですからね?」
相変わらず早口だ。変な意味なのは
「だいじょうぶ。誤解はしてないよ」
少し気まずくなった僕は、残った料理を手早くかき込む。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
急いで食べちゃったけど、美味しいのは本当だ。
食後のお茶をすすっていると、
「和美と泰介君はいつも仲がいいねえ」
和美のお母さんである
「もう長い付き合いですから。靖子さん、ありがとうございます」
改めて、頭を下げてお礼を言う。
「
優子というのは僕の母さんのこと。
お母さんネットワークという奴で、母さんと靖子さんは仲がいい。
僕がお礼を言うと、いつも、他人行儀にならなくていいと言う。
「お世話になってるのは本当ですから。母さんが入院しても、こんな美味しい食事が食べられるのは、靖子さんや
秀典さんは、和美のお父さんで、芳泉の店長でもある。
特別に食事を世話してもらっているのも、秀典さんの許可あってのことだ。
「ほんと、泰介君は昔から礼儀正しいわね。あの人にも、後で伝えておくわ」
それだけ言って、厨房に戻っていく靖子さん。
若くして和美と和葉を生んだ靖子さんは、まだ36歳だ。
ふと、気がつくと、和美が対面の席に座って僕をじっと見ていた。
「どうかした?」
普段は、すぐに店の手伝いに戻るのに。
「こうしてられる時間がなんかいいなって思っただけです」
また、そんな幸せそうな顔をするんだから。
気持ちを知っている僕は、少しだけドキりとしてしまう。
「なんかいいなってどういう意味?」
本音を引き出したくて、そんな返事をする。
「いえその、特別な意味はないんです。ただ、夜にこうしておしゃべりするのが
、なんとなく楽しいな―って。それだけです!」
また、早口でまくしたてる。
芳泉で食事を世話になるようになってから、
特に、和美はこうやって思わせぶりな態度を取ることが多くなった。
幸い、和葉ちゃんからのリークがあったので、うろたえずに済んでいる。
でも、恋愛ごとでこういうのはある意味反則だって気がする。
「そっか。ちょっと喋りすぎたね。そろそろ帰るよ」
常連さんが多いから事情を知っている人も多い。
一見さんが居たら迷惑かもしれない。そう思って、席を立つ。
「おお。もう帰るのかい?優子さんに、お大事にって伝えといてくれな」
僕の近くに居た常連さんの一人が、そんな言葉を寄越してくる。
近くでよく見かけるおっちゃんだ。
「ええ。伝えておきます。いつも、ありがとうございます」
ここの常連さんは情に厚い人が多い。
僕の家庭事情も知った上で、気にかけてくれる人もしばしばだ。
少し暖かな気持ちになりながら、店の扉をガラガラと開けて外に出る。
「月が綺麗だな……」
空を見上げれば満月。まだ4月。春の夜は少しだけ、肌寒い。
でも、不思議と心は暖かい。
本当にいい夜だ。そう思う。
「泰介。何見てるの?」
店から出てきた和美が不思議そうに聞いて来た。
既に、私服に着替えていて、髪を下ろしている。
和美は伸ばした黒髪が自慢で、念入りに手入れしている。
僕から見ても、艶のある綺麗な髪。
髪を下ろした彼女も、店の制服の時とは違って、また綺麗だ。
「月が綺麗だなって思っただけ」
見とれてたのを誤魔化すための言葉。月を見てたのは本当だけど。
「確かに、綺麗な満月……。写真、撮ろうかな」
言うなり、スマホのカメラを外に構えてカシャっと一枚。
「風景写真撮るの、ほんと好きだよね」
既に見慣れた仕草。昔からこうだった。
「私も未だにわからないんですけど。なんだか、好きなんです」
そうぼんやりした声で答える和美。
なんだか、いい雰囲気だけど、いい加減帰らないと。
「僕はそろそろ帰るから。いつもありがと。また明日」
手を振りながら遠ざかっていく。
「はい、また明日!」
同じく、手を振り返してくる和美。こんな一時が愛おしい。
店から歩いて3分程。2LDKの少し古いアパートが我が家だ。
「ただいまー……って、誰も居ないんだけどね」
と自分で自分にツッコむ。
現在、家に居るのは僕1人。
父さんは、幼い頃にちょっとした事故が原因で亡くなった。
母さんは女手一つで生懸命に働いて、僕を育ててくれた。
そんな母さんは、職場から帰宅中に足を骨折。
全治2週間と、それなりに重い怪我を負ってしまった。
容態は心配しなくていいらしいのだけど、リハビリが心配だ。
「早く、退院して欲しいな」
1人、部屋でそうつぶやく。こんな時間は少しだけ孤独だ。
だから、芳泉でお世話になる事が出来たのは、本当にありがたい。
感慨深い気持ちに浸っていると、スマホに通知が。
【お姉ちゃんと泰介兄ちゃん、いい加減じれったいんだけど。もう、泰介兄ちゃんが告白して、くっついちゃいなよ】
さてさて、面倒なことにならないといいんだけど。
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