第76話 シュモネー先生の失踪
「その恰好、久方振りに見た気がしますね。ヴィル、重かったら振り落としちゃいなさいよ」
ぼくの姿を見たノーラが呆れた顔でそんなことを言う。
「だ、大丈夫。前よりは少し重いけど大丈夫」
いまぼくはシーアに正面から腰にしがみついている。さらに両足もシーアの腰に絡めて抱っこされていた。
これはぼくは家を出てからずっと封印してきた「甘えん坊モード」だ。シーア成分の補給が30%を切ると自動的に発動するのだが、エ・ダジーマに来てからは20%まではなんとか耐えてきた。
「んーっ」
ぼくはシーアの胸に顔を埋める。シーアの香りが胸いっぱいに広がって超幸せになる。
「まぁ、最近はレイチェル様やキャロルにずっとヴィルを連れてかれてるみたいですし、そのうちこうなるんじゃないかとは思ってましたけど」
ノーラがぼくの服をちょいちょいと引っ張ってシーアから引き離そうとする。
「んーっ!」
ぼくはより強くシーアにしがみついた。
結局、レイチェル嬢がダンスサロンにシーアを連れ出しに来るまでの間、ぼくはずっとシーアに抱き着いていた。
――――――
―――
―
昼食時、ぼくは久々にシュモネー先生をテーブルに招いて食事を取っていた。
「シュモネー先生、最近はあちこち出張に出られているようですね。取材活動とかですか?」
もし取材なら、ちょっとついて行きたいかもと思いつつ、ぼくはシュモネー先生に尋ねる。
「えっ、あっ、そ、そうですね。取材というか……探し物というか、そんな感じです」
「そんな感じですかー」
さっぱりわからん。
突然、シュモネー先生が立ち上がる。
「お二人ともごめんなさい! 先生は急用ができたのでひと月ほど出張に出なければなりません。ご相談の件につきましては、戻ってからということで! それでは!」
食事もまだ終わっていないのに、シュモネー先生は走って食堂を出て行く。ぼくもシーアも口をぽかんと開けてその様子をただ見ていた。
「あの先生はときどき変だよね」
「そうですね。きっと本当に急ぎの御用があるのでしょう」
この時を最後にシュモネー先生は学校から姿を消した。だが学校側も取り立てて騒ぐこともなく、先生の研究室はそのままだった。やはりミスリル冒険者だけあって、かなり自由な振る舞いが許されているのかも知れない。
というか、もしかしてミスリル冒険者が必要になるような事案が発生しているのだろうか。ぼくは一抹の不安を感じずにはいられなかった。
――――――
―――
―
~ エ・ダジーマ 修練場 ~
レイチェル嬢が木剣、キャロルが練習用の槍、そしてクラウスくんが弓を持って、三人でシーアとぼくを攻撃してくる。
シーアは三人の攻撃をはじくことに専念し、シーアが作ってくれた隙をついてぼくが三人に対して弓を向ける。訓練なので矢は使わずに弓を向けるだけだ。
これは、ぼくとシーアの連携技を徹底的に磨こうというレイチェル嬢の提案によって始められた訓練だった。
どうしてもシーアが【見る】を取り戻したいと言った三人に対して、ぼくがみんなを危険に巻き込みたくないと主張したところ、
「ならキースととヴィルが強くなれるよう徹底的に訓練に付き合うわ!」
これがレイチェル嬢が考え出した結論だった。
「次は木人を置くわよ。いい?」
ぼくとシーアはうなずいて木剣に持ち替えた。ぼくは左手でシーアの右手を握る。
「では行きます! トゥリ、トゥバ、エデ!」
木人の合間を縫ってレイチェル嬢とキャロルが接近してくる。
ぼくは近くの木人を木剣で軽く打つと同時にシーアの手を握る。シーアがレイチェル嬢の剣を裁いている隙を縫って、他の二体の木人でも同じことを繰り返す。
これでシーアは木人の位置を完全に把握した。
ぼくが手を離した瞬間、シーアはキャロルの方に飛び出して彼女が持っていた棒を木剣ではじく。そしてコンッとキャロルの頭を軽く木剣で叩いた。
レイチェル嬢が木剣を上段に振りかぶって近づいてくる中、シーアの顔は弓を構えるクラウスくんに向けられていた。
ぼくは木剣を弓に持ち替えてクラウスくんに向ける。
シーアはクラウスくんに顔を向けたまま、レイチェル嬢の木剣を弾いて、剣先をレイチェル嬢の胸に当てて静止した。
「キース! せっかくヴィルが弓手の方向を教えてくれているのに反応が遅すぎですわ!」とレイチェル嬢。
「す、すみません」
「あんたの弓の腕は悪くないけど、いちいち弓に持ち帰る時間が持ったないないわ。相手との距離がそれほど離れていないのなら、短剣を投げた方がいいかもね」とキャロル。
「はい…」
「短剣を投げるのなら、魔術弓の応用で魔力付与するといいんじゃないでしょうか」とクラウスくん。
「はい。今度、シーク師匠に確認してみます」
ダメ出しはいつだってぼくだけだ。凹む。
ギュッ。
シュンっと凹んでいるぼくをシーアが後ろから抱きしめてくれた。
他の三人からジト目を向けられるが気にしない。シーア成分が補充できたおかげで、ぼくはすぐに回復した。
「よし、それじゃもう一回最初から行きますか!」
「その意気よ! キース!」
ぼくが疲れて立てなくなるまで三人は訓練に付き合ってくれた。
――――――
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―
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