第77話 聖樹ミスティリア

 最初に女神ラヴェンナがこの星に降り立ったとき、これを出迎えたのは聖樹(わたし)だった。


 他の六つ柱の女神たちが降り立ったときも、すべて聖樹がこれを出迎えて新たなる神々への忠誠を誓った。


 この星(ドラヴィルダ)の最高神であった聖樹の力を持ってすれば、もしかすると七柱の女神を相手にしても十分に勝利することができたかもしれない。


 だが、わたしはそうしなかった。


 女神たちがやってくる遥か以前から、わたしは天上界の力を感じ取っていた。その圧倒的な力の前ではこの星など塵に等しいということも十分に理解している。


 なので自分より遥かに若く未熟な女神が目の前に立った時も、わたしはためらうことなく膝を屈した。より忠誠を示そうと容姿も女神たちに似せる。


「偉大なる天空の神々、麗しき女神よ。どうぞご尊名をお聞かせください。そして、どうか我らをその眷属へお加えください」


 ここから続く神話が、後の世において楽しい物語として語られるようになったのは、この時の女神がラヴェンナだったからだとわたしは思う。


「えっ、麗しい女神って!? そ、そんなぁ、あなたこそとってもとっても綺麗でスラっとして素敵ですよ~。緑の肌に濃緑の髪って、ちょっと憧れちゃうかも!」


 女神ラヴェンナは全身をくねらせて答える。本気で照れているのが見てとれた。


「は、はぁ……ありがとうございま……す?」


「あっ、ごめんなさい! わたしの名前でしたよね? えっと私はラヴェンナです! この一番大きな大陸を担当することになったの! あっ、えっと担当って言っても、侵略じゃないのよ? って言ってもあなたたちにとってはそう見えちゃうかもだけど……そうじゃないっていうか……いやでも、あなたたちからしたら……」


 そう言って女神ラヴェンナは頭を抱えた。女神が言いたいことはわかる。それにしても、こうもド正直に悩まれるとは……。わたしは女神に対する警戒心が自分の中からすっぽりと抜け落ちていくのを感じた。


「星々の世界から新しい力が降り立つのは宇宙(そら)の理。我らこの星に生きるものは、それが我らを滅ぼそうとするものであれば戦い、そうでなければこれを受け入れるのみ。わたくし自身もこの大地と天空より飛来したる力の睦みによりて生まれたものなれば」


 女神ラヴェンナの顔がパッと明るくなった。どうにも素直な女神ひとだ。


「そ、そうなの!? あなたも宇宙から来た系?」

「え、えぇ、半分はそうです」


 そう……。


 わたし自身、この星から生まれた命の種に、星界から飛来した命の雫が落ちたことによって生まれた存在なのだ。


 わたしは荒れ狂っていたこの星の隅々に根を伸ばし、荒ぶる大地を沈め、枝葉を広げて生命が育まれる影を落とした。


 やがて星が鎮まる頃になると、今では魔物と呼ばれている命が生まれて世界中に広がっていく。


 わたしという存在の半分は宇宙に属する。この星から見れば半分は異質な存在だ。でもこの星ドラヴィルダはわたしを受け入れてくれた。今では最高神として、この世界の生命を見守っている。


 なら、わたしもこの新しい女神を受け入れようと思う。それに女神の背後にある天上界の力があれば、あの忌まわしき者ども・・・・・・・・からこの世界を守ることも出来るかもしれない。そういう打算もあった。


「あっ、あなたのお名前を教えていただけませんか? それと眷属だなんて……そんなのじゃなくて、わたしと……わたしたちとお友達になってください!」


 女神ラヴェンナはわたしの手をギュッと握ってそう言った。女神のフランクな対応にわたしは戸惑う。


「わ、わたしの名はミスティリアと申します。女神様」

「ラヴェンナよ!」

「ら、ラヴェンナ様……」

「ラヴェンナよ!」

「ら、ラヴェンナ?」

「ええ、はじめましてミスティリア! これからよろしくね!」

「は、はい……」


 初めての出会いがラヴェンナで本当によかった……と、わたしは後々に思うことになる。七柱の神々の中にはわたしを土着神として見下しているものもいたからだ。もし最初の出会いが他の女神だったら、わたしたちは険呑な関係になっていたかもしれない。

    

 わたしたちはお互いの手を握り様々なことを話した。


「ミスティ、わたしたちがあなたたちにお願いしたいのはひとつだけ……じゃないけど、大きく言ってひとつだけなの」

「それは何でしょうか?」


 ラヴェンナの正直さに、わたしは思わず笑みを漏らす。


「この人たちを受け入れてあげて欲しいの」


 そう言ってラヴェンナが指さす方向に目を向けると、この星にはいない生物の群れが200体ほど出現した。女神たちの姿に似ているように見える。


「この生き物を? 構いませんが……」

「この人たちはね。あなたたちが嫌ってる忌まわしき者ども・・・・・・・・と戦って母なる星を失ってしまったの。可哀そうな人たちなのよ……っていいの!?」


 女神の目が丸くなる。


「ええ、構いません。それに奴ら・・と戦った生き物なのであれば、この星にとっても大事な友人です」

「あ、ありがとー!」


 女神の顔から涙が飛び散っていく。女神の涙が大地に落ちると、その土から穀物が生まれた。また海に落ちた涙から魚が生まれた。


 突然、女神の背後に何か奇妙な装置(キッチン)が現れ、女神は奇妙な格好(エプロン)をして、穀物と魚から食事を作った。


「はい。これは感謝のしるし! 燻製サーモンとふかほかの白パン、食べて食べて! もぐもぐ」


 わたしは女神の真似をして、彼女が出したものを口に入れた。


「!」


 わたしの身体の中に底知れぬ喜びが走った。わたしはすぐに出されたものをすべて口に入れてしまう。もっと欲しい……そう思って女神に目を向ける。


 女神の顔がニヤリと笑っていた。後にこの顔をドヤ顔というのだと他の女神から教わった。


「この人たちはこういうのを作るのが得意なのよ」


 人間……女神がそう呼ぶ生き物たちをわたしが心底から受け入れた瞬間だった。


「とはいえ、この星の原住生物たちがすんなりと受け入れるかどうかはわかりません」


 わたしが懸念を口にすると女神は答えた。


「100万年くらい経てばいい感じに交じり合うわよ。ただ、その間はどちらか一方が一方を全滅させてしまうことのないよう注意はしないとね」


 ということで、全ての人間を滅ぼそうとする魔王、若しくは全ての魔物を殲滅しようとする覇王が巨大な力を持つに至るような場合には、女神と協議して対処するという取り決めがなされた。


 といってもわたしには選択の余地はないのだけれど。


 ただ忌まわしき者ども・・・・・・・・については、女神と天上界が対処してくれることになった。これは新しい神々を迎え入れるうえで生じる全てのデメリットを上回る条件と言える。


 星間を巡る天上界の神々でさえ手を焼く忌まわしき者ども・・・・・・・・は、わたしたちにとっても最大の災厄だったから。



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